第144話 かわいくなくなった
第四階層の沼地のボスは、巨大な電気ナマズの魔物だった。
沼の中に潜って隠れたり、雷撃を放ってきたりする厄介なこのボスも、結界のお陰でほとんど一方的に倒すことができた。
……たぶん普通に戦っていたら苦戦し、それに泥塗れにもなっていただろう。
ちなみに第三階層のボスは、アニィのこともあって戦っていない。
聞いた話によると巨大なサソリの魔物らしく、どのみちアニィがいたら難しかったと思う。
サソリは比較的マシな見た目だけど。
こうして第四階層を突破した僕たちは、第五階層へと降りてきた。
「わー、寒そ~」
セナが暢気に言ったのは、目の前に雪と氷で覆われたエリアが広がっていたからだ。
しかも先を見通すことができないくらい、激しく吹雪いている。
「冒険者たちが最も嫌がる階層の一つらしいわ」
「確かにこの中を進んでいくのは大変そうですね……」
と、ちょうどそのとき、吹雪の中から集団が現れた。
「よかった、階段だ……」
「死ぬかと思った……」
物凄く厚着をした冒険者たちだ。
それでもガクガクと震えていて、この階層の極寒具合が伝わってくる。
「ん?」
僕たちに気づいて、彼らは目を剥いた。
「なっ、君たちはこの階層を舐めているのか!? そんな恰好じゃ、十分も経たずに死んでしまうぞ!」
「あ、いえ、お構いなく……」
「何を言っている!? まさか自殺志願者か!?」
心配してくれている彼らには悪いけれど、実は結界のお陰で寒くないんだよね。
ただ、それを説明することもできないので、
「ちょっと先の階層を見に来ただけで、すぐに引き返しますので」
「む、そうだったか。いや、それならいいのだが。この階層を挑むには、相応の準備が必要だぞ。俺たちもこれだけ着込んでいるにも関わらず、寒さで死にかけたくらいだ」
「分かりました。ありがとうございます」
彼らはブルブル震えながら階段を上っていった。
すぐに温まってもらいたいものだ。
そんな地獄のような階層を、結界に護られた僕らは難なく進んでいく。
体長五メートルを大きく超すシロクマの魔物や、口から冷気のブレスを吐き出す狼の魔物、それにシロクマに負けない巨体のセイウチの魔物など、出現する魔物も強さを増してきている印象だ。
バキバキバキバキッ!!
「わっ、地面が割れちゃった!」
突然、近くの地面の氷が割れたかと思うと、巨大なクレバスが出現した。
覗き込んでみると深すぎて奥まで見ることができない。
「落ちたらまず助からないわね……」
「そうですね……トラップの一種でしょうか。私たちにその心配はないですけど」
家庭菜園は軽々とそのクレバスを超えていった。
うん、そもそも空を飛べるしね、この家庭菜園。
でも普通の探索者にとっては恐ろしいトラップだろう。
よく見たら、あちこちにそれらしき割れ目が存在していて、この猛吹雪による視界の悪さも相まって、気づかずに滑落してしまいそうだ。
一方で、可愛らしい見た目のペンギンも棲息していた。
「わー、かわいいー」
氷の上をひょこひょこ歩きながらこちらへと近づいてくる一匹のペンギン。
と、それに釣られるように、二匹目三匹目と、他のペンギンたちもこっちにやってきた。
キュウキュウという鳴き声も可愛らしい。
「いっぱいいる!」
「いっぱい……いや、いっぱい過ぎない!?」
数匹くらいならよかった。
でも際限なく湧いてきて、気づけば数十、いや、百匹を超えるほどの大集団に。
どうやら彼らは大きな群れを形成しているらしい。
しかも僕たちを完全に包囲するや否や、
「「「ギュルアアアアアアアアアアアアッ!!」」」
それまでの可愛らしい姿から一変、いきなり牙を剥いて襲い掛かってきた。
「ええええっ!? かわいくなくなった!?」
「こいつらもれっきとした魔物なんだ!」
後で聞いた話だけれど、こいつらはマーダーペンギンと言うらしい。
可愛らしい姿で油断させておいて襲い掛かる、見た目に似合わずなかなかクレバーな魔物のようだった。
……結界に阻まれて、それ以上は近づいて来れなかったたけど。
鋭い牙を見せてギャアギャア騒ぐペンギンたち。
結界をすべて覆い尽くしてしまうほどの数だ。
もし結界がなかったら、全身に噛みつかれて大変なことになっていたかもしれない。
「うー、ペンちゃんたちごめんねー」
セナがそう謝って、結界内から斬撃を飛ばす。
見た目通り防御力が低いようで、たったの一振りで十匹以上のペンギンたちが真っ二つになっていった。
第五階層のボスは、白い毛に覆われ、身の丈が五メートルを超す巨人、イエティだった。
「ウホウホウホオッ!!」
巨体の割に俊敏な動きが可能で、しかも怪力。
加えてその独特な鳴き声でアイスウルフの群れを呼び出し、使役してくる。
雪や氷に覆われた足場の悪さも相まって、この階層にチャレンジした多くの冒険者たちも戦うことを避けると言われている強敵だ。
「菜園の中だから関係ないけど……」
「攻撃も喰らわないし、ほんとズルいわよね、これ」
例のごとく一方的に攻撃し続けて、狼の群れともどもボスを撃破。
僕たちは第六階層へと歩みを進めたのだった。
「観光まだー?」
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