-78- 蟻の巣抹消作戦Ⅷ〈抹消〉

 蒔苗がダンジョンコアを破壊する少し前――。

 蘭たちは押し寄せるアリ型と戦い続けていた。


『そろそろ残りエナジーが気になりますわね……!』


 度重なる戦闘で実弾系の武器を撃ち尽くし、使用できるのは機体本体のDエナジーを消費する武器のみになっていた。

 この機体本体のDエナジーを使いつくせば、DMDを動かすことも出来なくなる。

 とはいえ、敵は倒しても倒しても湧いてくる。

 攻撃の手を緩めることは出来なかった。


『こうなったら奥の手ですわ! ファレナ、自立行動モード!』


 グラドランナの後ろに連結されていた黄金ピラミッド――ファレノプシス・ユニットがその連結を解き、搭載されたAIの意志のままに動き始めた。

 機体本体のエナジーの枯渇も問題だったが、戦い続ける操者の精神状態も問題であった。

 ファレナを切り離して戦わせる――言い換えればおとりにすることで、わずかでもチームの負担を軽減出来ればと蘭は考えていた。

 しかし、ファレナは蘭の想像を超えた活躍を見せる。


《ピラミッド・アイ、起動》


 ファレナから機械的な女性の声が響くと、ピラミッドの先端部分がせり上がり、その隙間から黄金に輝く一つ目のカメラアイが見えた。

 その黄金の目はぐるりと周囲を見渡した後、フロアの中央へと機体を動かす。


《味方機、射線上から退避してください》


 今度はピラミッドが持つ4つの側面、そのすべての装甲が開き、中から4つの砲口が現れる。

 ここでチームの全員がこの無人機が何をやろうとしているのかを察した。


『み、みなさん! 上に退避してくださいまし!』


 蘭の掛け声で全機スラスターを全開。

 フロアの天井めがけて機体を上昇させる。

 それを確認したのかしてないのか、ファレナは絶妙なタイミングで攻撃を開始した。


《エキゾチックブラスター》


 四方へ放たれる黄金のエナジー。

 DMDよりも機体サイズが大きいファレナに搭載されているジェネレーターは大きく、それだけ扱えるエナジー量も多い。

 また、無人機であるファレナは脳波を受信するためのパーツが必要ないため、そのスペースに多くのエナジーを溜め込むことが出来る。


 ファレナの兵器としての完成度は高い。

 しかし、まだまだAIが未熟。

 サポートメカのはずなのに、人間側がファレナの動きに合わせる必要がある。

 しかし、今日この場においてはその身勝手な戦い方が功を奏した。


 ファレナはエナジーを放ちながらぐるぐると回転。

 こうなると飛ぶことが出来ない地上のアリ型は焼かれるしかない。

 結果的にファレナはすべての敵を焼き尽くした。


《冷却中……冷却中……》


 攻撃を終えたファレナは一部の装甲を開き、機体を冷やそうとする。

 あれだけのエナジーを扱えば、機体がオーバーヒートするのは当然だった。


『やるだけやって勝手に活動停止! なんとわがままなメカですこと! まるで昔のわたくしを見ているようですわ!』


『でも、このキンキラピラミッドには助けられたよ。おかげで少し休める……』


『今はアリ型の出現も止まっていますが、ダンジョンを抹消しない限りまた現れるでしょう。機体のエナジー残量はあとわずか……。機体を失うくらいなら一時撤退も選択肢の内です。すべては蒔苗様の状況次第ですが……』


 その時、ダンジョンが大きく揺れた。

 異空間に存在するダンジョンに地上の地震が伝わることはない。

 ダンジョンが揺れる時……それはコアが破壊され、その存在が揺らいだ時のみ。

 この振動は蒔苗の勝利を伝える祝砲だった。


『流石は蒔苗さん……! わたくしはずっと信じていましたわ!』


『これで大手を振って帰れるってわけだ!』


『コアの破壊後、ダンジョンが完全に消滅するまでには数日かかることもあります。その間はすでに出現しているモンスターの活動は続きますので、警戒を怠ってはいけません。しかし、もう新たにモンスターが生まれることはありません。我々の勝利です……!』


 百華の言う通り、ダンジョンはコアを破壊したからといって即座に消滅しない。

 ダンジョンの規模にもよるが、大体は数日かけて少しずつ規模が小さくなっていき、最後には入口もろとも完全に消滅する。

 その際、ダンジョンの内部に残っているものはすべて一緒に消滅してしまうので、消滅までの数日間に破壊された機体のパーツやモンスターが落としたアイテムの回収が行われる。


『蘭さん、葵さん、私たちは即座に地上に戻るべきだと思います。残存モンスターの掃討も重要ですが、残りエナジーが少ない我々は戦闘の途中で機体が停止する危険性があります。ここは一度地上に戻って補給を受け、状況に応じて再出撃するのが賢明でしょう』


『私もそう思う! ……じゃなかった、そう思います百華さん。私たちはよくやりましたよ。後始末くらい誰かに頼っても罰は当たらないと思います』


『わたくしもそれでよいのですが……蒔苗さんは大丈夫でしょうか? アイオロス・ゼログラビティがもし動けない状態だったら早めに回収した方が……』


『誰を回収するって?』


 ダンジョンの奥へと通じる通路から、半壊のアイオロス・ゼログラビティが現れた。

 左腕と右脚がなく、装甲もほとんど失い、飛行もふらふらと不安定なものだ。

 しかし、その機体はまだ機能を停止していない。


『蒔苗さん! こんなボロボロになって……!』


『本当にね! でも、この傷のすべてが勲章みたいなものよ。ダンジョンコアは破壊したし、回収すべきものも回収してきた。さあ、後は帰るだけよ! このまま1機も欠けることなく帰還せよマキナ隊!』


 ダンジョンに突入した時と同じ4機のDMDが地上への帰路につく。

 その地上では今まさにダンジョンが生み出していたバリアがゆっくりと消滅していた。


 今日まで30年間、幾度となく繰り返されてきたダンジョンと人類の戦い。

 その歴史の中でも、ここまで多くの人間が巻き込まれた戦いは数少ない。

 さらにモンスターの進化と増殖のスピードを考慮すれば、早期に抹消できなかった場合の死傷者数は計り知れなかったと研究者たちは語る。


 しかし、事実として今存在する結果は……死者ゼロ人。

 バリアの中に閉じ込められていた人の中にはケガ人こそ出たが、死者は1人もいなかった。

 それが萌葱蒔苗とそのチーム、そして戦い続けたすべてのDMD操者とそれを支え続けた人々によってもたらされた結果だった。

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