第49話 アトラスの死体処理 2

「ひぇえええーっ? あ、アトラスじゃないですかーっ?」


 巨大な死体を見るなり、リルカリリアさんは仰天して飛びあがった。


 いつものように収穫物を取りにきた彼女を、僕は第二家庭菜園へと連れてきていた。

 困ったときのリルカリリアさんだ。

 なんだかいつも頼ってばかりだよなぁ……。


「はい。アトラスです」

「い、一体どうしたのですかーっ?」

「えっと……ですね。昨日、スタンピードが起こったじゃないですか」

「スタンピード……?」

「え? 知らなかったんですか?」

「じっ、実はですねー、ちょっと隣の街まで行ってましてー」

「そうなんですね」


 あれ? でも昨日の朝もいつも通りの時間にうちに来ていたよね?

 もう戻ってきたってことは、それほど遠くない街なのかもしれない。

 それとも急いで往復したのだろうか。


 よく考えてみたら、リルカリリアさんは毎日必ず収穫物を取りにきてくれている。

 この街だけで商売をしているならまだしも、他の街に行くこともあるのだとすれば、すごく大変そうだ。


 それから僕はスタンピードの発生や、家庭菜園での加勢、そしてアトラスをギガゴーレムでどうにか撃破したことなどを順を追って話していった。


「アトラスを倒した……?」

「はい、どうにか。危ないところでしたけど」

「相変わらずめちゃくちゃですねー……」


 リルカリリアさんは天を仰ぎ見た。


「そんなわけなので、このアトラスの素材をどうしようかなー、と」

「なるほどですねー。それなら、わたくしに売っていただけませんかー?」

「えっ? 買い取ってくださるんですか?」

「はいですー」


 すごい、さすがリルカリリアさんだ。


「あ、でも、解体しないとダメですよね……」

「解体なら任せてくださいー」

「できるんですかっ?」

「もちろんですー」

「……とはいえ、この大きさだと、さすがに一人では難しいですよね?」

「できますよー?」


 できちゃうんだ……。

 妹にも手伝ってもらおうと思っていたんだけど。


「ただですねー。一つだけ注意事項がございましてー」

「注意事項?」

「はいですー。……わたくしが解体しているところをですねー、絶対に見ないでくださいー」

「は、はい?」


 解体しているところを見てはいけない?

 何でだろう?


 まぁそもそも見たくなんてないけど。

 僕はグロいのがあまり得意じゃないのだ。

 幾ら魔物だと言っても人の形をしているし、むしろ頼まれても解体作業なんて見る気はなかった。


「分かりました。見ないです」

「お願いしますー。ではではー、早速これから取り掛からせていただきますー。一時間ほどで終わると思いますのでー」

「そんなに早く? すごいですね。それじゃあ一時間後にまた来ますね」


 僕はそう言い残して、第一家庭菜園へと飛んだのだった。




    ◇ ◇ ◇




「アトラス倒してまうとか、あり得へんわー。これ、たぶん危険度は超A級やで?」


 ジオの姿が消えて一人になったリルカリリアは、素の喋り方で呟いていた。


「【家庭菜園】? どこがやねん!」


 思わずそう突っ込んでしまいたくなるほど、とんでもないギフトである。

 今まで幾度となくそう思わされてきたが、今回のでまた大幅な記録更新だ。


「その気になったら街を壊滅させられるってことやん……。なのに【家庭菜園】……そんな平和なもんちゃうやろ……」


 どう考えてもこれはもっと凶悪な何かだ。

 先日の麻薬並みの中毒性を持つ野菜と言い、下手をすれば街どころか、人類を滅ぼせるかもしれない。


 幸いなのは、ギフトの持ち主が至って温和で平和的な人間であることだろう。


「……ちょっと抜けとるところあるし、悪用されんよう気をつけんとな」


 リルカリリアは改めて目の前の巨大な死体へと視線を向けた。


「にしても、ほんまごっついな~。ジオはんにはああ言うたけど、こんなん、さすがに一人じゃ解体できひんわ。みんなに手伝ってもらわんとなー」


 そうしてリルカリリアが取り出したのは、彼女が愛用している魔法袋だ。


「はい、おいでー」


 アトラスの前でその袋を掲げると、次の瞬間、なんと巨体が一瞬にして袋の中へと吸い込まれていった。


「さてさて、後はに戻って、と」


 そしてリルカリリアの姿がその場から掻き消える。

 後には菜園の守護のために配置された数体のメガゴーレムが残るだけとなった。




     ◇ ◇ ◇




 一時間が経ち、僕は再び第二家庭菜園にやってきた。


「終わりましたよー」


 するとすでに解体が終了していたようで、リルカリリアさんが明るく出迎えてくれる。


「あれ?」


 解体されたアトラスの死体があるとばかり思っていたのに、なぜかそれらしきものは見当たらない。


「すでにここに収納しちゃいましたですー」

「あ、そうなんですね」


 どうやら魔法袋に入れてくれたらしく、僕はホッとする。


「解体費用を差し引きましてー、こちらが代金となりますー」

「ええっ? こんなに!?」


 リルカリリアさんから手渡された袋の中には、金貨がたっぷり入っていた。

 五十枚ぐらいあるかもしれない。


「希少な素材ですからねー。それくらいが相場ですよー。それと、こちらが魔石ですー」

「うわっ、大きい!」


 アトラスの魔石は今まで手に入れた魔石の中で一番大きなものだった。

 僕の頭ぐらいあって、重くて片手では持てない。


 多分この大きさならかなり高値で売れるだろうけど、売る気はなかった。

 家庭菜園に吸収させて、レベルアップのために使いたいからだ。


「色々と助かりました。ありがとうございます」

「いえいえー、また何かありましたらー、ぜひよろしくですー」


 そうしてリルカリリアさんは帰っていった。

 本当にいつも世話になってばかりだよね。


「それにしても……どうやって解体したのかな?」


 と、そこでふと気づく。

 アトラスの死体があった場所……その地面に血の跡が一切ないことに。


 こんなに綺麗に解体できるものなのだろうか……?

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