第2話 青天の霹靂(2)

 ゼ―ヴェリング家は、武門エリートの家柄だ。


 レギナルトの祖父オスヴァルトは、皇帝から”剣聖”の名を賜った剣の名人である。

 現在は第一線を退き、近衛騎士団顧問の地位にあるが、自宅には数十人の内弟子を住まわせ、後進の指導に当たっている。


 父トルステンも近衛第1騎士団長の地位にあった。


 レギナルトは幼少の頃より、天才的な才能を発揮し、15歳の現在にして父の実力に肉薄している。”剣聖”の地位を継ぐことは確実であろう、と衆目の一致するところだった。


 そんな彼は寡黙で、凛として人を寄せ付けない雰囲気がある。その剣の強さと相まって、男子生徒からは恐れられる存在だった。

 彼と親しく話せるのは幼いころからの剣の修行仲間くらいだろう。


 一方で、レギナルトは女子からは絶大な人気があり、注目の的であった。

 淡いブロンドの髪に女性と見紛うばかりの美しいマスク。右目の瞳は空色、左目は琥珀色のミステリアスな感じのオッドアイ。そして古代彫刻を思わせるような鍛えあげられた均整の取れた体格は、それを見る者の目を捉えて離さない。


 学校の成績も常にトップクラスらしい。

 そして、とどめに伯爵家の跡取りという名門の家柄……


 ──そんな完璧超人の彼が、なぜ私に結婚を?


 私とくれば顔は超普通だし、痩せっぽちで体つきも色っぽいとはとても言えない。

 家を訪れた使者は一目惚れだと言っていたらしいが、そんなことは俄かには信じ難かった。

 私はそれを鵜吞みにできるようなナルシストではない。むしろ女性としての魅力に少しコンプレックスを持っているくらいだ。


 結婚申し込みの翌日。

 私は、勇気を出してゼ―ヴェリング様へ真意を確かめることにする。


「あのう。ゼ―ヴェリング様。昨日、私の自宅に使者の方が来られたのですが、何かの間違いではありませんよね?」


 彼は私を真っ直ぐな目で見つめた。なんだか照れくさくて、顔が少し赤くなってしまう。


「ああ。間違いではない。フロイライン・シュリュンツに結婚を申し込んだのは事実だ。本来ならばフロイラインに話をしてからと思ったのだが、手順が逆になってしまった。済まない」


 それを注視していたクラスメイトたちは、騒然となった。


「ゼ―ヴェリング様が結婚! 私も狙っていたのに……」

「魔性の男もついに年貢の納め時か? どういう心境の変化なんだ?」

「でも騎士爵だし、普通の子よね。本当なのかしら?」


 私はクラスの注目の的となり、恥ずかしさは極致に達した。


 ──何なの! この羞恥プレイは!


 しかし、結婚の申し込みが真実としても、私の疑問は解けない。

 政略結婚はあり得ない。結婚を申し込むということは、私が好きってことよね。

 いったい私のどこが良いというの?


「ゼ―ヴェリング様は、いったい私のどこが……す、好きなの……ですか?」

「恋愛に理由は必要かな? フロイラインを一目見て気に入った。それでは駄目だろうか?」

「い、いえ。そんなことは……」


 だが、私は何か違和感を覚えていた。

 彼が私を見つめる目は、真っ直ぐで真剣だ。が、何か熱が感じられない。客観的で冷静な目で観察されているような、不思議な感覚だ。


「ところで、急かせるわけではないが、返事を聞かせてもらえないだろうか?」

「へっ!?」


 私はしどろもどろになって、目が空中を泳いでしまった。


 昨日家族で話し合ったとおり、結論は決まっている。

 騎士爵ふぜいが伯爵家の申し出を断ることなどあり得ない。


 立場が逆ならば、愛を抜きにした政略結婚ということもあるだろう。が、その逆はありえない。


 とにもかくにも、我がシュリュンツ家にはメリットしかないお話なので、断る口実は思いつかない。


 ──それにゼ―ヴェリング様って、超イケメンだし……


 私は意を決した。


「わかりました。申し込みをお受けいたします」

 なんだか自信なさげな言いぶりになってしまった。

 でも、本当に自信がないのだからしかたないのよね。


「ありがとう。とても嬉しいよ」というと、ゼ―ヴェリング様は手を差し出してきた。握手をということなのだろう。


 よく考えたら、私って家族以外の男性と手を握るのは初めてかも……。

 ちょっと緊張する。


 恐る恐る手を差し出すと、手をギュッと握り返された。


 ──男子だから握力が強いんだな……。


 でも、痛いほどではない。むしろ頼もしい感じだ。


 そっとゼ―ヴェリング様の顔を見ると、目があってしまった。


 ──やっぱり恥ずかしい。


 そして、婚約者としての私の生活が始まるのだった。

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