僕は人間が好きなんだ
第1話
1:
昼休み。
「一年の高行一騎っていう男子を知りませんか?」
声をかけてきたのは一年生の男子だった。
「ああ、俺。生徒会の鮫島透って言います。その一騎って奴が最近姿を見せなくなって、目撃情報を探してるんです。先輩は何か知りませんか?」
「ごめんなさい、分からないわ」
もちろん嘘だ。知らないはずはない、この手で処理したのだから。
「そうですか、失礼しました――ああすいません、先輩」
生徒会の一年生。鮫島透が、目に入った生徒から手当たりしだいに聞き回っている。
「すいません、一年で高行一騎っていう奴を知りませんか?」
その必死そうな背中を眺める。
彼はおそらく、先日の巻き込まれた少年の友人なのかもしれない。でなければメモを片手にこんな盲目的に探したりはしないだろう。彼の顔色にも余裕が少なかった。
「…………」
友人を探す生徒会の一年生に背を向けて、巳代珠枝は廊下を進んで階段を降りた。
先日のヴァンパイアとの一戦――妹の希美と会話をした日から三日ほどが過ぎている。未だに新しい情報が見つからず、フランも昼間は骨董品美術品の貿易業者という肩書きを持って動いているが、何もつかめていない。
そして、希美――ヴァンパイアになった妹の屍奴隷(グール)も、あれから学校を無断欠席したまま、やはり居なくなっていた。
「不毛ね」
廊下に立ち止まって窓から外を見ながら、つい言葉を漏らしてしまった。
遠く聞こえる学生たちの声。本当に遠く感じる。
階段を上がれば同じ年頃の学生たちがひしめき合っているのにも関わらず、このごく僅かな距離が、遥か彼方にあるように感じた。
「あ、いたいた巳代さん」
階段から降りてきたショートヘアーの二年生がやってきた。
同じクラスの人だったと思い出す。
「三木さん、何かしら?」
そうだった同じ二年生で同じクラスの三木静香だった。
「前髪、失敗しちゃったの?」
手で前髪を隠しつつ小走りでやってきた彼女に、くすりと笑みを作って言う。
「ああっ、気にしないで気にしないで」
目の前に来たところで、慌てて揺れる前髪を揃え直している。
彼女は苗字の五十音順が一つ前なため、席も近くて時々話したりもしていた事も思い出した。内容はあまり思い出せないが。
「巳代さん、今年からこの学校に来たんだよね?」
「ええそうよ」
「ルーマニアからの帰国子女って、英語とかぺらぺらなんでしょ、英語が楽でうらやましいわ」
「ルーマニアはルーマニア語よ。英語じゃなくて、ちゃんと母国語があるの」
「そうなの? だって英語すごく上手だから」
「向こうで習ったの。向こうでも勉強できるから」
「じゃあルーマニア語で英語習ったの? えっとじゃあルーマニア語はルーマニア語で……あれ?」
混乱してしまったようだ、頭をめぐらして考え込んでしまっている。
「向こうに住んでいた時は、亡くなった父さんの友人に預けられていたの。その人から母国語を教えてもらってて、勉強に関してはほとんど独学だったわ。英語の発音はそれから延長で。まともに母国語を話せるようになって、それからようやくちゃんとした勉強が出来たぐらいで、最初の一年くらいは大変だったのよ」
あえてルーマニアという言葉は外して説明する。彼女に余計な混乱を助長させてしまいそうだった。
「ああ、そうか! なるほどなるほど」
「用って、その事かしら? 英語を?」
「そうじゃなくて、あの、その」
「?」
「えっと、なんだか巳代さん、クラスに馴染めてないような、なんていうか……そんな気がして」
整えるのに失敗した前髪を忘れてしまったのか、隠していた手で頬をかきながら戸惑っている静香。確かに、前髪がやや斜めになっている部分があった。
答えてくるのを待っていると、彼女はなぜか意を決したようなしぐさをしてから口を開いてきた。
「一緒にお弁当、食べたりしません? ……お話とかも、その」
「かまわないけど?」
「やっぱりだめですか、ですよねー」
