Dマシンドール 迷宮王の遺産を受け継ぐ少女
草乃葉オウル@2作品書籍化
第1章 ゼロの継承者
-01- 迷宮王の遺産
棺の中のお爺ちゃんは、とても死んでいるようには見えなかった。
生きている間に一度も会ったことがないお爺ちゃん……。
お父さんも、お母さんも、その存在を教えてはくれなかった。
高校にお爺ちゃんの会社の人が来て、そこで初めてお爺ちゃんの話を聞かされた。
大グループ『モエギ・コンツェルン』の創始者にして、30年前から世界中に出現し始めた異次元空間『ダンジョン』を探査するためのマシン『
今、世間でこの名前を知らない人はそういない。
そもそも、ダンジョンとはなんなのか、なぜ出現するのかは未だにわかっていない。
ただ、その内部に高い戦闘能力を持つ新種の生物と、常識を塗りかえる数々の新資源が存在していることは早い段階で判明していた。
人類は我先にと貴重な資源を求めてダンジョンに潜り……死んでいった。
凶暴なモンスターと過酷な環境は、とても生身の人間が対抗出来るものではなかった。
そこで開発されたのが遠隔脳波制御式人型異空間探査機『
ダンジョンは電波などを利用した外部からの通信をことごとく拒絶する。
しかし、唯一脳波だけは妨害されることなくダンジョン内部へ届く。
DMDは特殊なデバイスによって増幅した脳波を送信することで、遠く離れた場所にあっても、まるで自分の体のように操ることが出来るマシンなのだ。
これにより人類はダンジョン外部にいながら、危険なモンスターを倒し、新たな資源を手に入れることが可能になった。
それから社会は目覚ましく発展し、数年前は完治不能だった病気は風邪と変わらないものに、実現不可能とされていたあらゆる技術は現実のものになった。
そんな新時代を切り開いた萌葱大樹郎は人々から讃えられ、迷宮を制する『迷宮王』なんていう異名まで生まれた。
私もこの人はすごい人だと思うし、尊敬もしている。
学校で習った30年前の世界と今の世界はまったくの別物だし、今自分が便利で平和な生活を送れているのは、萌葱大樹郎って人のおかげなんだなとずっと思っていた。
そして、私もいつかDMDを操縦して、みんなに喜んでもらえるようなことをしたいな……なんて妄想を膨らませた日もあった。
でも、萌葱大樹郎が自分のお爺ちゃんだったら……なんてことは考えもしなかった!
確かに名字は一緒だったけど、お母さんは無関係だって言ってたし、自分でもあんなすごい人の孫だとはまったく思わなかった!
というか、今でも思えていない!
現実感のない、ふわふわした感覚が続いている。
葬儀はそれはそれは大きな会場で行われていて、たくさんの人が参列していた。
とっても偉い感じの人もたくさんいて、ひっそりと日々を過ごしてきた小市民な私は、その大物さんたちのオーラを浴びるだけで酷く疲れていた。
でも、呼ばれたからにはしっかりしようと自分を鼓舞し続けて今この瞬間……無事にすべての工程を乗り切った!
初めて会ったお爺ちゃんに恥ずかしくない姿を見せられたと思う。
私も一人で頑張った私を褒めてあげたい気分だ。
もはや私の帰宅を止められる者は誰もいない……!
「
「はひっ!?」
誰にも止められないはずの私は、背後からかけられた声で簡単に止まった。
声の主は四角い黒縁メガネをかけた男性だ。
とってもクールな感じで、『天才ですけど、何か?』みたいなオーラを発している。
あ、確かこの人が私の学校にお爺ちゃんの
うーん、あの時は驚きの方が強くて、記憶が混乱している……。
「大樹郎様の遺言書の読み上げがありますので、どうかあと少しだけここに残っていただけませんか? 1時間……いや、30分ほどで済みますので」
「あ……はい……」
声もクールで独特の圧があり、断れない……!
