第110話 芸術の塊

「ジオ君! 会いたかったよ! さあさあ、ぜひぼくの魚料理を食べていっておくれよ!」

「あ、はい、ありがとうございます」


 第二家庭菜園に行くと、必ずと言っていいほどイオさんが僕に手料理を食べさせてくれる。

 以前、僕が刺身を美味しそうに食べたことが、どうやらすごく嬉しかったらしい。


 魚料理なんて滅多に食べられないので、僕としてもとてもありがたい。

 今度、セナにも作ってあげようかな。


「あれ? イオさん、あれは何ですか?」


 イオさんの家のすぐ傍に、以前はなかったはずの大きな水溜りができていた。


「ああ、あれは生け簀だよ」

「生け簀……?」


 近づいてみると、それは大きな石で囲まれた池だった。

 そして水の中を魚が泳いでいる。


「魚を一時的に生かして飼育しておくところさ」

「え? もしかしてわざわざ作ったんですか?」

「うん」


 僕の菜園で獲れる魚は、シュールなことに地面からにょきにょきと生えてくる。

 さらに不思議なことにちゃんと生きていて、新鮮な状態で手に入るのだ。


 だけど当然、放っておくとすぐに死んでしまう。

 だから基本的には、食す分だけをその都度、栽培するしかなかった。


「これならしばらく生かしておけるだろう?」

「なるほど……」

「と言っても、海水じゃないから長期間は持たないけれどね」

「あ、海水ならありますよ?」

「え? あるのかい?」


 海水も栽培できるのだ。

 というわけで、早速、海水を栽培して中の水を入れ替えることにした。


 イオさんが満足そうに頷く。


「……よし! これならこの子たちもずっと元気に過ごせるね! ジオ君のお陰だよ!」


 でも食べちゃうんですよね?

 とは野暮なので言わないでおいた。


「じゃあ、今日はフグ料理といこう!」

「フグ、ですか?」


 栽培可能な魚のラインナップに並んでいたので名前は知っているけど、見たことはない魚だ。


「ほら、あれだよ」


 そう言ってイオさんが指さした先にいたのは、四角い箱のような形をした魚だ。

 魚網を使い、それをイオさんが確保する。


「うわっ? なんかめちゃくちゃ膨らんだっ!?」

「ははは、これがフグの特徴さ。敵を威嚇するためにこんな風に身体を大きく膨らませることができるんだよ」

「へえ……」


 生憎と見た感じ、あまり美味しそうな魚には見えない。


「ちなみにフグには猛毒があるから、素人が調理するのは危険なんだ」

「えっ? それ、大丈夫なんですか……?」

「ぼくに任せてよ」


 ま、まぁ、最悪、アンチポイズンポーションを飲めば大丈夫かな……?









「思ったよりずっと美味しかったな。でも僕が料理するのはやめた方がよさそうだね……毒の処理なんてできそうにないし……」


 イオさんが作ってくれたフグ料理を堪能した僕は、続いてワイドさんのところへ向かう。

 ……正直あまり気が乗らないけれど、ここ家庭菜園の管理人として時々は様子を見に行った方がいいだろう。


「って、なに、これ……?」


 ワイドさんの家の近くに転移した僕が目にしたのは、目がチカチカしそうな極彩色の建造物だった。


 見たところ平面や角は一切ない。

 すべてが曲面や曲線で作られているようで、どこもかしこもグニャグニャと曲がっていて、それがまた言い知れない強烈な不安感を誘う。


 しかもめちゃくちゃ巨大だ。

 二階建ての家を凌駕するほどの大きさで、もはやオブジェではなく、建造物と言った方がいいかもしれない。


 そんなものが僕の家庭菜園に鎮座しているのだ。

 ……第二家庭菜園の方でよかった。


「ていうか、家はどこにいった?」


 ワイドさん用の家屋が見当たらないのだ。

 元々はこの謎の建造物のところにあったはずなんだけど……。


「おお、ジオ殿! 素晴らしい作品だろう!」


 呆然と立ち尽くす僕を見つけて、ワイドさんが駆け寄ってきた。


「そ、そうですね……もしかしてこれも……」

「すべてアダマンタイトでできておる!」


 ……世界中の鍛冶師たちが激怒しそうだ。


「えっと……家はどうしたんですか?」

「それを改装したのがこれだ!」


 改装っていうか、原形がまったくないんですけど?


「え? じゃあ、もしかしてこれ、中に入れるんですか?」

「うむ! ぜひ案内しよう!」


 遠慮しますと言いたかったけれど、目をキラキラさせているワイドさんを見ると言えなかった。

 怪力に腕を引っ張られ、謎の建造物へと近づいていく。


「入り口はどこにあるんですか? 見たところ、どこにもドアなんてないですけど……」

「これだ!」


 ワイドさんが指さしたのは、建造物の下の方にあるピンク色に塗られた部分。

 潰れたスライムみたいな形のそこに、よく見るとドアノブが付いていた。


「あ、これ、開くんですね……」


 でも低い。

 ワイドさんはギリギリ通れるけど、僕は少ししゃがまないとダメだった。


「ようこそ、我が家へ!」

「は、はい……」


 ……中に入ったけれど、外とほとんど変わらなかった。

 相変わらず曲線と曲面だけで作られた、極彩色の空間だ。


 床も曲がっているので、歩くのも簡単じゃない。

 置かれているテーブルやソファなどの家具も、もちろんグニャグニャの極彩色。


 こんなところで暮らしていたら、ちょっと頭がどうにかなりそうだ。


「どうだ、まさに芸術の塊だろう! こんな家で暮らすのが、わしの昔からの夢だったのだ!」


 ……このドワーフ、すでにどうかなっちゃってるんじゃ?


 一刻も早くここから立ち去りたい。

 僕は心からそう思うのだった。

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