「かまわないんだけど?」
「へ?」
どうやら駄目もとで、断られるのを覚悟して言ってきたようだ。承諾したことがまだ頭に入ってきていない様子。
そもそも断る理由は無い。
「本当に?」
「ええ」
「本当の本当に?」
「そうよ。こんな私で良ければだけど」
と、彼女がいきなり背中を向けて縮こまり、小さく「やった」と呟いた。
「じゃあ、行きましょう。こっちに。良い所見つけたんですよ」
外で食べるらしい。
丁度どこで食べるかも考えなければならなかった。手に持っていた弁当箱を持って、静香と校庭へ向かう。
昇降口を出たところで、物陰に隠れている相手を見つけて「あ」と声を上げてしまった。
「どうかしたんですか?」
静香の声を無視して、隠れている人陰へ、
「ごめんなさい」
静香に一言告げて、逃げ去っていった相手を追っていく。
「摩子」
人気がなくなった辺りで、小学生の摩子が足を止めてこちらを振り向いた。近くにはもう使われていない焼却炉がある。
「また来たの」
こちらが言うよりも早く、摩子がこちらに抱きついてきた。
「この子はもう、本当に」
「誰なんですか? この子」
後ろから付いてきた静香が、後ろから摩子を覗き見てくる。
「この子は私がルーマニアにいた頃、同時期に同じように両親を亡くしてしまって、偶然私と同じように引き取られた子なの、今でも一緒に」
「同じ境遇の、妹さんのような子?」
「……そうね、私にしか懐かなくて」
妹という言葉に、ずきりと胸が痛んだ。
「摩子ちゃんだっけ、初めまして」
静香が摩子の隣にしゃがんで並び、挨拶をする。
が――
「ぐぅー!」
摩子が犬歯を出して睨み返した。
「やめなさい、摩子」
警戒心をあらわにした摩子の顔を、手で隠しつつ意気を制す。
摩子がこちらに気づくと、こちらの胸に顔をうずめて擦り寄ってきた。
「この子はもう、本当にしょうがない子ね」
「うーん」
摩子がつま先を伸ばし、こちらの頬にキスをしてくる。
呟いてから摩子の頭を撫で、横にいる静香をちらりと見る。なぜか彼女は頬を赤らめて呆けた顔を見せていた。
「ええと、静香さん?」
静香が呼ばれてはっとなる。
「あ、はっいえいえ、なんでも、なんでもありません」
慌てて首を振るついでに、しゃがんでいた姿勢から尻餅をついて小さな悲鳴を上げた。
「いったーい」
尻をさすりながら立ち上がる静香。
「三木さん」
「はい?」
「その、ぶしつけなんだけど。この子がここに来たことは黙っててもらえるかしら?」
「それくらいなら、別にかまいませんけど」
「じゃあ、摩子。学校に戻りなさい」
この学校の近くには小学校もあり、摩子はそこで四年生だった。
不満そうなうめき声を上げて、胸に顔を押し当ててくる摩子。
「だめよ、戻らないと。怒るわよ」
「うー」
「戻りなさい」
両肩に手を当てて無理やり引き剥がすと、ぶうたれた顔をした摩子が、とぼとぼとした足取りで去って行く。
「いいんですか? 一人で帰しても?」
「いいのよ、甘えてばっかりだから。これくらいは厳しくしないと、また学校を抜け出してきちゃうわ」
ポケットの中から携帯電話を取り出して、静香へ。
「ちょっと小学校の先生に連絡を入れておくわ。後で行くから、ちょっとだけ」
「あ、はーい」
気を使ってか、早々に離れて行く静香だった。
携帯電話を操作して、電話帳から摩子の小学校の電話番号を選び、不意にその指が止まった。
「…………」
フランからの連絡は一切無い。今日もだ。
一応夜には必ず情報があったかどうか交換をするのだが、今日も緊急的な連絡が来なかった。
「だめね、急な事態が起こる事を期待してる……焦ってるのかしら?」
自問したところで答えは返ってこない。
一つため息をしてから携帯電話の発信ボタンを押し、とりあえず摩子の小学校へ連絡を入れた。
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