第36話 あの子と話す俺
空からゆっくりと降りてきたあの子は
黄色いジャケットを羽織ると、自然とその大きな青い翼も
すうっと消えるように、背中から存在感が無くなっていった。
「・・・不思議だなぁ・・・」
じっとあの子の背中を見ているつもりだったけれど
ふと目が合ってしまって、我に返って慌てて目を逸らした。
「え、えっと・・・ど、どっか、行ってたの・・・?」
手に持っていたおにぎりの包みに気づいて
慌ててくしゃくしゃのままポケットに入れた。
「・・・みつからないようにしてた」
「見つからないように・・・どこかに隠れていたの?」
「・・・よるのあいだじゆうにとんで
・・・あさがきたらかえれるようにしてたけど
・・・きょうもかえれなかったから
・・・もどってきた」
「帰れる準備って、何?・・・帰れなかったって、どういうコト??」
「・・・あさがきたらいつもかえっていたから
・・・かえるところをみたらおどろかせてしまうから
・・・みつからないようにしてた
・・・どうしてなのかわからないけれど
・・・かえれなくなった」
「朝が来たら帰っていた・・・けど、帰れなくなった。
帰るトコロを見たら驚かせてしまう・・・って」
ーーー キラキラーって、シューって、消えちゃったんだって ーーー
青い翼を持った何かを見たっていうヒトの言葉。
「帰る時って、・・・その、き、消えちゃうって、感じなの・・・?」
あの子はまた、少し首を
よくわからない感じでいたけれど
「・・・かえるときだれかがみておどろいてた
・・・だからみつからないようにしてた」
それだ。
朝が来ると、きっとあの子はどこかに帰る、戻っていくんだろう。
夜明けと共に魔法が解ける、みたいな。
「どこに帰って、戻っているの・・・?」
そう、どこから来ているのかが知りたい。
あの子の返答を待っていたら
「・・・どこにかえって・・・たの・・・
・・・どうやってかえ・・・てた・・・の
・・・ ・・・ ・・・ 」
急に言葉が途切れ途切れになって、あの子はスイッチが切れた?かのようになった。
「ど、どうしたの!?・・・え?・・・え!?・・・だ、大丈夫!?」
一瞬、あの子の姿がノイズが入った画像のようにブレて見えた。
驚いて、目をこすって見ると元に戻っていた。
あの子は両方の手のひらを交互にじっと見ていた。
「・・・だんだんわすれていく
・・・わからなくなっていく」
「えっ・・・?」
「・・・このままかえれないと
・・・なくなってしまう」
「な、無くなってしまうって、き、消えてなくなる・・・ってコト・・・?」
あの子はまた、少し首を
よくわからない感じでいたけれど
「・・・なくなってしまったら
・・・もうあえない」
え・・・
なんだそれ。
「ちょ、ちょっと待ってよ。やっと・・・やっとキミと向かい合ったのに
まだ・・・まだ何もわからないままなのに、無くなるって、何だよそれ。
もう会えないって、何だよ・・。何なんだよ!それっ!!」
やっとココから何かが始まるかもしれないって、勝手に思っていた俺は
どうしたらいいんだよ・・・
ワケのわからない怒りのような、悲しみのような
上手く言えない、味わったコトのない感情が溢れてきたけれど
今の俺にはそれを受け止めきれる器があるわけもなくて
ただただ
立ちすくんでしまっていた。
「・・・どうすりゃいいんだよ・・・」
泣きそうなキモチで、半ば投げやりになっていた。
「・・・これ」
あの子が手にしていたのは、俺がコンビニで買ってきたスイーツだった。
上目遣いに俺に差し出して、不思議そうにカップの中身を色んな角度から見ていた。
「・・・食べたいの?」
その様子がなんだかちょっと笑えて、一旦キモチが落ち着いた。
やれやれ、と言わんばかりに、それを受け取った俺は
広げたコンビニ商品のトコロへ戻り、座ってからフタを開けて
スプーンを刺してあの子に差し出した。
そっと受け取ったあの子は、スプーンが刺さったまま
また不思議そうにカップの中身を色んな角度から見ていた。
「しょうがないな・・・」
スプーンを抜いて、
すんすん、においを少し
なんのためらいもなく、パクっ、と食べた。
コクっ、と飲み込んだら、一瞬表情が固まった(ように見えたけれど)
なんだろ・・・
ふわ~っと、ほどけるような表情になっていった。
「な!
俺はあの子の反応が、嬉しくて、おかしくて
何も片付いていないけれど、モヤモヤしていたキモチが
どっかに飛んで行ってしまったような気がした。
「・・・うまいよな」
なんだそれ。
俺はあの子の反応が、嬉しくて、おかしくて
もう何もかもどうでもいいくらい楽しくて
ただただ
笑っていた。
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