第二二話 フェアな戦いを

 修学旅行三日目――四日目は帰るだけなので、実質最終日の今日の予定は陶芸体験コースで陶芸をした後、自由時間に温泉街を心菜とデートするというものだ。

 昨日と同じ八時半に朝食を食べ、十時にエントランスに集まったオレたちは、各体験コース毎に分かれバスに乗り込む。

 バスに乗ること二十分。到着したのはザ・温泉街という外観をした大通りだった。道路の脇には温泉とお土産屋がずっと続いており、お土産屋には温泉まんじゅうが売られている。

 そんな温泉街をバスを降りてずっと歩いていくと小洒落ている、というよりは老舗といった感じの年季の入った陶器屋へと到着した。

 

「お待ちしておりました。体験のご予約の団体様ですね」


 中から出迎えてくれたのは予想外にもお店の外観通りの強面の職人ではなく、オレたちと同年代ぐらいの可愛らしい娘さんだった。


「可愛らしい人だね」

「そうだな」

「ムッ……そこは同感したらダメなところだと思うんですけど!」


 どうやら今の返事は女の子的にはNGだったらしい。


「今回の体験では湯のみを体験していただきます」


 それから陶芸について軽い説明と職人さんによる見本を見て体験が始まった。

 正直、やる前は陶芸なんて大して面白くないと決めつけていたがやってみるとこれが意外に面白い。

 少しの力加減や手の向きで形が歪んだり一部か凹んだりと難しいものの要領が分かってくるとある程度思い浮かべて形に近づいて来ている。これはなかなか奥が深くて達成感もすごい。


「おっ! いい感じですね」

「そうですか!?」

「はい、初めてとは思えないぐらい上手です」

「ありがとうございます」


 様子を見て回っていた娘さんにも褒めてもらい、上機嫌で引き続き陶芸を楽しんでいると近くにいる心菜が小さく咳払いをし、


「たっちゃんってホント女心分かってないよね」


 と、じとーっとした視線を送られた。

 どうやらこれも女の子的にはNG行動だったらしい。



 1



 作った湯のみは後日学校に送られてくるらしく、体験を終了したオレたちは十二時過ぎには自由行動が言い渡された。

 さて、本日のメインイベント心菜とのデートの開始だ。


「じゃあ行こっか、たっちゃん」

「おう」


 オレたちがまず向かったのはとあるラーメン屋。時間的にもお昼時だったため少し混んではいたが平日ということもあってかすぐに店内に入ることが出来た。


「デートでラーメン屋ってちょっとあれだけど、北海道に来たなら食べたいもんね。コーンバターラーメン」

「へいお待ち!」


 出てきた最高に美味そうなラーメンを見て思う。デートというから身構えていたが、どうやらこの様子だといつも同じ調子で良さそうだ。


「美味そう」

「じゃぁ食べよっか」


 それからオレたちはラーメンに舌鼓を打ち、店を出てまた温泉街をぶらつくことにした。


 温泉や路面店が賑わうエリアから少し外れた場所に足湯はあった。


「少し浸かっていこっか」

「そうだな」


 時期も時期なのに加え、時間帯もちょうどお昼過ぎ。少し足湯は混んでいたがなんとかスペースを確保し、二人並んで湯に足を浸ける。


「うわ〜、あったかーい」

「うお、気持ちいいな」


 温泉とはまた違う心地良さで、もうここから動きたくないという感情を抱いてしまうほど気持ちがいい。

 昨日の温泉の時も感じたが、この二日間スキーして観光で歩き回って、知らぬ間に脚はかなり疲労していたんだな。

 足湯とは少し浸かったら出るものなんだろうな、みんな連れと少々雑談をしながら浸かり、十分もせず出ていく。けれど俺たちは他の人が居なくなってもまだ足を浸け続けていた。その時、


