第3章 友情と日常

-29- 戻ってきた日常

 月曜日の朝――。

 セットしておいたアラームが鳴る前に自然と目が覚めた。

 まだ脳の活性化状態が維持されているわけではない。

 今回は何時間もよーく眠っている。

 これなら授業中に居眠りすることもなさそうね。


「さっ、準備準備!」


 いつまでもベッドにいると眠たくなるかもしれない。

 布団を吹っ飛ばし、跳ねるようにベッドから起きる。

 バスルームへ直行し、サッとシャワーを浴びればもう意識は完全に覚醒する。

 制服を着て、買い置きしてあるコーンフレークを食べつつ、テレビの電源を入れる。


 朝からバラエティみたいなゆるい企画やっているニュース番組を見ると、一気に普段の生活に戻ってきたって感じがする。

 育美さんからの連絡はまだないけど、無事に朝起きることが出来たと報告しておこう。


「そろそろ行きますか……」


 うーんと背伸びをした後、カバンを持って玄関に向かう。

 今時の女子高生のカバンは軽いものだ。

 教科書なんてすべて電子化されてるからね。


「行ってきまーす!」


 誰もいない家に向かってそう言った後、エレベーターを使って地上に降りる。

 エントランスを抜け、外に出ようとした時、見慣れた顔がジッと立っていることに気づいた。


「愛莉! 迎えに来てくれたの?」


「う、うん、迷惑だったかな……」


「全然! 来てくれてありがとうね」


 真野愛莉まのあいりは私が物心ついてから一番長く付き合っている人だ。

 出会いは小学1年生の時で、それ以降特に示し合わせたわけでもないのにずっと同じ学校に通っている。

 彼女はとても控えめな性格で、付き合いが長い割にあまり深く踏み込んだ関係にはなってないけど、それでも一緒にいるとすごく落ち着く。


 肩まで伸びた髪を首のあたりで2つに縛る髪型は長年変わらない。

 この素朴な髪型が透明感のある顔立ちととてもマッチしている。

 肌もとても白くて、顔が赤くなるとすぐわかる。

 そういえば、今日はすでに赤くなってる気がする。

 熱でもあるのかな?

 そっと手を伸ばし、その頬に触れる。

 すると、愛莉の顔はさらに赤くなっていく。


「大丈夫? 熱とかあるんじゃ……」


「だ、大丈夫だよ! 元気元気だから! それより熱を測るなら普通ほっぺじゃなくておでこじゃないかな……!」


「あ、それもそうか」


「は、早く学校にいこっ! 遅刻しちゃうよ!」


「いや、今日はかなり余裕があるから問題ないと思うけど……」


 と、言ってる間に愛莉は歩き出した。

 すぐに追いかけて追いつくと、愛莉は歩くスピードを落とし、私の斜め後ろをキープする。

 他の通行人の迷惑になるから決して真横には並ばず、かといって真後ろだと会話がしにくいので、斜め後ろに陣取る。

 これも愛莉の変わらないところだ。


「学校の授業……進んじゃってるかな? 4連休だったし……」


「土日を挟んでるから実質休みは2日だよ。進んでるは進んでるけど、余裕で追いつけると範囲だと思うな」


「そっか~。また勉強教えてね。高校の授業は難しいんだよね~」


「蒔苗ちゃんは集中さえすれば私より全然成績が良くなるって、いつも思ってるんだけどなぁ」


「それはそうかもしれないけど、私って好きなことしか集中出来ないみたいからねぇ~。愛莉の支えがないとダメなのよ」


 なんだろう……この感覚は。

 いつもと変わらない他愛のない会話なのに、心満たされるものを感じる。

 DMDを操縦している時に感じていた充実感、使命感、高揚感とはまた違う。

 癒されるような……使いすぎた脳が回復するような……。

 育美さんや杉咲先生はこの瞬間を大切にしてほしくて、私を学校に通わせようとしていたのかも……。


「蒔苗ちゃんの好きなことってなにかな? パッと思いつかないなぁ」


「今こうしている時間……とか」


 本心なんだけど、口にするとキザったらしいな!

 私の顔も赤くなってるかもと思いつつ振り返ると、愛莉の顔がさらに赤くなっていた。

 ほ、本当に熱あるんじゃ……。


「蒔苗ちゃん……なんか雰囲気変わったね。今日の蒔苗ちゃんはいつも以上に魅力的というか……お、オーラを感じるよ……!」


「オーラ……か」


「お葬式で……なにかあったの?」


 流石に愛莉にはわかっていまうか、私の変化が。

 でも、こんな道端で真実を話す決心はつかない。

 今は少しだけはぐらかそう……。


「まあ、いきなり知らない親戚の人が大量に出てきたからね。私の家族はもう病院にいるお母さんだけだと思ってたから、本当に驚いたわ」


「なにか嫌なこと言われなかった……?」


「うーん、まあ少しだけかな。向こうからすれば私もいきなり現れた人間でしかないから、仕方ないんだけどね」


「そう……。親戚の人と仲良くなれればいいのにね」


「今はまだ無理かも。でも、そのうちきっと……」


「あっ、そういえば蒔苗ちゃんと同じ苗字の萌葱大樹郎さんも最近亡くなったんだってね。朝のニュースでやってたよ」


「えっ!? あ、あああ、そっ、そうなんだぁ……!」


 いきなり名前が出てきてビックリした……!

 でも、冷静に考えたら当然だ。

 お爺ちゃんは教科書に載るレベルの生きる偉人!

 亡くなったとなればニュースで取り上げられるのも当然!


 朝からグダグダの食レポ対決なんて見てる場合じゃなかった。

 お爺ちゃんのニュースを見て、心の準備をしておくべきだった!

 というか、このタイミングで萌葱の名字を持つ私がいきなり葬儀で学校を休んだとなれば、察する人だっているんじゃ……。

 今までは偶然名字が同じだけってことにしてごまかしてきたけど、流石にこの被りはごまかしきれない気がする。

 そんなに多い名字じゃないしね……萌葱って。


「同じタイミングなんて亡くなるなんて、嫌な偶然もあるんだね……」


 とりあえず愛莉は私があの萌葱一族とは思っていないようだ。

 私の友達だからこそ、今までの私の言葉を信じてくれているんだ。

 ちょっと胸が痛いけど、いつかは真実を話す。

 とにかく今日は久しぶりの学校を乗り切ろう……!

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