第36話 見張りのおじちゃん
あれから荷車に押し込められていた私は攫われてきた子供たちと一緒にどこかも分からない建物内に連れて行かれ、漸く箱から出られたと思ったら、お世辞にも綺麗とは言えない牢に入れられた。
「非常にまずい事態になった。」
移動させられる間も聞き耳を立てて交代する見張りたちからしばらく情報収集をした結果、今の私たちの状況は予想よりもはるかに悪いものであることが分かった。
子供しかいないと思って油断しているからか少し耳をすますだけで比較的簡単に情報を集めることができたのは良かった。そのおかげで手遅れになる前にこのことを知れたのは不幸中の幸いと言うべきなのかもしれない。
「でもまさか、一部の人間が他国に子供を横流ししていたなんて…。」
水神の統治するこの国では、国のものは須くして水神のものとされている。よってこの国の民は水神の財産として庇護を受けた存在だ。
その水神の財産である民を国内ならまだ水神のテリトリー内として言い分も立つけど、まさか他国に流してしまうなんて反逆罪が適用されたとしてもおかしくはない。そもそも人身売買自体犯罪だしね。
まさか水神のお膝元でそんな大胆な犯罪をしている人がいるとは普通は思わない。だからこそこれまで見つからなかったのかもしれない。もちろん暗黙の了解として、浮浪児を対象にした人買いが半ば黙認されてきたという隠れ蓑があったからこそだろうけど。
「あれ?もしかしてこのままいけば、私も外国に売られちゃう感じ…?」
サー…と血の気が引いていく。
いくら大国の皇女であっても他国に対してその身分がどれほど通用するのかは分からない。それ以前に身分の証明だって簡単にはいかないはず。そもそも誰が売られてきた浮浪児の一人が一国の皇女だと言って信じる人がいるだろう。
もちろん私の身柄が他国に渡ってしまえばどんな手段を使ってでも母上たちは私を取り戻そうとするはず。
ひとつ確実なのは母上たちに迷惑をかけるだなんて生温い。国際問題、最悪の場合国同士の争いの火種にだってなりかねない事態だ。
「まずいまずいまずい…!」
軽い気持ち…とは言わないけど、それでも私の軽はずみな行動がここまで国の一大事に発展してしまうなんて想像もしていなかった。
反発する気持ちがなかったとは言わない。でもなにより、ただ目の前の困っている子供を助けたい。私を決心させたのは誰でも持ち得るだろうそんなちっぽけな正義感。
その想いが取り返しのつかない事態を招くなんて誰が予測できただろうか。
「いや、まだ大丈夫。ここから逃げ出せれば最悪の事態は防げるはず。」
そう。私はまだ国内にいる。最悪の事態は起こる前だ。
なんとかしてこの状況を私を探しているだろう仲間に伝えなきゃならない。そのためには外と連絡する手段を確保する必要があるけど…
「おい。大丈夫かい?嬢ちゃん。」
「へ?」
顔を上げると見張りの二人組のうち、下っ端っぽい方の男が牢の向こうから私を見ていた。
なんで私に話しかけてきたんだろう?
ま、まさかこの愛らしい美幼女である花織津姫ちゃんを手籠にしようとっ…?!ロリコン反対!
というか、私の名前長すぎる!言い辛い!
私が身体を抱えるようにして恐れ慄いてると、兄貴と呼ばれていた方の男まで不機嫌そうな顔して近づいてきた。こ、これは絶体絶命のピンチでは?
「おい。ガキと余計な話はするな。」
「し、しかしですねぇ兄貴。この嬢ちゃん、さっきまでニコニコ不気味に笑ってたのに急に深刻な顔をして黙りこくっちゃいやして。具合でも悪いんじゃねえですかねえ?」
まさかの心配してくれているだけだった!?
そんな馬鹿な!いかにも下っ端の悪人ですみたいな顔をしておきながら!?
「む?確かに喧しい顔が急に大人しくなったな。おい、嬢ちゃん。どうした?腹でも痛えのか?」
なんと人を何人かやっちゃってそうな恐ろしい顔の兄貴さんまで私を心配し始めた。私そんなに酷い顔してたかな?
というかこの2人、不気味だの喧しいだの人の顔のこと好き勝手いいすぎじゃなかろうか?
私は牢の格子から覗き込んでくる2つの顔面にパンチを叩き込もうと蠢く右手を押さえながら2人ににっこり笑顔を向けた。
「…大丈夫だよ、おじちゃんたち。心配してくれてありがとう。」
さあ!美幼女スマイルを受けるがいい!そして絆されメロメロになって牢の鍵を開けやがれ!
