『デリカシー』って言葉知ってる?

 わたしは考えていた。あの、アーサー様にお会いしたときの感動は何だったのだろうか、と。

 いくら大嫌いなギルバートでも、実物を見たら、少しは感動するんじゃないかと。しかし、私の期待は見事に裏切られた。やっぱり好きになれない、この男。

 むしろ、ますますとっとと帰ってもらいたい気持ちになった。

 まあでも、この世界においては、向こうは一応、目上。だから、仕方なく敬語で嫌々話しかける。

「お待たせいたしました。で、今日は何のご用でしょうか」

「おう、やっと来たか。それじゃあ出かけるぞ」

「は? 出かけるってどこへ……ってちょっと!」

 有無など言う暇もなく、ギルバートは私の腕を掴み、ぐいぐいと引っ張っていく。 

 ドアの前にいるエマさんも、呆気にとられた様子で、立ち尽くしている。

「ちょっとコイツ借りてくわ。夕飯までには返す」

「は、はい……」

 無理もないことだが、エマさんは、思わず承諾の返事をしてしまったようだ。

 ここは止めてほしかったのに!


 外に連れ出された私は、まず、無理やり乗合馬車に詰め込まれ……って、完全に荷物扱い。

 せめて、支援者様らしく馬車とか気の利いた乗り物で来れないのかしら? ギルバートにそんなことを期待しても無理でしょうね。

 そうこうしているうちに、私たちは目的地に着いたらしい。

「降りるぞ」

 ギルバートに促され、降り立った場所は……!


「ここは……!」

「何だ、来たことあるのか?」

〈ええ、ゲームでね。アンタとは一度も来たことないけど〉とはさすがに答えられない。

「一応、知っている程度だけど……」

 とお茶を濁しておいた。

 しかし、この場所には、ギルバートじゃなくて、アーサー様と来たかった……!

 なぜかと言うと、ここ公園は、『聖女伝説』において、最も重要な場所と言ってもいいからだ。『聖女伝説』の恋愛イベントは、公園なしには語れない。

 恋愛イベントを発生させるためには、二人で公園内を散策し、公園内にある特定の場所に移動する必要がある。支援者様によって、恋愛イベントが発生する場所は様々で、正しい場所を選ばないと恋愛イベントが発生しない。

 ゲームだったら、私(プレイヤー)に場所の選択権があるのだが、ここではなかった。

 ギルバートに連れて行かれたのは、何と、アーサー様との恋愛イベントが発生する場所、湖のほとりだった。

(ここがどういう場所か知らないでやっているんでしょうけど、それが余計にムカつく。デリカシーってもんがないのかしら?)

 私はイライラがだいぶ募っていた。もちろん、ギルバートはそんなこと知る由もないだろうけど。そんな私にギルバートがとどめの一言。

「お前、ずいぶん嫌われてるな」 

 大嫌いなギルバートに、気にしていることを言われ、私は思わず、

「うるさい! あんたに言われたくない!」

 と怒鳴りつけ、怒りのあまりギルバートをその場に置き去りにして帰ってしまった。



 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る