第55話 女子にもてる①

 翌日学校へ行くと、綾羽は知らん顔をしている。そりゃそうだよな、ストーカーしたことなんて口が裂けても言えないし、俺の家の前で刑事のように張り込みをしていたとも言えない。ハンカチを渡すためだなんて、白々しい……。


 五樹は五樹でなにも知らない様子で、いつもと同じような調子で綾羽に話しかけている。


「お~い、綾羽昨日電話したけど、なかなか出なかったな。どこへ行ってたの?」

「お風呂に入ってたんだから、仕方ないでしょ。電話に出られるわけない」

「長風呂なんだな」

「そうよ、レディーはゆっくりお風呂に入るの」

「心配したんだぞ」

「どうだか」


 あ~あ、相変わらず軽口をたたき合ってる。仲がいいのか悪いのかいまだにわからない。知らん顔をしてると、なぜか二人がこちらへ寄ってきた。


「おい、元気か、礼人?」

「元気だよ、お前たちも元気そうだな」

「ああ、俺はいつも元気だ」


 だから何なんだよ。


「なあ、礼人廊下を見て見ろ。随分と女子が多いと思わないか」

「ああ、そういえば、随分騒がしい。何かあったのかな」

「さっきから、お前の事ばかり見ている。下級生たちだな」

「ああ、知らない顔が多い。そのようだ」


 だからって、まさか俺に興味があるわけじゃないだろう。何かやらかした覚えはないから、野次馬にじろじろ見られるような心当たりはない。だが、俺の方をちらちら見ている。


 何の用だろうか。教室の入り口から数人の女子が顔だけ出してこちらを向いている。


 俺は近寄って訊いた。


「君たち、何の用? このクラスの誰かに用があるのか?」

「きゃあっ!」

「わあ~~素敵!」


 なんだよこの反応は。その中のショートカットの女の子が答えた。スカートが短かい。五樹が後ろから声をかける。


「ファンクラブか、礼人の」

「そんなわけないだろ? お前のファンじゃないのか?」


 熱い視線でこちらを向いている。キャ~~と、黄色い声がするので、廊下へ出ていく。


「俺に用なの?」

「ええっ、別に用ってわけじゃなかったんです」


 ロングヘア―の別の女子が答える。リップクリームを塗りすぎた唇が赤くなり、てかてか光っている。


「じゃあ、何をしに来たの?」

「えっと……ごほん、たまたま廊下を通り掛かっただけです~~!」

「たまたま?」

「はいっ、と言いたいところなんですが」


 少し間があって続けた。


「本当は、礼人さんに会いたくてつい来ました。ご迷惑でしたか?」

「迷惑っていうか、困るな、俺彼女がいるから」

「知ってます。才色兼備で学園のアイドル、鈴奈さんとお付き合いしてるんですよね」

「そうだよ。知ってて?」

「そんなことはどうでもいいんです。私たちファンの一人として、遠くから見ているだけで」


 へえ、俺にこんなファンがいたなんて、初耳だよ。


 それにしては、一年生は上の階だからわざわざ俺を見るために降りてきたのか。しかも、ここは理科室や体育館への通り道でも何でもない。


「もう、俺なんか普通の男子だよ。一年生にもいいやつがたくさんいる。身の回りの人を見たらどう?」

「比べ物にならないです、礼人さんのかっこよさとは」


 ますます不可解だな。


「じゃ、もういいかな」

「はい、声が聞けただけでも幸せです! お邪魔しました。失礼しま~~す」

「あのう……こんなこと、いいにくいんだけど、あのさあ……もう来ないほうがいいよ」

「……ええっ、そんな」


 生き生きしていた顔が、急に青ざめていく。困ったな、意地悪してるみたいじゃないか。五樹が廊下に出てきた。


「君たち一年生だね。ここへ来るだけなら迷惑じゃないから、来てもいいよ」

「わあ~~~っ、ありがとうございます」

「なんだよ、余計なことを言って」

「礼人に会うだけが目的じゃないだろ?」


 一瞬、彼女に目くばせした。


「そ、そうです。五樹先輩とも話ができて光栄です~~」

「あっそうなの」

「ってことだから、いいよ」


 と五樹にうまく丸められて、彼女たちは去っていった。


 教室に戻ると鈴奈がきょとんとして俺の方を見ていた。

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