-87- 操者だから

「まあ、あなたがこのショーが失敗して自分の出番が来ると思っているのなら、それはそれで構わないんだけど」


「そ、そんなことありません! ただ……」


「ただ……何?」


「私はDMD操者なんです。DMD操者だからこそ、このショーにも呼ばれました。操者の適性がない普通の女子高生のままだったら、私は今ここにはいません。そして、DMD操者はDMDがなければ何も出来ません。ショーが……今までの紫苑さんの努力が失敗するなんて思ってはいません。でも、何かあった時DMDがなければ私は私の役目を果たすことが出来ない。DMD操者が役目を果たせないということは……誰かの命が危険に晒されるということです」


 蟻の巣の時も私が役目を果たせなければ、どうなっていたかわからない。

 私はたくさんの人から託された力を正しく振るわなければならないんだ。

 これは自惚うぬぼれじゃない。

 この感情は……使命感だ。


「私は私であるためにアイオロス・ゼロを持ってきました。それで気分を害されたなら申し訳ありません。でも、私はDMD操者として間違った判断をしたとは思いません」


 紫苑さんはしばらく無言だった。

 私の目を見つつ、何か考え事をしているようだ。

 ショーにお呼ばれしたのにその主催者に啖呵たんかを切ってしまった。

 感情の熱が冷めていくと同時に『やってしまった』という気になってくる。

 でも、私の言葉は本心だし、間違ったことも言っていないと思う。

 これでショーから追い出されたら、その時はその時だ!


「……私の負け。大人げないこと言ってごめんなさいね」


 張り詰めていた空気が緩む。

 何……? 私、試されてたの?


「あなたの言っていることは正しいわ。あの蟻の巣の時のように地上に異変が起こる可能性はゼロじゃないし、モンスターが大量に湧き出してくる可能性だってゼロじゃない。その時、あなたという操者が専用機たるゼロを操るか、マシンベースに置いてある予備の機体を操るかでは戦いの結末が変わってくる。それこそ死傷者数がけた1つ変わるかもしれない」


「そ、そこまでは……。いや、そう……です!」


 その可能性もあることは間違いない。

 ここで謙遜けんそんしては自分の主張が揺らいでしまう。


「ふふっ……強いわね。私があなたの立場ならその重圧に押しつぶされてると思うわ」


 いや、あなたも十分お強いでしょうと言いたいけど、ここは黙っておこう……。


「だって、すべてが急に降って湧いた話でしょう? 普通に暮らしてた女の子にいきなりDMDを渡して戦いへと導く……。しかも、あなたには適性があった。誰よりも優れた操者の適性がね。それもある意味では残酷な話よ。自分にしか出来ない、自分にしか救えないことがあると知って操者の道を捨てられる人はそう多くない。たとえ捨てたとしても、事実を知ってしまった時点で心の中には葛藤が残る……一生ね。あなたは選択肢を与えられてるように見えて、実際はそうでもないのよ」


 私もまた紅花と藍花と同じように生まれた時から運命に縛られていた……。

 確かにアイオロス・ゼロのことを知ったのはお葬式の時だったし、それに関して私の意思はまったく絡んでいない。

 その後、マシンベースに行ってみようと思ったのは私の意思だけど、もし行かなかったとしても私が萌葱大樹郎の孫であることや、アイオロス・ゼロの存在は心に残ってしまう。

 あれは一体、何だったのだろうか……と。


 紅花と藍花のことばかり気にかけているけど、私もはたから見れば使命を押し付けられたかわいそうな子なのかな……?

 でも、私はそうは感じていない……。


「でも、蒔苗さんは不自由とは感じていないんでしょう? 直接会って顔を見えればわかる。そういうところは私たちのお父様に似ているわ。お父様だって最初から迷宮王と呼ばれていたわけじゃないし、DMDを作っていたわけでも、操っていたわけでもない。でも、あの人にはその適性があった。そして、何より使命感の強い人だった……」


 紫苑さんが目を細める。

 私ではなく、私を通して何かを見ているような視線だ。


「もともとお父様は脳波で動く義肢ぎしを作っていて、その技術をアピールするために作った脳波で動く人形がDMDの原型になったの。どちらも人を救うものとはいえ、義肢が兵器に変わるっていうのはいろんな意味でそう簡単なことじゃないわ。でもお父様はそれを受け入れ、その技術をさらに発展させた。そして、DMDの操縦に必要な才能が自分にあるとわかれば、操者になることもすんなり受け入れた。そして、英雄扱いをされてもその愚痴を家族に聞かせることはなかった……。まあ、それが家族に対するカッコつけだったのか、本当に不満がなかったのかは最後までわからなかったけど」


 私には何となくその気持ちがわかる気がする。

 不満と言うほど自分の運命を呪ってはいないけど、それはそれとして大変のこともあるから、1割くらいはカッコつけで頑張ってる感じがする。

 特に自分の子どもに弱いところなんて見せられないだろうしね。

 きっと、仕事で付き合いが長い人とかには、愚痴くらいこぼしているんじゃないかな?