「ひいぃ!やっぱり笑ってるぅ!?」
「この状況でありがとうって、やっぱりこいつ頭がイカれてやがる…!」
「ふんむっ!」
「あがっ!?」「痛えっ!」
アッ!ミギテガカッテニ〜
「なにしやがるこのガキ!」
「あ、兄貴!鼻が!俺の鼻が潰れて!?」
「うるせぇ、引っ付くな!心配しなくてもお前の鼻は元々潰れてるだろうが!」
顔面に拳を叩き込まれた2人は顔を押さえながら悶絶している。可愛らしい幼女に向かって暴言を吐くからこうなるのだ。
私は冷ややかな視線で睨み返し指を突きつけた。
「レディーに失礼なこと言うとバチが当たるんだよ!」
「…れでぃー?なんだ、変な名前だな。」
「違えですよ兄貴。れで〜ぃってのは、最近流行りの口説き文句でさぁ。」
「あ?そうなのか?…いや待て。そこで口説き文句が出るのはおかしいだろうが。」
「た、たしかに?いや、恐らくこのガキも兄貴の良さに気づいたんですぜ、きっと!よっ!ガキも惚れる良い男!」
「よ、よせやい。照れるじゃねぇか。」
見当違いな会話と急に照れ始める髭面のおじさんに私はなんとも言えない顔になり…、なんだか訂正するのも面倒になってきたな。
仕方がないので放っておくことにして未だ目覚めない刃を起こすことにした。
「悪いな嬢ちゃん。俺には惚れた女がいてだな。いやまだ付き合えてはいねえんだが、これまた尻のでけぇ女でな。まあ、なんだ。どうしてもってんなら20年後くらいになってまた…「おーい。そろそろ起きてよー。」って聞いてるか?」
私が刃の身体を揺すったり、ペチペチ叩いたりしていると「うーん…」と呻き声を上げて眠たそうに目がゆっくりと開かれた。
「起きた?」
「…う?あれ?えーっと、俺何してたんだっけ?」
「見事にボコボコにされて気絶していたところ。」
「ボコボコ…」
それを聞いた刃は眉が垂れ下がりヘニョっとした顔になって、なんだか落ち込んでるように見えた。まあ、子供があんな大人数の大人相手に勝てるはずもないしそんなに落ち込まなくてもいいと思うけど。
「あの嬢ちゃん、容赦ねえな。男のプライドがズタボロじゃねえか。」
「まあ、オラたちの顔面に躊躇なく拳を叩き込んできた嬢ちゃんですからねぇ。」
「そこの2人お静かに!」
コソコソしても聞こえてるからな!
とりあえず私は刃の怪我の具合を確認する。一応気絶している間に大きい怪我はないか見える範囲で見てはいるけど違和感がないか本人に聞いた方が確実だしね。少なくとも生命に関わるような怪我はなかったと思うけど。
「どう?痛む?」
「うーん。思ったより大丈夫そう。ちゃんと動くし痛みも大したことないや。」
「良かったぁ…。」
刃は立ち上がって腕をぐるぐる回したり、ぴょんぴょんと飛び跳ねて見せた。確かに問題なさそう。
気絶した当初はだいぶ酷い有り様だったように見えたけど、今改めて見るとそこまで酷くはないような…?
「いや、絶対おかしいって!」
「え?」
「ここのアザとかもう薄くなってる!ここにあった切り傷なんてもう塞がってるよ!」
「そうなのか?」
気絶していて自分の怪我の状態を見ていなかった刃は自覚がないようで不思議そうに首を傾げる。
確かに最初に私が確認したときはもっと酷い怪我をしていたはず。回復が早いっていっても限度がある。一日かそこらで治るようなものじゃなかったはずなのに。
私たちがそう話していると兄貴のおじちゃんが渋い顔をして覗き込んできた。
「お前、そんな身なりで加護持ちかよ。ちっ、孤児じゃなかったのか。」
「加護持ち?」
「お前、名前持ってんだろ。裏の人間はほとんど子供の頃に親から捨てられたやつらばっかりだ。そういうやつは儀式も受けられず水の民でありながら水神の加護も持ってない。つまり水神から庇護を受けてないんだよ。お前らとは違ってな。」
兄貴のおじちゃんは忌々しいといったように舌打ちをしてそっぽを向いた。
それを見た下っ端のおじちゃんは苦笑して私たちに申し訳なさそうな顔をした。
「悪いねぇ。おらたちにとっちゃあ水神の加護っていうのは羨ましいもんなんでね。いつか名を立て儀式を受け水神の民として認められる。そうして初めて一人の人間として認められるってねえ。」
「えっと、つまり刃の怪我の回復が早いのも加護のおかげってこと?」
「刃っていうのか。いい名前だなぁ…。ああ、そうさ。仲間の中にも加護持ちはいるけど確かに回復が早えなあ。でもそこの坊主ほどはなかったような…?」
水神の加護には様々な効果があるとは聞いていたけど、まさか回復が早くなる特典まであったとは。おじちゃんたちが羨ましいと思うのも無理はない。
まさか私も?とは思ったけど、そもそも私の身体は攻撃が通らないチートな身体だったな。
「へー。名前ってそんな効果があったのか。なら、喧嘩にも強そうだな。」
刃が両手を見ながら嬉しそうにしみじみと呟いているのを見て私はあれ?と心の中で首を傾げる。
刃が名前を得たのはついさっきでそれも私がその場でつけたものだ。つまり儀式はしておらず水神の加護も持っていないはず。にも関わらず加護の効果が現れているのは何故だろう?
まさか刃には本人が知らないだけで親から貰った名前が既にあった?それとも(次の)水神である私から直接名前を付けられたことに関係が?
名前の思わぬ効果に喜んでいる刃を横目に私は加護について真剣に考え込む…
…ま、悪いことは無さそうだから別にいいっか!
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