まあでも、30分くらいなら別に問題ないか。
当然学校は休んでるし、急ぎの用事もない。
「では、こちらへどうぞ」
案内されたのは、談話室のような場所だった。
古風かつ洋風で、ファンタジー映画にでも出てきそうな素敵な部屋だけど、なぜ葬儀場にこんな部屋が……なんてことを考えつつ部屋に足を踏み入れた瞬間、私は思わず体をすくめた。
部屋の中の空気は、今にもはち切れそうな糸のようにピンと張りつめていた。
誰も私の方など見向きもしないが、確かに圧は感じる……。
迷宮王の遺産の話ともなると、家族の集まりでもこれだけ緊張感があるのか……。
なんだか、来てはいけない世界に来てしまったような気がする……。
私は談話室の椅子には座らず、入り口近くの壁にもたれかかることにした。
大丈夫。椅子は結構埋まっているし、立っている人もちらほらいる。
別に悪目立ちはしてない。
遺言書の読み上げが終わったら、真っ先にこの部屋を出る。
そのための位置取り……!
「では、始めます」
弁護士さんによる遺言書の読み上げが始まった。
知らない単語と知らない名前が右耳から入って左耳から抜けていく。
そもそも、お爺ちゃんの存在すら知らなかった孫に何か遺産が残されているはずもない。
あ、でも、お母さんにはあるのかも……。
そう考えると真剣に聴かないといけないような気もするけど、もう……限界……。
何もしなくても眠くなるお年頃なのに、今日はドッと疲れている……。
それにさっきまで張り詰めていた空気が微妙に緩んでいるのも眠気を誘う。
読み上げが始まったら緩むということは、それだけみんなのことを考えた遺産の分割になっているということなのかも。
流石は……迷宮……王……。
ううっ! ダメダメ、こんな場所で寝落ちなんて出来ない。
髪の毛でもイジって耐える……!
最近、髪型をいわゆる『姫カット』というものに変えたけど、友達から『重そうな女に見える』と言われてしまった。
そんな太って見える髪型じゃないと思うんだけど……あ、枝毛だ。
「では次にアイオロス・ゼロについてですが」
『アイオロス』という単語が出た瞬間、緩んでいた空気がまた一気に張り詰めた。
私は驚いて、イジっていた枝毛を根っこから引っこ抜いてしまった。
「……おいおい、あの機体は
太った初老のおじさんがドスの効いた声で問い詰める。
それに対して弁護士さんは顔色一つ変えない。
「はい、『アイオロス・ワン』は確かに大破しました。ですから、兄弟機である『アイオロス・ゼロ』の話をしているのです」
「兄弟機……だと!?」
張り詰めていた空気がはじけ、談話室が一気にざわついた。
私は相変わらず話についていけなくて、ただ壁にもたれて身を固くするばかりだ。
でも、アイオロスという名前は……聞いたことがあるような……。
確か、萌葱大樹郎専用DMD……だったかな?
もしそうなら、確かにざわついても仕方ないすごい代物だ。
一体、誰に相続されるんだろう……。
ううっ、誰の手に渡ってもドロドロしそうだ……!
「静粛にお願いします。今、続きを読み上げますので」
今度は一気に談話室が静まり返る。
機体が存在することには驚いたが、結局のところそれが自分のものになればいい……みたいな空気を感じる。
「遺言者は、遺言者の有するDMD『アイオロス・ゼロ』を……三女・
ん? 相続じゃなくて
それに萌葱蒔苗って誰なんだろう……って、私じゃん!
お母さんの名前も呼ばれてるから、同姓同名でもなく確実に私じゃん!?
談話室が再びざわつく。
みんな『いや、誰だよ』って顔をしている。
でも、しばらくするとみんなの視線が私に集まり始めた……!
お爺ちゃん、ごめんなさい。
今ちょっとだけ来なきゃよかったと思っちゃいました!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます