-80- 人間と機械の力

「もちろん、私はどの分野の専門家でもありませんから、私の考えるオーラの正体に科学的根拠はまったくありません。使い方に関しても感覚的にそうなんだと思っただけで、まだ完全に使いこなせるようになったわけではありません」


「それでもいいのよ。話してみて」


「まず、オーラの正体は脳波です。それも限界まで高まり『脳波の到達点』と言えるような一定のラインを超えた強さの脳波がオーラの元となっているんです」


「つまり、あのオーラは蒔苗ちゃんから生まれているというわけね」


「元をたどればそうなんですけど、私だけであのオーラは生み出せません。マシンベースに存在する脳波増幅装置によって強化され、DMDの持つ脳波受信装置によって1点に収束する……。この工程を経ることによって強力な脳波がより鋭く研ぎ澄まされるんです。そこまで極めることで初めて脳波はオーラとなり、物理的な力を得るんだと私は考えています」


「脳波を強化し一点に収束させる……か。確かに人間の力だけじゃそれは出来ないわね」


「はい。だから、オーラは人間と機械の力の融合なんです。そもそもの元となる強い脳波は人間じゃないと生み出せない。でも、人間の能力だけでは脳波を加工しより洗練されたものには出来ない。2つの力が合わさらないと生まれない奇跡の力なんです」


「確かに科学的根拠はない。でも、筋は通っている……。そして何より人類で唯一その強い脳波を持つ蒔苗ちゃんが言うんですもの。オーラの真実を解き明かす上で重要な仮説になると私は思っているわ」


「ありがとうございます。ただ、ここまでわかっていてもオーラを完全に使いこなせないのは、私の脳波の強さ……ブレイブ・レベルにブレがあるからなんです。育美さんならわかると思いますけど、私のレベルは100に届いたり届かなかったりしてるんじゃないですか?」


「ええ、その通りよ。蒔苗ちゃんのブレイブ・レベルの安定値は90。弱気になったり焦ってもこのレベルはもう下回らない。おそらく今みたいにリラックスしてる時も90の脳波が出ているはずよ」


「でも、オーラを安定して使うにはブレイブ・レベルを100で安定させる必要があるんだと思います。そこがいわゆる『脳波の到達点』……! ここを超えた脳波がオーラになるんです。そして何より、100レベルで安定していれば心を揺さぶることなくスマートにオーラが使えます」


「オーラを……スマートに?」


「えっと、レベル100だと頭が冷静になって本当に思うがままにオーラが出るんですよ。今回の戦いで言うと最後の女王アリ型との戦いで使った槍のように細いオーラ……。あんな研ぎ澄まされたオーラは100で安定してないと出せません。ドバッと大量のオーラを出すより、少量をコントロールする方がよほど難しいんです」


「まだ今回の戦闘映像はサラっとしか確認してないけど、確かにあの時のオーラは今までと違ったわね……。逆にコアを破壊する時に出た大量のオーラは今まで通りというか……」


「はい。コアを破壊した時に出したオーラは今まで通り感情を揺さぶって無理に出したものです。ヤタガラスと巨大ムカデの時はみんなを守るという使命感を、コアを破壊する時は上手くオーラを使いこなせない自分への怒りを原動力に、脳波を上振れさせたんです」


「なるほどね。脳は言わば心のようなもの。感情が高ぶればブレイブ・レベルも高まるというのはよく知られている……。蒔苗ちゃんレベルになるとその心の高ぶりで『脳波の到達点』を超える脳波が出せるようになるってことだ」


「そうなんです。でも、そのやり方だと精神的な疲労が大きいですし、何より制御が難しい。無理にコップを揺さぶって中の水をこぼしているようなものですからね。だからちょっとした揺れで水がこぼれてしまうようなギリギリの量……レベル100で安定させておきたいんです」


「うんうん、蒔苗ちゃんの話わかりやすかったわ。新しい力を手に入れたばかりなのにそれを理解し、さらに発展させようとする姿勢……私も見習いたいな」


「そんな、褒め過ぎですって……!」


「ふふふ……本心からそう思ってるのよ」


 育美さんがまた私の頭をなでる。

 さっきよりも優しい手つきだ……。


「私にはどうすればブレイブ・レベルを100で安定させられるのかはわからないわ。でも、蒔苗ちゃんの仮説が事実ならば、オーラというものは技術の進歩でも強化できる……! 増幅装置や受信装置に新たな技術革新が起これば、よりスマートにオーラを使いこなせるはず! 私はそっち方面から蒔苗ちゃんを支えられるように頑張るわ! もちろん新型機の開発も任せておいてね。流石にオーラ前提の機体というのはまだ難しいと思うけど、その存在も頭に入れつつ設計していこうと思うわ」


