変な女《グレイソン side》③

「シャーロット嬢、二十一時を過ぎたが、どうしたい?まだ会場に残るようなら、付き合うが……」


 さすがにパートナーの女性を会場に放置して帰る訳にはいかないので、そう尋ねる。

掛け時計をチラ見したシャーロット嬢は少し悩むような動作を見せたあと、言い淀んだ。

どうしたいかは決まっているが、言い出しにくいと言ったところだろうか?


「正直に言ってくれて構わない」


「えっ?で、ですが……」


「俺に気を遣わなくていい」


「そ、そう言われましても……」


 『正直に話せ』と促せば、紫髪の美女は困った様子で視線を右往左往させる。

煮え切らない彼女の態度に深い溜め息を零しながら、俺は再度口を開いた。


「シャーロット嬢がまだパーティーを楽しみたいと言うなら、俺はパートナーとして最後まで付き合う。だから、正直に話し……」


「────それはないです!!」


 噛み付かんばかりの勢いで否定してきたシャーロット嬢に、俺は思わず『はっ……?』と声を漏らしてしまう。

目を丸くする俺の隣で、紫髪の美女はさっきまでの態度が嘘のように饒舌になった。


「正直に申し上げますと、今すぐ帰りたいです!あっ、でもグレイソン殿下との時間が詰まらないからではなくて……!パーティーに不慣れで疲れたと言いますか、コルセットがキツくて苦しいと言いますか……」


 しどろもどろになりながら言葉を紡ぐシャーロット嬢を前に、『最後のが本音か』と密かに納得する。

『殿下との時間が嫌だった訳ではありませんよ!』と繰り返す彼女はとにかく必死で、少し面白かった。


 なかなか言い出せなかったのはこれが理由か。確かに『早く帰りたいです』と正直に話せば、大抵の奴が『俺との時間はそんなに詰まらなかったのか……』と誤解するだろうな。シャーロット嬢が躊躇うのも頷ける。これは俺の配慮が足りなかった。


「そうか。奇遇だな?実は俺も早く帰りたかったんだ。こういう場所はどうも苦手でな……パーティーでお喋りするよりも剣の稽古をしている方が好きなんだ」


 シャーロット嬢に変な気を遣わせないよう、胸の内を明かしてから、ゆっくりと立ち上がる。

そして、座ったままこちらを見上げる紫髪の美女に手を差し伸べた。


「寮の前まで送ろう。また、男子寮に迷い込んでは大変だからな」


「あ、あれはたまたまです!普段はあそこまで方向音痴じゃありません!」


 キャンキャンと子犬のように吠えるシャーロット嬢はムッとした表情を浮かべる。

顔立ちはどちらかと言うと大人びているのに、反応が子供っぽくて、ついつい笑みを零れた。

ゆるりと口角を上げた俺の前で、彼女はこれでもかってくらい大きく目を見開く。


「……グレイソン殿下の笑った顔、初めて見ました」


 感動にも似た響きでそう呟く紫髪の美女は食い入るように俺の顔を見つめる。

目に焼き付ける勢いで凝視するものだから、自然と笑みが引っ込んだ。

『殿下の貴重なスマイルが……』と残念そうに肩を落とす彼女に、肩を竦めた。


「俺の笑顔なんて、どうでもいい。それより、早く行くぞ」


「あっ、はい!」


 差し出した手をシャーロット嬢の目の前まで持っていけば、彼女は慌てて俺の手を取る。

自分より遥かに小さくて、柔らかい手の感触に目を細めながら、紫髪の美女を立ち上がらせた。

『ありがとうございます』と礼を言う彼女に首を振り、ゆっくりと歩き出す。


 ────シャーロット嬢から香るラベンダーの香りが酷く印象に残る夜だった。

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