-107- 進化する脅威

「私が竜種のことを明かさなかったのは、それだけ恐ろしい存在だったというのもあるわ。特に出会った頃の蒔苗ちゃんはまだ脳波が未発達だったから、ダンジョンに対する恐怖を植え付けて成長を阻害するわけにはいかなかった。でも、危ないことを黙ってやらせてたわけじゃないの。大樹郎さんと七菜さんのおかげで脳波攻撃を遮断するシステムは完成していたし、敵性脳波を感知する装置をすべての深層ダンジョンに設置しているから、私たちは竜種の出現をいち早く知ることが出来る……はずだった」


 ゼロリペアが反応した敵性脳波は私に対する攻撃だったのね。

 でも、私はまったくその影響を受けなかった。

 普通に戦えてたし、オーラの調子も良かった。

 育美さんの言う遮断システムが完璧なのは間違いない。

 私の機体には最初から竜種への対抗策が盛り込まれていたんだ。


「竜種が卵から生まれるというのは今回新たに得た情報よ。そして、卵の初期段階では脳波を発しておらず、ある程度孵化に近づいてきたタイミングで脳波を発し始めると推測されるわ。蒔苗ちゃんはちょうどそのタイミングで卵を発見したみたいね。でも、孵化が近づいていたとはいえ、まだ誕生の時じゃなかったのは間違いない。それでもダンジョンコアの破壊に反応して不完全な状態で生まれ、襲いかかってきた。そして、不完全な状態で生まれても他のモンスターを取り込むことで完全な状態に近づいていける。どれもこれも新発見で、どれもこれも不条理なまでに不利な情報……」


 育美さんが弱気な表情を見せる。

 こんな顔……今まで見たことない。

 流石にこれは黙っているわけにはいかないな!


「でも、倒せました。育美さんの脳波攻撃への対策は完璧でしたし、新兵器のDエッジミサイルも骨をバラバラにするくらいの威力がありました。それに卵の段階で脳波を発しているのがわかったのは朗報だと思います。深層ダンジョンに設置されているという敵性脳波を感知する装置が初期段階の脳波を拾えるなら、感知した段階でそこに急行することが出来ます。そしてダンジョンコアを破壊してしまえば、竜種も不完全な状態で生まれざるを得ません。不完全な状態なら私たち3人と無人機の連携で倒せます」


「そう……ね。蒔苗ちゃんが竜種に負けるとは思わないわ。たとえ相手が完全な状態であってもね。でも、同時にいくつものダンジョンで竜種が出現したら? 今のシステムでは防げない脳波攻撃をしてきたら? そいつらが地上に出てきたら……?」


「そ、それは……困りますね」


「ごめんね、別に蒔苗ちゃんの励ましを否定してるわけじゃないの。でも、そういうことを考えてしまう……。いや、技術者として考えなければならない。私たちが思考を止めれば技術の発展は止まる。それは人類の進化が止まるということ。ダンジョンの脅威に対抗出来なくなってしまう……。今回も敵は新たな進化を見せてきた。あの龍もどきの方の対策も考えないといけないわ」


 確かにあの龍もどきは藍花に直接痛みを与えていた。

 でも、口にくわえた状態じゃないと攻撃出来ないというのは竜種の特徴と違っている。

 ゼロリペアも龍もどきからは敵性脳波を感知していなかった。

 じゃあ、あいつは一体何なんだ?


「あれはおそらく竜種とは無関係……。見た目がそれっぽいから勘違いしそうだけど、あれはただ通常のモンスターがDMDに対抗する力を求めた結果のような気がするわ」


「痛みを与えることがDMDへの対抗手段……?」


「きっとダンジョンはDMDの仕組みに気づいている……。機械の人形を破壊したところで自分たちの本当の敵にダメージが入っていないと察している。だから、それを操っている本当の敵……人間を狙い始めた。そうでなければ龍もどきはアンサーを捕獲せず、すぐに破壊していたはずよ」


「元から脳波で攻撃する能力を持っていただけの竜種と違い、普通のモンスターがDMDに対抗するために脳波を使い始めているということですか……?」


「少し……違うかもしれない。おそらくあの龍もどき自身は脳波を使えない。だからDMDに搭載されている脳波受信装置に働きかけることでこちらの脳波にアクセスし、痛覚を刺激していると考えているわ。そして、その攻撃中は他のことがあまり出来ないくらいの集中を要する。そう考えると普通に暴れながら離れた対象にも脳波攻撃出来る竜種の方が恐ろしいんだけど、問題は攻撃のプロセスが違うせいで、対策も別のものを用意しないといけないことね。どこまで対策すればDMDを本来の安全なマシンに出来るのか……」


「……私は難しいことはわかりませんが、育美さんなら出来ると思います! 育美さんが私を信じてくれているように、私も育美さんのことを信用しています! それこそ絶対に竜種なんかに負けないって思ってます! だから、私も竜種には負けません!」


 技術的な相談になんて乗れない。

 一緒に悩むことも出来ない。

 となれば、精一杯励ますしかない!


 でも、これは根拠のない安い言葉じゃないんだ。

 今までの戦いで育美さんはいつも完璧な機体を用意してくれた。

 私が操縦しやすいように時間をかけてシステムを調整してくれた。

 今までのすべてが彼女の信じる理由なんだ。


「蒔苗ちゃんは優しいなぁ……。そんな優しい蒔苗ちゃんに嫌われたくなくって、私は今まで本当のことを言えなかった」


「え……?」


「蒔苗ちゃんのお母さん、七菜さんをDMD操者にして竜種と戦わせたのは私なの」



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 あの時、私は大学4年生だった。

 単位なんてほぼほぼ取り終えて、就職予定のモエギ・マシニクルに入り浸っていた。

 そして、ある新しいシステムの研究に没頭していた。


 その過程でどうしても必要になったテスト用の操者……。

 みんな忙しくってなかなか適任者が見つからない中、DMDを操縦した経験がゼロにもかかわらず手を挙げた酔狂すいきょうな人がいた。


 その人の名前は萌葱七菜。

 萌葱大樹郎の第七子にして、特に仕事に情熱を持ってなさそうな女性だった。

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