悪役令嬢は頑張らない 〜破滅フラグしかない悪役令嬢になりましたが、まぁなるようになるでしょう〜

弥生真由

下ごしらえ

「ひーなっ!!一緒に帰ろう」


りんちゃん!うん、帰ろう。あ、そうだ。お花屋さん寄っていい?」


 ふわりと笑った陽菜の言葉に、凛はほんの少し淋しげな表情になった。

 

「……おばあちゃん達のお花?」


「うん、仏壇のと、明日行くお墓参り用のお花」


「……そっか」


 陽菜の両親が事故で他界したのはまだ彼女が3歳の時だ。それからは優しい祖母に育てられた陽菜だったが、その祖母も先月、安らかな眠りについた。


 慣れた仕草で仏花を買った陽菜に誘われ、夕飯をご相伴に預かることになった。育った環境のこともあり、陽菜は料理が上手だ。


「ごちそうさまでしたーっ!ねぇ、あのゲーム順調?」


「うん、でも次のキャラを誰にするか迷っちゃって」


 そう苦笑した陽菜がゲーム機の電源を入れると、画面いっぱいに個性豊かなイケメン達が現れる。少しでも辛い現実の気晴らしにと凛が陽菜に勧めた乙女ゲームだ。中世ヨーロッパ風の剣と魔法のファンタジー世界を舞台にした、『君の瞳に祝福を』。通称『君祝』である。

 初めてタイトルを教えた時は『大福?』と聞き間違えられどうしたものかと思ったが、意外と気に入ったようだ。


「メインヒーローの第2王子と人気一位の賢者様はクリアしたんだっけ?」


「うん。だから次は……あ、この人は?」


 一時停止した画面の右端、他のキャラ達を遠巻きに見ている青年が目に止まった。プラチナブロンドの髪とエメラルドの瞳が如何にもな正統派王子だ。が、凛は何故か顔をしかめた。


「あー……こいつは止めといた方が良いよ」


「どうして?」


「あー……この人この国の第一王子で、メインヒーローの腹違いの兄なんだけどね……まぁ卑屈でさ。優秀な弟に王太子の座を取られた日陰者だから攻略も一筋縄じゃないの。そもそも顔と権力にはプライド持ってる癖して人の才能妬むばっかで劣等感で卑屈になって、でも頑張ろうとはしないわけ!私こう言う男大っ嫌い!!」


「そんなに?」


「そんなによ!全キャラのルートに出てくるこの悪役令嬢が唯一好意を抱いてない男だかんね、よっぽどよ!」


「あー、その娘可愛いよねぇ」


「同じゲームをプレイしてあの悪辣ないじめを見た者とは思えないセリフだわ……!」


 パッケージに映る銀色のウェーブヘアの美少女を見て陽菜のこぼした感想に、凛はやれやれと肩を竦めた。







 陽菜の家族が眠る墓地は実家から徒歩10分の近さだ。付き合ってくれた凛と二人で墓前に手を合わせる。閉じていた目を開くと、近くの工事現場でクレーンに吊られた鉄骨が鈍く光った。


「凛ちゃんはこれから部活?」 

 

「そう。次の試合でもエースナンバー貰えるように頑張らなきゃね」


「そっかぁ、凛ちゃんは頑張り屋ですごいなぁ。今度また差し入れ持ってくね」


「ありがたいけど、陽菜も私のことばっかじゃなくて自分の為に何かしたら良いのに」


「いいんだよー。私は頑張ってる凛ちゃんや皆を側で見てるのが好きなんだ」


「もーっ、あんたはもっと自分のことについて欲張んなさいよ!」


 ほわわ〜と、たんぽぽでも背景に飛ばしそうなその笑顔につい流されてしまうが、今日の凛は引かなかった。だって、もう陽菜とこうして顔を合わせていられるのも今週で終わりだから。


「あーあっ、私がもっとお金持ちで力があって、それこそあのゲームの悪役令嬢並みの有権者だったらなー。そしたら陽菜をうちの子にして、ずーっと一緒に居られるのに」


「凛ちゃん……わっ!」


 ぎゅっと、不意に抱きついてきた凛の背に、陽菜も腕を回す。


「あんたみたいなぽややんが一人で東京だなんて、心配で仕方ないのよ……!」


「うん、悪い人に騙されないように気をつけるね。だいじょーぶだよ、お部屋は施設の建物だから鍵は自動だし、管理人さんも居るから」


「今時の詐欺はアナログよりメールやらアプリやらが多いんだからね!スマホの扱いも気をつけんのよ!!」


「うん、メールも電話も、いっぱいするね」


 よしよし、と擦る凛の背が、小さく震えている。


「……っ、でもやっぱ、寂しいよ……!」


「……っ!うん、寂しいね」


 陽菜も潤んだ目を誤魔化すために、空を仰いだその時。

 何かが千切れるような、嫌な音が辺りに響いた。


「ーーっ、凛ちゃん!!!」


 迫りくる鉄骨に、凛の身体を遠ざけようとしたが間に合わない。せめてと庇うように凛に被さった陽菜の上に、無情にもそれは落下した。


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