「とにかく、お父様は降って湧いた運命をも受け入れられる偉大な王だったのよ。でも、いきなり迷宮王の子になった私たち兄弟は……そんなにすぐには受け入れられなかった」


「あ、ダンジョンが出現したのは30年前だから、その時にはすでにご兄弟全員が……」


「それはもちろん生まれてるわよ。あら? もしかして、私ってまだ20代後半で通用するかしら? こう見えて二児の母なんだけど……?」


 ど、どう答えればいいんだ……!?

 やっぱり紫苑さんは私を試しているのか!?


「い、いやぁ、流石に紫苑さんの美しさは20代で出せるものじゃないので……」


「あらあら、なかなか上手な返しね。からかい甲斐があるわ」


 試されているのか、からかわれているのか……。

 どちらにせよ、今の返しは紫苑さんが満足するものだったらしい。


「兄弟の誰もがお父様に憧れていたけど、その背中はどんどん遠くなっていって……誰も追いつけはしなかった。だから、私たちは独自の道を歩き出した。その道の先でお父様を超えるために。そして、お母様の無念を晴らすために……」


 そして、その日はもうすぐやってくる……。

 お爺ちゃんですら成し遂げられなかった深層ダンジョンの抹消を成し遂げることで、父親を超えたことを証明するつもりなんだ。

 それ自体はやっぱり素晴らしいことだと思う。

 でも、私がずっと気にしているのは……。


「あの、紅花べにか……さんと藍花あいかさんは元気ですか?」


「ええ、至って健康よ。本番も問題なくこなせるでしょうね」


「それは良かったです。でも、その……よく見ててあげてくださいね」


 結局、私は彼女にこの一言が言いたかったんだと思う。

 紫苑さんの夢は止まらない。

 その夢が叶えば多くの人が救われる。

 だからこそ、夢を叶える娘たちのことをよく見てあげてほしい。


「……当然よ。私はあの子たちの母親なんですもの」


 その言葉に嘘や偽りは感じられなかった。


「そろそろ失礼させてもらうわね。蒔苗さんと話せてよかったわ」


 紫苑さんがソファーから立ち上がる。

 いつの間にかバスは停車していたようだ。


「残りの旅を楽しんでちょうだいね。スタッフにはいくらでもわがまま言って構わないから」


「いやぁ、あはは……」


「それとこれは私の連絡先よ。困ったことがあったらいつでも連絡して。今はちょっと忙しくしてるから、秘書が対応するかもしれないけど」


 紫苑さんから名刺を受け取る。

 いつでもと言われたけど、おいそれと連絡できそうにないなぁ……!


「あ、そうそう。蒔苗さんは観客としてショーを楽しむって言ってたけど、立場的に蒔苗さんは来賓客らいひんきゃくなのよね」


「来賓……客?」


「ほら、学校の入学式とかで壁際に座ってるお偉いさんのポジションよ」


 あー、いるいる。

 地域や学校関係の偉いおじさんやおばさんたちことね。

 ……って、私そんなポジションで呼ばれてるの!?


「私、挨拶とかできませんよ!?」


「大丈夫大丈夫。名前を呼ばれたら立ち上がって一礼だけすればいいのよ。でも、それなりにおめかしはしてほしいから、ピッタリのドレスを宿泊先に送っておくわね」


「ド……ドレスとか着たことないです……」


「あら、もったいない。こんなに綺麗でスタイルも良いのに。じゃあ、今回が初めての経験ってことで、お願いするわね」


 紫苑さんはチラッと腕時計を見た後、乗ってきた時と同じようにゆったりとした足取りでバスから降りていった。

 ドアはすぐに閉まり、またバスは発進する。


「なんか……ドッと疲れた……」


 私はただベッドに倒れ伏し、枕に顔をうずめるしかなかった。

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