-76- 蟻の巣抹消作戦Ⅵ〈最奥〉

『無理しないでね……ですって!』


 アイオロス・ゼログラビティがこのフロアから出た後、蘭はそう言った。


『どう考えても一番大変なのは蒔苗だっつーの!』


 葵がスナイパーライフルを棍棒のようにぶん回しながら叫ぶ。


『あなたを1人にしてしまったことをお許しください蒔苗様……! せめてもの償いとして、この場は死守させていただきます! 今のうちにどうかコアを……!』


 群がる敵を投げ飛ばし、ショルダーキャノンで焼き払いながら百華が祈る。

 蒔苗が思っている以上に状況は切迫していた。

 蘭たちが人型昆虫を引き付けているとはいえ、そもそもの虫型モンスターも強い。


 ここより上のフロアで戦うDMD部隊たちも苦戦を強いられていた。

 そして何より、このダンジョンはモンスターが増えるスピードが早い。

 それはモデルが虫だからなのか、他に理由があるのかはわからない。

 しかし、DMDを1機作る時間に比べれば、段違いに早く敵の数が増えるのは確かだった。


 このままではいずれ戦えるDMDが枯渇し、地上に虫たちがあふれ出てくる……。

 地上のマシンベースではそんな悲観的な予想も現実味を帯び始めていた。


 だが、蒔苗はそのことを知らない。

 たとえ彼女が今の状況を尋ねたとしても、本当のことは教えない。

 それは彼女にいらぬ心配をさせぬため。

 思うようにDMDを操ってもらうためだ。


 このダンジョンの攻略に関わるすべての人の祈りを知らず知らずの内に受け、蒔苗とアイオロス・ゼログラビティは進む。

 今、戦いの勝敗は彼女の活躍にゆだねられた。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 通路の天井スレスレを飛ぶと、妨害もなく快適に移動できる。

 真下にはぞろぞろと歩いているアリ型がたくさん見えるけど、こいつらは飛ぶことが出来ないし、飛び道具も持っていない。

 数を増やすことを重視して、最低限の能力しか持たせていないんだ。

 私にとっては助かるけど、それだけダンジョンが状況に合わせて柔軟にモンスターを生み出せるという事実には戦慄するしかない。


 早くコアを破壊しないと、より戦いに適したモンスターが生まれてしまう。

 もはやここまで来たら撤退という選択肢もない。

 一度撤退すれば、二度目の出撃までにモンスターたちはさらなる進化を遂げてしまう。


『コアだ……。コアを壊すんだ!』


 機体を限界まで加速させる。

 でも、周囲の警戒は怠らない。

 これだけ私たちの戦い方を学習しているダンジョンだ。

 私だけノーマークなんてことはないはず……。


 しかし、この予想は意外にも外れた。

 私は怖くなるくらいスムーズにダンジョンの奥深くへと入っていく。

 そう、まるで導かれるように……。


『ここがレベル45の地点……!』


 巣の最奥はそれはそれは広い空間だった。

 中央には直径5メートルはありそうな赤く輝く球体。

 これがダンジョンコアで間違いない。

 そして、それを守るように球体より一回り大きなバリアが張られている。


『……育美さん、ダンジョンコアを発見しました』


「本当!? 破壊は出来そう?」


『バリアが張られているんで一撃で粉砕とはいきませんが……可能だと思います。ただ、問題はコアを守っているモンスターがいるということです』


 敵の数は……1体!

 大きなコアの前に立っているから小さく見えるけど、おそらく2~3メートルはある!

 当然のように機械の体を持った人型昆虫で、装甲の色は漆黒。

 形状的にこいつもアリ型……いや、女王アリ型とでも言うべきか?


 その体の各部には赤く透き通った宝石のような物がはめ込まれている。

 これは……この特徴は……!

 濃縮Dエナジーを食った後のヤタガラスと一緒だ!

 破壊したDMDのエナジーを配下のモンスターたちに運ばせ、ここで食っていたんだ……!


 そうして進化した結果、配下のモンスターたちまで人型になったと考えれば、あの突然の変化にも納得がいく。

 何にせよ、あれを排除してコアを破壊すれば私たちの勝ちだ!


『見たところ武器は持っていない。なら、飛び道具で装甲を削ってから接近戦で……!』


 その時、女王アリ型がこちらに手のひらを向けた。

 手のひらには例の赤い宝石がはめ込まれている。

 それはどんどんと強く輝いて……。


『まさか……!』


 私は反射的に機体を加速させた。

 次の瞬間、女王アリ型の手から赤い光が放たれた。

 あれは……Dエナジー兵器!?

 それも通常のDエナジーライフルの何倍もの威力がある……!


 前言は撤回しないといけないみたいだ。

 あいつは全身が武器で、飛び道具も持っている!

 どうする……? どう戦う……?


 あの全身の赤い宝石から光を放てるなら、死角はほとんどなくなる。

 私が得意な接近戦を仕掛けるのも簡単じゃない。

 とはいえ、飛び道具の撃ち合いではこちらが不利すぎる。

 やはり危険を覚悟の上で接近するしかないようね……!


『スタビライザーソード!』


 背中の2本の長剣を手に持ち、正面で交差するように構える。

 この剣のソードモードには1つ面白い機能がある。

 それはDエナジーで刃の表面を薄く包み、実体+エナジーの刃を作れるということ!

 薄く包むだけだから消費エナジーは抑えられるし、斬れ味は通常のDエナジーの刃に劣るどころか勝っているという話もある。


 このスタビライザーソードの刃なら、あの巨体の装甲も斬り崩しているはず!

 でも、もしこの剣も通用しなかったら……その時はオーラを使う。

 もうそろそろ偶然出てきましたでは困る。

 意図的に使いこなせなければ、どんな強力な力でも頼りにならないままだ。


 あの光は私から生まれたものなんでしょう?

 なら、私の心に従わせてみせる!

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