第24話 グレーチェの思惑

 薄暗い玉座の間、女王グレーチェの前に二体のリザードマンがひざまずいていた。


「…………」


 リザードマンたちはこうべを垂れ、額に汗を浮かべ、緊張に肩を震わせている。


「あんな街ひとつに手こずるなんて、いったいなにを考えているの? あなた、それでも魔物大臣なの?」

「も、申し訳ありません!」

「もしかして……謝れば許されるとでも思ってる?」


 グレーチェは牙を出して微笑を浮かべた。

 瞳が赤く浮かび上がる。


「知ってるわよねぇ? 私、無能が嫌いなの。魔王様から早くヤミーを広めるようにお達しがきているのに、手間取ったら私の評価が下がっちゃうじゃない。ねえ?」


 脚を伸ばしてリザードマンのあご下へ差し込み、グイッと持ち上げる。

 強制的に目を合わさせた。


「も、申し訳ありません!」

「もしかしてぇ、わざとやってるぅ? 私が嫌いでぇ、わざとやってるんじゃないのぉ?」

「め、めっそうもありません!」

「……フン」


 脚を離すとリザードマンは力なくうなだれ、また地面を凝視するばかりになった。


「う、うう……」


 上司である魔物大臣の姿を見て、となりの大臣補佐は震え上がった。

 いつも強くてカッコいい先輩が、女王の前ではまるで親にしかられる子どもだ。


「罰として死ぬまで血を吸ってあげてもいいんだけど……あんたたちの血はおいしくないし……まあいいわ、もう一度だけチャンスをあげる」


 グレーチェは爪を削るとフッ、と目の前の魔物大臣に吹き付けた。


「そろそろ私の《・・》ククリルもあの街に着く頃合い……ついでに連れてきてね……」

「し、しかしグレーチェ様!」

 魔物大臣はたまらず顔を上げた。


「つ、月の聖女を連れてくるなど我々ではとても!」

「……なに? 口答えする気?」

「あ、い、いえ! 決してそのようなことは!」

「そ。なら行きなさい。私、無能はきらいって言ったわよね?」

「は……は!」


 震える足を引きずり、そそくさとふたりは玉座の間を後にした。


   *


「はぁ~……」


 椅子に腰を下ろした魔物大臣は深く溜め息を吐いた。


「だ、大丈夫なんスかあんなこと言って?」


 大臣補佐も目の前に座る。


「大丈夫かってお前、ああ言わなかったら殺されてたぞ……」

「いや、それはそうッスけど、でもできなかったら結局殺されちゃうじゃないッスか!」

「ったく! あの御方はやり方が雑なんだよ雑! 指示を出すならやり方まで言えっての!」

「ホントっすよね……あの御方の下で働いてたら命がいくつあっても足りないッス……」

「……まあ、俺はあの人に惚れちまってるから、実は足蹴あしげにされるのもうれしいんだが……」

「そ、そうなんスか!?」

「ぶっちゃけ、足の裏を舐めたいとすら思っている……お前がいたからやらなかったが……」

「なんだ、舐めてもらってもよかったッスよ」

「バカ言え。そういうのはお前、部下に見せるもんじゃないんだよ」

「ただ、わかるッス……あの御方、Mっ気のある部下には好かれるタイプっす……」

「ああ……生まれながらの女王様だからな……」


 ふたりはしばしうっとりとグレーチェを思い浮かべた。


「とはいえ、だ。次がないというのは本当だ。さて、どうするか……」

「聖女たちが到着する街って、あそこッスよね? あの街、いっちょまえに武装してやがって守りがどえれー固いッス。そこに聖女までやってこられたらどうにもできないッスよ」

「ああ、こりゃ絶対絶命ってやつだな……」

「はぁ……危険手当すら出ないのはブラックっすよねぇ……」


 大臣補佐はおもむろに葉巻に火を付けた。

 本来、そのようなことは許していなかったが、今だけは気持ちがわかるため見て見ぬフリをしてやった。


「ぷかぁ~……ほら見てくださいッス先輩。煙でリザードマンを描いてみたッス」

「いや、見えねえよ」


 大臣補佐は一心不乱に吐き出す煙でリザードマンを描いている。

 それをぼんやりと眺めていたら、フとひらめきがよぎった。


「……いや、待てよ」

「どうしたッスか?」

「おい、もしかしたらイケるかもしれないぞ!」

「え? 危険手当? それとも出張手当ッスか?」

「バカそんな話じゃねえ! おい、聖女って服が好きだったよな!?」

「ああ、どうもそうみたいッスね。なんか服の力がどうとかこうとか、お年頃の女の子ッスからね」

「おい、ならこの作戦はどうだ?」

「なんスか?」

「ちょっと耳貸せ」

「あっ!? ちょっ、先輩くすぐったいッスよ! うふふ! あはは!」

「バッカおめえ気持ち悪い声出すんじゃねえよ! いいか? 俺が考えた作戦はこうだ。ごにょごにょごにょごにょ……」

「っ!?」


 話を聞き、大臣補佐の目の色がみるみる変わった。


「す、すごいッス先輩! さすが俺の尊敬する先輩ッス!」

「だろ?」

「これなら街の武装も解除できるし、聖女だって力を発揮できずに一石二鳥ッス! マジで見事な作戦ッス!」

「よし、やるか! グレーチェ様に見直してもらってあわよくば夜にお呼ばれしようぜ!」

「先輩といっしょはいやッスけど、はいッス!」


 ふたりはガッチリと手を取り合い、窓の外の夜空を見上げた。

 そのどこにも月はなく、月が隠れる新月の晩だった。


 幸先のいい光景にふたりはほくそ笑んだ。


(つづく)

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