「ねぇ……」


 低く重い声が隣から発せられた。


「覚えてる? 半年前、みんなで海に行ったこと」

「あぁ……」


 覚えてるに決まってる。そもそもこのデートだってその海に行くためにバイトをした時に行われたファッションショーの優勝賞品だ。


「あの時、たっちゃん船から落ちて溺れたじゃん」

「あぁ……あの時は心配かけたな」

「…………あの時、たっちゃんを助けたの……玲奈だよ」

「えっ――」


 それは海での事件の後日、オレがお詫びの意味を込めて焼肉をみんなに奢った時に聞いた質問の答えとなるものだった。


「……なんで今その話を……」

「――私はたっちゃんのことが好き」

「うっ……」


 改めて言われるとなかなか来るものがあるな。


「……けど、玲奈のことも友達――いや、親友として好きなの。だからって、たっちゃんのこと諦めるって訳じゃなくて……その、対等な条件で戦いたいっていうか」


 きっと心菜自身もちゃんと文章にできるほど整理ができてるわけじゃないのだろう。けれど自分の想いを紡ぐように言葉を振り絞る。


「これからももっとアプローチしていくから覚悟しといてよね!」


 足湯から上がったオレたちはその後、温泉街をぶらぶら食べ歩き帰りのバスが来る集合時間まで過ごした。



 2



 修学旅行最後の夜。豪華な夕食を食べ終え、温泉を出たオレは風呂上がりの一杯を求めてエントランス端の売店へと向かった。


「天国くん?」

「おう! 辻野――っ!」


 振り返るとお風呂上がりで髪を湿らせ、頬を少し赤く染めた艶めかしさ全開の辻野に思わず声が詰まる。

 思い出されるのは昼間の心菜との会話、そして溺れた後救助された時に救急隊の人から言われたこと。

 

 ――一時的に呼吸が止まっていたと思われます。あのお嬢さんの心肺蘇生がなければ一大事になっていたかもしれませんね。

 

 自然と視線が辻野の唇に吸い寄せられる。


「天国くんもお風呂上がりに何か買いに来たの?」

「えっ……なんで?」

「なんでって、顔真っ赤じゃない」


 言われてみればなんだか顔が熱いような。


「お風呂上がりは脱水症状みたいなものらしいからちゃんと水分取りなよ」

「そう……だな。じゃあコーヒー牛乳買うわ。辻野は?」

「えっ……じゃあ同じのを」


 売店でコーヒー牛乳を二本買い、辻野の一本手渡して近くのベンチに座る。


「先に言っとくけどお代はいいぞ。感謝の意味も込めてるからな」

「ん? 私なんか感謝されることしたっけ?」

「心菜から聞いたよ、海でのこと」

「――――! そ、そう……」


 辻野は蓋を開けたコーヒー牛乳をグビっと半分近くまで一気飲みすると一度息を吐きオレに向き直す。


「……どう、思った……?」

「えっ……?」

「な、なんでもない!」


 辻野は残りのコーヒー牛乳を飲み干すと「じゃあね」とだけ言い残し去っていった。

 

 ――どう思ったってお前……


 オレは手にあるコーヒー牛乳を一気に飲み干した。

 

「ふぅ……あっつ……」



 3



 翌日――朝食を食べ終えたオレたちは部屋の荷物をまとめ、帰りのバスへと乗り込んだ。

 空港に向かう途中、バスが立ち寄ったのはお土産屋。


「これは家の分でこれが生徒会へのお土産。あと彩乃先輩にはこれにしよう」


 カゴいっぱいにお土産を入れ、せっかく北海道に来たのだから記念に何か買おうかとストラップを見ていると、


「お前めっちゃ土産買うな」

「そういう白夜こそもう買い物は終わったのか?」

「おうよ。はぁ、もう帰るだけかと思うとなんだか名残惜しいな」

「まぁ色々あったが終わってみれば一瞬だったな」


 オレは北海道の形をしたストラップを手に取りカゴに入れるとレジへと向かった。

 

 あとはほんとに帰っただけ。時間の流れに身を委ね、オレたちは北海道の地に別れを告げた。

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