第31話・私だって戦える

 抜き打ちテストの終わった次の日から、授業が本格化した。

 体力のランニング授業で、先生が回復魔法をかける回数が圧倒的に減り、バテやすい那由多くんと土田のおっさんにオレが回復ヒールする回数が増え、魔法の使い過ぎてこっちがぶっ倒れる所だった。

 闘術という、戦闘と、それに使う武器の扱い方の実技も始まった。

 魔法ではそれまで一つの魔法を集中して覚えていたのに、複数魔法を使えるようになることが求められ、それぞれ訓練場の結界を破ることが条件だったので、精神力をがりがり削られてる気分だった。

 授業も複雑化し、魔法と魔法を組み合わせて新たな魔法を作ったり、モンスターの弱点を上手く狙う方法などが教えられた。

 ハルナさんは相変わらずクラストップ。那由多くんは魔法の他にも授業に真面目に取り組むようになって平均点が上がり、オレは抜き打ちテストの点数で何とか留まり。

 ……おいてかれてるのは土田のおっさんだった。


 闘術授業が終わって、おっさんが壁に寄りかかって息をついているのを見かけた。

「おっさん? 大丈夫か?」

「だ、い、じょ」

 ……どう見ても大丈夫じゃない。

 ランニングの時使わざるを得なくなり、そのおかげで威力の増した回復ヒールをおっさんにかける。

「少しはマシか?」

「あ、ああ、あり、がとう」

 おっさんは全生徒の中でも最年長で、社会だったらそろそろ退職が目の前に迫ってくる年代。おもりを背負ってのランニングはきついだろう。

「おじさん、だいじょうぶ?」

 オレの頭にとまっていたオウルが、座り込んでいるおっさんの膝に降りる。

「ああ、だいじょうぶ、だよ、オウル、くん」

 おっさんの笑顔は無理やり作ったものにしか見えなかった。

「本当に大丈夫か? きついんだろ」

「私、だけが、さぼる、わけには、いかない、からね」

 膝の上のオウルに手を伸ばしながら、おっさんは途切れ途切れに言った。

 おっさんがオウルの頭をなでると、オウルは気持ちよさそうに目を細めておっさんの手に擦り着く。少し嫉妬した。少しな。

「魔法も、上手く、いかない、し。やっぱり、この、年、で、勇者を、目指すのは、無理、だった、かな」

「頼むよおっさん、もうギブアップなんて言ってくれるなよ」

 オレは真剣に言った。

「おっさんがいないと、第3科は空中分解だ。ベクトルが明後日の向き向いてるオレたちが一緒にいられるのは、おっさんが間に入ってくれてるからだぜ?」

 土田のおっさんは深呼吸して、ようやく息を整えた。

「私も、そう、したいが……身体がついていかないのは、どうしようもない」

「おっさんは絶対必要なんだよ」

 オレはしゃがみこんでおっさんの顔を見た。

「抜き打ちテストで思い知った。オレたち三人じゃ事件は解決できなかった、おっさんが丁寧に一人ずつ村人に聞いてくれたから、あれは解決できたんだ。交渉役がいないとどうにもならない」

「ふう」

 おっさんは大きな溜め息をついた。

「使い込みなんかやっていなかったら……平穏な人生で終わったのに、な」

「昔のことだし、おっさんは全額支払ったんだろ? なら関係ない。少なくともオレたちと、この学校に入学を認めた国は、そんなこと問題ないと思ってる」

「そう言ってくれるのは、君だけだよ」

「おっさん……」

「さあ、行こうか」

 おっさんは膝の上のオウルをオレに手渡すと、ゆっくり立ちあがる。

 その時、不意にオウルが毛羽立った。

「オウル?」

「なにか、いる」

「何?」

 オウルは自分が死霊なだけあって、闇魔法系統の気配と敵対意思には敏感だ。そのオウルがここまで警戒するなんて。

「この学校の周りに住んでるモンスターか?」

「だが、モンスターは学校の結界は破れない、と、先生が」

「だけど、オウルの反応が」

 ぶわっと全身毛羽立ったオウルは、じっと一点を見つめている。

「くるよ、なにか、いやなもの」

 いやなもの。

 死霊でありながら死霊使役者ネクロマンサーでもあるオウルがこういうとは、相手はかなり危険だ。

「おっさん、職員室に、知らせに行ってくれ」

 オレはさっきまで授業で使ってた長剣を抜いて、おっさんに言った。

「しかし、それでは君が」

「何とか足止めして見る」

 剣を構えて、オウルのいる方を見ながら、オレはおっさんに言った。

「弱いやつだったらそれでいいけど、学校の結界を抜けて、しかもオウルがここまで警戒するのはヤバいと思う。そんなヤツに学校まで直進されたら、大騒ぎになる。その前に、職員室に」

「……しかし」

「行け!」

 おっさんの足音が聞こえなくなるのを確認して、オレはゆっくりと前進する。

オウルも自分の羽根で飛びながら、オレの後についてくる。

  ずぅん……ずぅん……。

 重い足音。

 相手はデカいか。さて、オレとオウルで止められるか。

「オウル、お前の『おともだち』は近くにいるか?」

「……いない」

 そうだろうなあ、学校の傍に死体や死霊なんて、怖い話になってしまう。でも、となるとオウルの助力も頼れない……。おっさんが職員室に辿り着いて、誰か先生を呼んでくるまで、オレ一人で何とかしなきゃ……。

  ずん……ずん……。

 足音が近づいてくる。

 重量級……オーガー?

 木々をかき分けて、現れたのは。

「……げ」

 最悪。

 て、言うか。

 何でゴーレムがいるんだよ?!

 那由多くんかと一瞬疑ったが、那由多くんだったら絶対自分が出てきて威張るだろうから違う。第一ゴーレムは闇魔法じゃない。

 見た感じ、オレの三倍くらいはある人型の、泥から造られたマッド・ゴーレム。

 ゴーレムとしてはもろいけど、それでも巨体から出てくる怪力は半端ない。それに、泥の塊だから剣はあんまり効かない。

「おにいちゃん、どうしよう」

「この近くに、誰かいるか?」

「う……うん」

「じゃあそいつに、マッド・ゴーレムが出たって伝えてくれ。急いで」

「おにいちゃんは?」

「こいつは動きは鈍いから、オレ一人でも足止めくらいはできる。早く!」

「う、うん!」

 オウルが行ったのを確認して、オレは剣を構えてじっと相手を見た。

 ゴーレムには目がない。

 だけどオレに気付いてる。

 だって、オレの目の前で立ち止まったんだから。

 うーわ、どうしよう。

 マッド・ゴーレムを倒す方法……まだ習ってねーや。そう言うモンスターがいるって習っただけで。ゲームのゴーレムなら力圧しで勝てるけど、今のオレに圧せる力はない。

 何とか……。

 ゴーレムはのんびりと腕を振り上げた。

 ぶん、と拳が振り下ろされる。

 オレは咄嗟に横っ飛びに飛んだ。

 さっきまでオレが立っていた場所に拳が振り下ろされる。

 ゴーレムの腕がゆっくりと上がる。

 地面に大きな穴が空いていた。

 やーべえ、まともに食らったら死ぬ。

 その時。

  どっ。

 一瞬マッド・ゴーレムがのけぞった。

 あれは……クロスボウの矢?

 クロスボウをあつかってたのは……確か。

「おっさん!」

「私……私は……」

 クロスボウを構え、おっさんは叫んだ。

「私だって、戦える!」

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