第9話
9:
「来たのね、こんな時に」
誌原さんが舌打ちをしてから腕を振り、
「やれ!」
補給用のグールと血を吸い取られたグール達へ命じる。
同時に黒い人物の背後から風が吹いた。
赤い布をはためかせた風の正体は狼――三人のグールへ向かって行く。ものすごい速さで飛び回って。
補給用の大柄なグールが立ち上がった。噴き出た血が落ち着いたのか、もう背中から噴水のように出ていない。黒い人物へ向かって行き、黒い人物はそれを小躍りするように避けて見せた。
黒いヘルメット、黒光するボディスーツに黒いジャケットを着込んだ人物は、体のラインがはっきり見える。容姿で女性だと分かった。手には妙な輝き方をする刀が一振り。
黒い人物が、ジャケットのポケットからきらりと光るものを取り出し、それを上方へ放り投げる――と、すかさず今度はジャケットの内側からハンドガンを取り出して、投げた物を撃ち落した。
一瞬だけ見えた四角く平べったいガラスのような容器が破裂し、中に入っていたものが周囲に広がって落ちてくる。ガラス片に混じって。
頭の中で思い出す。あの兄が言っていた言葉を。
――何かに水を入れて窓に叩きつけた。
――なるべく角ばった平たい
――寝汗と勘違いしていたから、分からなかった。
(ひょっとして)
そう思った瞬間、降り注いできた水滴が体にかかって、自分の体が拒絶反応を起こした。
吸い込めば吐き気がくるほどの清涼感。
肌に触れれば身の毛もよだつ爽やかさ。
見るもおぞましく、恐ろしい、聖なる――
「一騎君だめ! 伏せて!」
すぐ横にいた誌原さんが俺の体に乗るように倒れこんでくる。
「聖水よ。吸い込んじゃだめ。息を止めて」
反射的に、俺の体が呼吸を止めた。苦しい。
「ちがう! 呼吸をして、慎重に」
覆いかぶさっている誌原さんが俺への命令を間違えたのだろう。訂正され、霧状に撒かれた聖水を吸い込まないように、俺の体が気をつけて呼吸をし始める。
誌原さんの脇の隙間から、黒い人物とグールたちの戦いを眺めるしかなかった。
グール達があっという間に、赤いフードとマントをつけた狼に噛み千切られて行く。二人目のグールの首が、狼の顎に食いちぎられ、頭が飛んだ。
視線を移せば黒い人物が、持っているハンドガンを補給用グールに向け、連続で弾丸を叩きつけている。弾切れになると今度は、妙な輝き方をしている刀を持って、補給用の大柄のグールへ進み出る。
(あれは……銀?)
鉄とも違う光沢をした金属。見るだけで肌があわ立つような感覚になってくる。そんな輝きをしたその刀は、覚えている限り金属の銀のようだった。
黒い人物がその銀の刀を振り、補給用グールの指を切り落とす。
肉が焼けるような音がして、補給用グールが斬られた手を押さえて後退した。
(銀に触れて、焼けた?)
明らかに補給用グールの手から、肉が焼けた音がしている。
さらに黒い人物が立て続けに突きを放ち、補給用グールを刺していく。やはり補給用グールは銀に触れて焼かれているようだった。突き刺さった傷口が、焼けただれていく。
銀の閃きの猛襲。補給用グールはまともに攻撃する事もできず、また黒い人物の攻撃を防ぐことすらできず、削り取られるように弱っていった。
最後に放った横の一閃で首を切断される。さらに黒い人物がハンドガンで追い討ち。さっとマガジンを入れ替えた。
転がった補給用グールの頭へ、無慈悲に弾丸を叩き込み、頭を完全に破壊する。
赤いフードとマントを着込んだ狼もその大きな顎で、丁度三人目のグールの頭を噛み砕いていた。
補給用グールと三人の献上用のグールが、灰よりも細かく崩れて消えていく。
三人?
(確か、俺以外に四人いたはず)
気がついたとたん、黒い人物があさっての方向へ刀を投げた。
肉の裂ける音。
物陰に隠れていた伏兵。四人目のグールはとっくに見破られていて、黒い人物の投げた銀の刀が額に突き刺さっていた。
さらに狼が風のように襲い掛かり四人目のグールの首を噛み千切る。
瞬く間に、戦闘が終わってしまった。
「く……」
息を短く漏らしたような歯噛みの声は、上体だけ起こした俺のすぐ隣にいる誌原さんからだった。
意を決したように、誌原さんが黒い人物へ立ち向かって行く。
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