第79話 討伐報告 2

「おお~い、もっと酒持ってこぉ~い……っく!」

「ちょっ、もう飲み過ぎですよ!」

「バカ野郎! 酒ってのはなぁ、飲み過ぎてからが本番なんだよぉっ!」

「いや意味分からないです」

「うっぷ……」

「ちょっ! 吐かないでくださいよ!?」


 うん、これ以上は絶対に飲ませてはいけない。

 汚いし。


 今の一杯で最後だ。

 次はどんなに頼まれても絶対に断ろう。


 僕はそう覚悟を決め――


「ちっ、しゃーねぇなぁ! そんなにオレの乳が見てぇのか!」

「ぶっ!?」


 何言ってんのこの人!?


「何でそうなるんですか!?」

「今なら初回サービス特典として揉むのも許してやるぞ!」

「そんな特典別に要らないです!」

「マジか……オレの色仕掛けが効かないなんて……まさかお前、童貞じゃねぇのか?」

「全世界の童貞に謝れ!」


 僕は思わず叫んでいた。


 童貞にだってプライドがある。

 いくら経験がないからって、酒臭い酔っ払いの胸で喜ぶと思うなよ!


「なぁ、いいだろ……? ほらほら、こーんなに大きくて柔らかいんだぜ……?」


 自分の胸を揉みながら猛アピールしてくる酔っ払い痴女。

 そ、そんなことしたって、無駄だって……ごくり。


 そのときだった。

 突然、背後に気配を感じたかと思うと、がしっと頭を掴まれた。


 頭上から背筋が凍るような声が降ってくる。


「ジオ? あんた一体、何してんの……?」

「アニィ!? いたたたたっ!? ちょっ、頭痛い!」

「この変態っ! 朝っぱらからなんていやらしいことしてんのよ!」

「えええっ! ぼ、僕は何もしてないって! 全部この酔っ払いのせいだから! ほら、ミランダさんもちゃんと説明してください!」

「ぐがー」

「って、寝てる!?」

「問答無用よ! 観念なさい!」

「勘違いだからぁぁぁっ!」


 この後めちゃくちゃ怒られた。

 ちょっと理不尽すぎない?



    ◇ ◇ ◇



「あ、シーファちゃん、お帰りなさい。その様子だと無事に討伐できたみたいね。あなたたちのことだし、心配はしてなかったけれど」


 ギルドにやってきたシーファ一行を、カナリアは満面の受付嬢スマイルで出迎えた。


 田舎への出張ということで、誰も引き受け手がいなかった他支部からの依頼。

 このままでは依頼主の村が危ないのはもちろんのこと、ギルドの沽券にも関わる事態だった。


「本当にありがとう。あなたたちのお陰で助かったわ」


 それをカナリアがシーファたちを説得し、どうにか事なきを得たのであるが、もし彼女たちが受けてくれなかったら途方に暮れていただろう。


 そんな感謝の想いに溢れるカナリアに、シーファが討伐証明を提出する。

 ワイバーンの鱗だ。


「大きさから考えて、平均的なワイバーンだったみたいね」


 シーファはこくりと頷く。


「ワイバーンの方は」

「……ワイバーンの方は?」


 首を傾げるカナリアに、シーファが言った。


「ワイバーンはただの手下。レッドドラゴンがいた」

「レッドドラゴンっ!?」


 カナリアの大声に、ギルド中の視線が集まってくる。

 だがそんなことなどお構いなしに、カナリアは窓口から身を乗り出して声を荒らげる。


「そ、それは本当なのっ!? だとしたら一刻も早く応援を呼ばないと! 村は!? もしかしてそのまま引き返してきちゃったの!?」

「ちょっ、ちょっと落ち着いて。シーファ、もう少し伝える順番を考えなさいよ……」


 そこへ呆れた顔でアニィが割り込む。

 シーファは何を言っているのか分からないという顔をしつつも頷くと、慌てるカナリアに伝える。


「心配ない。もう倒した」

「……はい?」

「レッドドラゴンを倒した。……これ」


 シーファは何かを窓口に上に置く。


「こ、これは……っ!?」


 それは燃え盛る炎のように赤い巨大な鱗だった。


 恐らく直径三十センチはあるだろう。

 しかもかなり分厚く、相当な重量があるようで窓口の台がミシミシと嫌な音を立てた。


 ダンジョンのネームドボスであるリザードマンの上位種、ボルケーノの鱗とよく似ているが、大きさはあれを大きく凌駕している。


 間違いない。

 レッドドラゴンの鱗だ。


「え? あの、もしかして、みなさんだけで倒したとか言いませんよね……?」


 動揺で上ずった声になりながらカナリアは問う。


「私たちだけじゃない」

「ほっ。ですよねー、だって、レッドドラゴンは危険度超A級の魔物ですもんねっ。一パーティで倒せるわけがないですよねっ」


 安堵するカナリアだったが、ふと思う。

 では一体、誰が彼女たちと共闘してくれたのか、と。


 そのときアニィが肘でシーファの脇を突いた。


「ちょっと、シーファ」

「? あ」


 シーファはハッとして、言いなおす。


「違う。私たちだけだった。他に誰の手も借りてない」

「ええっ、でも今……」

「間違えただけ」

「そ、そうなの……?」

「そう」


 違和感しかないが、シーファにすまし顔で断言されてはカナリアもそれ以上、追及することはできず。


 その後、ザリのギルドからもワイバーンおよびレッドドラゴンの討伐についての報告が来たことで、正式に認められることとなった。


 レッドドラゴンを若い女性ばかりのパーティが単独で討伐してしまったという噂は、周辺都市にまで拡散。

 彼女たちを勧誘しようと考えた上級冒険者たちが、こぞってアーセルにやってきたのだった。

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