「はい! よろしくお願いします!」


 なんか……スッキリした。

 オーラなんていうとんでもない存在を受け入れて、私の思い付きの仮説まで本気で信じてくれる人が近くにいる。

 こんなに恵まれたことはない。


 私の面倒を見てくれるのが育美さんじゃなかったら、私の脳波はここまで育っていなかったかもしれない。

 脳というのは言わば心……。

 心というのは繊細で、簡単に折れ曲がってしまう。

 どんな植物よりも真っすぐ育てるのが難しい。


「……おっと、電話だ」


 育美さんがポケットから電話を取り出す。

 時刻はすでに夕方だった。


「うん、わかった。ありがと」


 育美さんが通話を終えると、満面の笑みでこちらに向き直った。


「蒔苗ちゃん、お友達がマシンベースに来てるわよ」


「ええっ!? 本当ですか!?」


「うん! バリアの中に囚われていた人たちは簡易的な体の検査を受けて、そこで比較的健康だと判断された人は一時的にマシンベースに移されることになっているの。その後、バリアに覆われていた部分の調査が終わったらみんな家に帰してもらえるわ。まあ、今回ばかりはその調査に時間がかかるかもしれないけどね」


 未知の現象が起こった地域なのは間違いないから、そりゃ大規模な調査も必要か……。

 でも、それでこれからに役立つ新事実が見つかるかもしれない。


 それはそれとして、愛莉たちがマシンベースに来ているということは、比較的健康な状態ってことだ!

 本当に無事でよかった……!

 早く会いに行きたい!


「育美さん、みんなに会ってもいいですか!?」


「うん! というか向こうも会いたくてロビーに来てるらしいよ?」


「ありがとうございます! 行ってきます!」


 コントローラーズルームを飛び出し、ロビーに向かう!

 マシンベース内の空気はもうピリピリと張り詰めていない。

 すれ違う人たちはみんな疲れてはいるけど笑顔だ。

 私も釣られて笑顔になる。


「愛莉! 芳香! 芽衣!」


 ロビーに来ると隅っこの方に3人が固まっていた。

 私が駆け寄ると、真っ先に抱き着いて来たのは意外にも芳香だった。


「まきな~!! うぅぅぅ…………っ!」


 のんびりしていてマイペースで一番強い子だと思ってた芳香は、言葉にならない声をあげながら泣いている。

 優しく抱きしめてその背中をさする。


「ごめんね。もっと早く助けに行けたら……」


「ううん……! 蒔苗は悪くないから……! 謝らないで……!」


 芳香が少し落ち着いてきたら、愛莉と芽衣の方にも気を配る。

 芽衣は芳香に釣られて涙ぐんでいるけど、唇を食いしばって泣くのを我慢している。


「芽衣も大丈夫だった?」


「うん……! そりゃビビったけどさ……! 姫が助けてくれるって疑わなかったから……いや、ごめん……! ムカデが出てきた時は少し疑っちゃった……! ごめん……!」


 すすり泣く芽衣を片腕で抱き寄せ、優しく頭をなでる。


「不安にさせてごめんね。私もっと強くなるから……」


「いや……私が弱いんだよ……! ごめん……!」


 謝る芽衣をなだめている間、愛莉は表情を変えない。

 他の2人が泣いているのに彼女は涙一つ見せない。

 これは逆に心配になってくる……。


「愛莉、大丈夫? 無理してない?」


「無理してないよ。蒔苗ちゃんが来てくれたから、それだけで怖いのも全部吹っ飛んじゃった」


「私は……約束を守れたかな?」


「ちゃんと学校に来てくれたもんね。でも、正確には機体が学校の近くに来ただけで蒔苗ちゃん自身は……って冗談よ! ありがとう、2つも約束守ってくれたね」


「ん? 2つ?」


「私たちがマシンベースに見学に行った時、『みんな私とアイオロス・ゼロが守るよ』って言ってたじゃない? 忘れちゃった?」


「覚えているような、そうじゃないような……。でも、その約束も守れたんだよね?」


「うん! 蒔苗ちゃんのおかげでみんなここにいるんだよ。また、同じようなことがあった時も私はたちは蒔苗ちゃんを信じて待ってるからね」


「あはは、もうこんなことに巻き込まれてほしくはないけど……何度でも守るよ、みんなのこと!」



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 数日後、8つの入口と空間の歪みの発生という類を見ない異常事態を引き起こしたダンジョン『蟻の巣』は完全消滅した。

 コア破壊後の虫型モンスターたちはまるで統率の取れていない軍隊といった様子で、各個撃破するのは容易だった。

 しばらくして、ダンジョンの名称は仮称の『蟻の巣』から『蟻械軍基地ぎかいぐんきち』に変更されたが、以降もその特徴を捉えたわかりやすさから『蟻の巣』という名称が用いられることが多かった。


 蒔苗はこの戦いでさらなる力の必要性を感じ、再開した学校に通いながら操者としての力を磨き、モンスターから素材を集めて新型機の開発を目指していく。


 そして時は流れ、季節は夏……。

 血液が沸騰するかと思うような猛暑が続く中、蒔苗はその血に刻まれた因縁の地へと導かれることになる。

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