-25- 夢見る少女

「それはまあ、確かに少しショックではありましたのよ? 黄堂重工は性能を抑えたDMDしか作れないのではなく、自社にしか作れないDMDを作っているだけ。作ろうと思えばグラドランナちゃんみたいな高性能機も作れるって本気で信じていましたから。性能の良いDMDを作れる会社こそ一流みたいな風潮はやはりあるものですし、それに対する心の支えになっていたのは認めざるを得ませんわ」


 今まで自分の中に抱え込んでいたものを吐き出すように蘭は話を続ける。

 私はただ黙って彼女の話に耳を傾ける。


「でも、嘘はわたくしのための嘘。そして、わたくしを想って、わたくしのために作られたDMDがグラドランナちゃんですもの。これからも共に戦い続けますわ。そして、いずれはわが社のDMD運用部を導けるようなDMD操者になる! 開発部の方はその……わたくし数学どころか算数が苦手なので、お父様に引き続き頑張っていただきます。でも、操縦の方はどうやら適性があるようなので、七光りではなく実力で役職に就けるよう努力していきますわ」


 そういえば黄堂重工のDMD運用部はまだまだだって、桧山さんが言っていたな。

 それを娘である蘭がまとめ上げるなら、お父様も大いに喜ぶだろう。

 ただ、喜びすぎて今すぐにでも役職を与えてしまいそうな感じもするので、その時が来るまで本当の秘密にしておかないとね。


「もう失敗を誰かのせいにはしませんわ。私は蒔苗さんより1つ年上で、機体も同じモエギの血が流れてる。そして、わがままを言ってもついて来てくれる社員たちがいる。これで言い訳なんてしていたら、いつまで経っても成長しませんわ! でも、その……」


 蘭が急にもじもじし始める。

 目力がすごかった目を伏せ、上目遣いでこちらを見る。


「たまにはへこんでしまったり、悩んでしまったりすることもあると思うんですの。そういう時、同じDMD操者のお嬢様として、蒔苗さんと支え合っていければいいな……って。あの、わたくしとお友達になりませんこと!?」


「はい、こちらこそよろしくお願いします。周りにDMDに関することを話せる人が少ないので、蘭さんがいてくれると頼もしいです」


「はぅ……! 嬉しい……! どうか、わたくしのことは『蘭』と呼び捨てにしてくださいな! 年上だからといって、敬語もいりませんわ!」


「で、でも、蘭さんは敬語というか、お嬢様言葉だし、私だけタメ口というのも……」


「では、わたくしと一緒にお嬢様言葉を……!」


「これからよろしくね、蘭!」


「はううぅ……!! 呼び捨て……友達っぽい……!」


 流石にお嬢様言葉を使う覚悟は私にはない。

 蘭も呼び捨てが友達っぽいと思うなら、普通に呼び捨てやタメ口で話せばいいと思うけど、彼女の中の『正しきお嬢様』には、きっとこの話し方が欠かせないのね。

 私が1人で納得している間に、蘭は帽子……じゃなくてカツラを被り直し、席を立つ。


「では、そろそろおいとまさせていただきますわ。あまり帰りが遅くなると、お父様がそれはそれは心配して大変なことになりますので」


 本当に大変なことになりそうだなと思いつつ、蘭を見送るために私も席を立つ。

 私はまだこの部屋に残って、育美さんと手に入れたばかりのアイテムの使い道とかを話し合いたいので、一緒に帰るわけにはいかない。

 蘭もそれを察しているのか、静かに部屋の外の通路に出る。


「では、また」


 蘭は……そこから立ち去ろうとしない。

 別れの挨拶を口にしながらその場に留まり、きょろきょろと視線を左右に泳がせる。

 そして、呼吸を整え、一瞬息を止めたかと思うと、蘭は私に抱き着いてきた。

 花のような甘い香りがする……と思った次の瞬間、彼女の唇が私の頬に触れていた。

 予想外の一撃を食らい、私はフリーズする。


「お別れの挨拶ですわ。お返事は?」


 蘭はグイッと自分の頬を差し出す。


「あ、あっ、あ、はい……!」


 言われるがまま、私も蘭の頬にそっと口づけをした。


「きゃ! こういうこと、お友達とやってみたかったんですわ! ごきげんよう!」


 蘭は満足げな表情で去っていった。

 急に静かになる室内。さっきまでとの温度差に驚く。

 彼女は根は素直で良い子だけど、エネルギッシュ過ぎてまだ上手くついていけない。

 急にカツラを外して、去り際に当然のように被りなおす姿にも度肝を抜かれた。


 私は熱に浮かされたようにふらふらとテーブルまで戻ると、椅子にどっかりと座り込む。

 えっと、そうだ……育美さんに話が終わったことを報告しなければならない。

 きっと戻ってくるタイミングをうかがっているはず……。


 ……なんだか、急に眠気が襲ってきた。

 頭を振って睡魔を追い出そうとしても、全然ダメだ……。

 意識はまだあるのに、体が重くて動かなくなる。

 ばたりと机に突っ伏し、まぶたも勝手に下がってくる。


《……ま……蒔……きな…………蒔苗…………》


 頭の中に誰かの声が響く。

 男の人の聞きなれたような、そうでないような声……。

 その思考を最後に、私の意識は闇に沈んでいった。


 次に目を覚ました時……私はマシンベースの医務室にいた。

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