あの日からすべてが変わった


<藤崎隼人Side>


 どうやら、あの日から俺は。

 いや、俺だけではないか。


 俺と葵の二人は見境なくキスをしてしまうようになった。


 最初はただの要求。


 葵と付き合った証と言う意味で、幼馴染16年、付き合って3週間ほど。それまでの軌跡を感じるためのキスだった。


 あの時の葵はそれはもう、凄まじくエロくて、可愛くて、俺もどうかしてたけど、かなり興奮した。それももう懐かしいななんて思ってしまうくらいだが。


 ただ、それ以降。

 

 二人だけのキスは徐々に苛烈さを増していった。

 一日、二日、三日、そして一週間。


 それまではまだ良かった。


 大学から家に帰ってきて、普段通りご飯を食べて、お互い順番にシャワーを浴びて、就寝前に少し優しいキスをしたくらい。健全で、まさに夫婦の様な仲睦まじい瞬間を味わえていたのだ。


 無論、俺もそれくらいで満足していた。


 二週間、三週間と


一緒に帰宅したり、たまに寄り道してゲーセンに寄ったり、休みの日は二人で駅チカのデパートにショッピングに出かけたり、家でゆっくり映画やアニメを見て楽しんでいた。


 まぁ、ちょっとエッチなことと言えば、たまにあるバイトの疲れをお互いにマッサージして癒すくらいでそこまでのことはしていなかった。キスだけ、舌を入れ合うディープなキスでもなく、ただの普通のキス。


あぁ……ただ、色々骨格丸分かりのキャミソールと白パンツは破壊力はえぐかったことはちょっと何とも言い難いけど、それくらいが限度で、止まっていたはずだった。


 しかし、1カ月後を境にすべてが変わってしまった。


 そう、あの日。


 あと1週間で夏休みとなった7月24日の昼下がりの理工学部第三号館前の小さな庭園のベンチでの出来事。








 あの日は残り一週間っていうのもあって、お互いに期末テストに明け暮れていた。家に帰っては勉強でキスすら、もはやハグすらもする時間もなくただひたすらに勉強をする日々。お互いに疲れもたまっていたが、終わるまでの辛抱だと頑張り続けた最終日。


 チャイムの音がなり、1年前期末の試験がすべて終わりを告げ、同じ学部の友達は今日はパーティだと集まる予定を立てたり、帰って寝る、ゲームをする―—など、それぞれしたいことをだべりながら教室を後にした。




 そして、俺は葵の待つ庭園のベンチに向かうと案の定、葵はラフなまさに夏の様な格好で座っていた。


「——すまん、葵っ。待ったか?」


「……あ、隼人。ちょっとくらいだから大丈夫だよっ」


「え、ちょっと? 葵、3限目なかったよな?」


「……そ、それはノーコメントで……き、気にしないでっ」


 そこまで汗かきながら言われたらこっちもこっちで気になるけど、葵が助けを求めてこない限りまぁ、いいだろう。


「そ、そうか……じゃあ、今日はスーパーでも寄って帰るか」


「うんっ」


 コクっと頷き、立ち上がる葵。

 すると、立ち上がる拍子に、足を絡ませて前のめりに倒れた。


「——っあ⁉」


「お―—っ」


 すんでのところでキャッチし、身体を起き上がらせると葵と目が合った。足がしびれているのか、少し小刻みに震えている。


「っ……あ、ありが、とう」


 視線が交差し、お互いの瞳にお互いの顔が映し出される。

 そんな情景を俯瞰していると、見つめたまま葵の方がボソッと呟いた。


「え、あぁ……別に」


 それに返した俺も、俺で見とれてしまい、方に置いた手を離すことを忘れていた。


 少し潤んだエメラルドブルーの瞳。

 トップで一つ結びにしている長い長い艶のある銀髪。

 

 そして、今にも折れてしまいそうな華奢で小さな体。大きな胸を鑑みてもかなり小さな体だった。


 しかし、そんなことはとっくのとうに知っている。知らないわけもない。今まで一緒に居てきて目がいかないわけもない。


 ただ、今日はなぜか、不思議と心の高鳴り方が違ったのだ。


「……っ」


「っ……」


 立ち上がってから一分ほど時間が過ぎても沈黙は続く。生憎、ここはあまり人が来ることもない場所でいくら立っていても不審に思われることもないが——変な気分が俺を襲った。


 そう、あからさまに。


 ——ここで抱きしめて、キスがしたい。

 ——あわよくばこのままベットイン。


 テストの疲れなのか、この1週間ほど何もしてこなかったからなのか俊二は答えは出てこなかったが——事実、もの凄く気分に襲われた。


 思わず、葵を掴む手が力む。


「っぁ、い……」


「うわっ……ごめんっ……」


「う、ん……大丈夫っ」


 赤い。

 頬が赤い。


 謝ると葵が頬を真っ赤にして、恥ずかしそうに大丈夫と言ってきた。

 それも、不思議とまんざらでもなさそうな表情で。


 一体、全体。

 これはどういう状況だ? 


 幼馴染が火照りながら、顔を赤らめ、何かを待っているかのように立っている。

 童貞の俺にはそんな状況が呑み込めなくて、どうすればいいのか分からなかった。


「……あ、あっつい、ね」


「えっ——あ、そ、そう、だなっ!」


 葵からの一言に少しびっくりして声を裏返してしまった。

 そして、深まる沈黙。


 しかし、それはすぐに覆ることとなる。


 それも、浅い浅い苛烈なものへ変わっていくように、俺自身の心がすっと抜けて、思うがままに、抱きしめて。


「ちゅーしたい」


 俺の方すら向いていない、俯いた彼女からの呟き。

 葵のたった一言で、俺は理性を失った。


「んっ——」

「ぁんっ……」


 涎が溢れ、絡みあう舌。

 付き合ってから二か月が経ったあの日。


 熱烈なキスが二人を包む。

 葵の小さな喘ぎ声も聞こえない。

 空気すら吸わずに、ただ俺は彼女の唇を啜っていた。








 昼下がりの午後2時30分。

 あの夏の始まりの日を境に、俺たちの歯車は狂い始めていたのだ。

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