【完結】和風ファンタジー 『朝未来(あさまだき)』【恋愛】

西尾都

第1話 鬼灯と巫女幼女

 水の流れを見ている。

 昼間から夜への過渡期。

 明るく暗い景色の中で、小川の端にしゃがみこんで水の流れを見ている者がいる。

 おかっぱにした黒髪がうつむいている顔を覆う。

 まだ小さい子供。女児だ。

 膝を抱えて、ただ黙って水の動きに目を向けている。

 彼女の背後にはしめなわのかかった建物が、木々に囲まれてひっそりと立っていた。

 ここは邑神社の奥の殿。「玉姫殿」の中の庭である。

他に人影はない。


(どうせ……、十六になったら死んじゃうんだ)


 少女…上月の瞳から大粒の涙がぱたり、と落ちた。

 そのまま雫は川の流れの中に消える。

 そして、また一つ……。


 生活に苦労したことはなかった。

 それはこの戦国の世では稀有なことかもしれない。上月の住むこの邑は、険しい山々に囲まれ、外部の敵が入りこむことも無い。

 蛇神の力を得ている神社によって水源も安泰。

 神社の娘であり、巫女である上月の生活も、上流といって良いほどである。

 まだ五つとはいえ上月は彼女の母に代わり、立派に神宝を用いて神の力を行使することができた。

 しかし上月の顔には、その歳にそぐわない暗い色が影を落としていた。

 代々の巫女は、どういうわけか十六になると必ず懐妊。女児を産むという不思議な習慣がこの神社にはある。

 その例に洩れず、上月の母も、彼女を産み落とした後、すぐに亡くなっていた。


(十六までしかいきられないなら……、 ここでおかあ様のところにいってもいいのかもしれない……)


 まだ冷たい水の感触を掌に受けながら、上月はそんなことを考えていた。

 とその時、夕陽色の水の中にひときわ目をひく紅いものがよぎる。

 手を水の中に差し入れていた上月は、思わずそれを拾い上げた。

 真っ赤なほうずき。

 掌の中の紅を目前に差し上げると、どうやら誰かがほうずき遊びをしたものらしく、開いた実を再度つけた後がある。

 中の実を鳴らした後に、笹舟を真似て流したのだろうか。

 ちょっと見には完全な実に見える。


(誰かが遊んだんだ……)


 もし実に心があったならば、恥ずかしさに更にその実を紅く染めただろう。

 それほど熱心に上月はほうずきを見つめた。

 上月は神社の敷地から生まれてこのかた出たことはなかった。

 遊び相手もみな大人。

 同じ年頃の子供とは口をきいたこともなかった。

 でも、今自分の掌にあるのは、恐らく…子供の遊び。

 上月は愉快な気分になり、そっとほうずきに頬を寄せた。

 すると、まるでそれを合図にしたかのようにぱん、と音が鳴り、ほうずきは内側から破裂してしまった。

 呆然とする上月。

 破裂の音や頬に当たった感触にも驚いたが、何よりもほうずきが破裂して消えてしまったことに衝撃を受けたのだ。

 しかも、自分に触れた途端に。

 まるで、自分と触れ合うことを拒否されたように。

 愉快な気分は弾け飛び、先ほどの暗い気分がぶり返す。

 今度こそ、上月は声をあげて泣きはじめた。


「わたっ……わたしなんてっ……、だれっ……だれともあそんでもらえないっ。

 ひくっ。いきてたって……わたしをすきになってくれるひとなんて、いっ、いないんだもんっ!」


 身も世もなく大泣きする上月。


(やっぱり、おかあ様のところにいくっ!)


 泣きながら思い立ち、川に足をいれようとして、上月はきょとんと立ち尽くした。そこにはほうずきが、まるで着物の文様のように流れていた。

 いくつも、いくつも……。

 上月が泣き出したことに慌てて、流れてきたように。

 その証拠に、中身を抜き忘れたほうずきが半分実を水に浸しながら流れている。

 今やわずかな日の光を浴びて、それはまるで姫君の十二単のように美しい眺めだった。


「わぁ……」


 先ほどまでの涙はどこへやら。

 上月は手をならしながら、その光景を眺めていた。


「上月さまぁ~」


 その時、上月の名前を呼ばわりながら、傍用人が走りよってきた。


「あ、いたいた。

 いけませんよ、もうすぐ暗くなりますからね。お屋敷にお戻り下さい」


 言うなりひょい、と上月を抱えあげる。

 いやいやをする上月だが、かまわずそのまま傍用人は上月を連れてその場を離れていく。

 観念して大人しく腕にすがりついた上月の目には、いつまでもいつまでもあの光景が流れていた。

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