第十六話 新たな刺客!? 生徒会長選挙開幕!
二学期の中間テストも終わり、段々セーターやベストを着始める生徒が増えてきた十一月中旬。
ついにこの時期がやってきた。
――生徒会長選挙。
「ついにこの時が来たね」
「ああ……」
放課後。学校近くのファミレスに集まったオレたち元生徒会(オレ、心菜、辻野、神無月)メンバーは来週に控えた生徒会長選挙運動について話し合っていた。
「先生の話によると今のところ対抗馬はいないみたいだからこのままいけば信任投票になるみたいだし、実績のあるたっちゃんの当選はほぼ確実だろうって」
「けれど油断は禁物よ。いつライバルが現れるかわからないもの」
「わ、わかってるよ」
オレは不安を感じていた。自分が本当に生徒会長になるのか――。本当にオレでいいのか。
「なあ、みんなは本当にオレが生徒会長でいいのか……」
考えていたことが思わず口から出た。そのことに気づいたのはみんなの声が耳に届いたときだった。
「確かにあなたより私や心菜の方が優秀だと思うわ。けれどあなたは前生徒会長に指名されたのよ。自信を持ちなさい」
「そうだよ。絶対私と玲奈の方が優秀だけど生徒会長はたっちゃんしかいないよ」
「――それ励ましてる? 」
思わず笑ってしまう。そしてみんなも。
さっきまでの不安はどこへやら。
ひとしきり笑うと神無月が「それに――」と話を続ける。
「達也さんが困ったときは優秀な私たちがお助けします」
ああ、なんて心強い言葉なんだ。
「ともかく、まずは生徒みんなからの信頼を得るために来週から始まる選挙運動の作戦会議始めますか! 」
こうしてオレの生徒会長になるための作戦はスタートした。
1
選挙運動期間は一週間。それが終わると選挙が行われる。
そして今日はその選挙運動期間の一日目だ。
出馬者の情報は今朝から公開で前情報通り出馬者はオレ一人。となれば今回オレがしなければならないのは信任票の獲得。
心菜は大丈夫だと言っていたが一応このパターンの作戦も先週ファミレスで立てた。
作戦
この作戦は名前の通りオレという人間を学校のみんなに知ってもらおうと言う作戦だ。
うちの学校は生徒会長のみを選挙で決め、役員は会長の指名によって選ばれる。
生徒会というのはいわば学校の縁の下の力持ち。学校生活やイベントを陰ながら良い方へ――成功へ導くいわば裏方だ。
会長になると生徒総会や行事の時に前に立つことがあるためある程度生徒からも顔と名前を憶えてもらえているだろうが、役員にそんな機会は滅多にないため憶えられていてもせいぜい『あの人生徒会の人だよな~』くらいだろう。
つまり今のオレは前生徒会にいた人。ただそれだけなのだ。
これからみんなにはオレをそういう認識から『生徒会長の天国達也』と覚えてもらわなくちゃいけない。
そのためにはまず、生徒と直接顔を合わせる。これだ。
作戦の第一段階。校門でのあいさつ。
「おはようございます――」
脇にオレの名前が書かれた旗を抱えて、登校してくる生徒みんなにあいさつをする。
「おはようございます――」
…………。
返事のあいさつは全然返ってこないがそれでもめげずにあいさつをし続ける。
「おはようござぃ――」
ほとんどの生徒がオレのあいさつをすり抜けていく中こちらをじーっと見ている視線に気づき、言葉が詰まった。
じーっとこちらを見つめている視線の持ち主は長い前髪で左目が隠れている小柄な女子生徒。おそらく一年生。
「おはようございます! 」
まるでアイドルがファンサービスをするかのように笑顔を向け、その女子生徒に向けてあいさつをするが女子生徒は顔をぷいっと背け、校舎の方へ行ってしまった。
……笑顔できてなかったかな。
それから自覚があるイケメンかナルシストしかしないようなことしてしまったという恥ずかしさがだんだんやってきて売名中なのに顔を覆いたい気持ちになった。
――これ黒歴史確定です。
2
作戦第二段階。下校する生徒にビラを配る。
このビラ配りは朝の生徒が次々に登校してくるときにはできない生徒一人ひとりに手渡しをすることで起きるふれあいを目的としたものだ。やはり自分を知ってもらうには直接話すのが一番というみんなの意見から発案されたこの作戦は見事に目的を果たしていた。
朝のあいさつの時よりも反応してくれる生徒が増え、ビラも順調に枚数を減らしている。
用意していた百枚のビラは授業が終わってすぐに帰る帰宅部や部活を引退した三年生の第一帰宅ラッシュでほとんどなくなり、そろそろ部活動が終わり、帰宅する第二帰宅ラッシュの生徒に配るには少し数が足りない。
正直、今日はかなり頑張ったしこれでいいかと思ったがそれと同時に今がチャンスなんじゃないかとも思った。
チャンスなら逃すわけにはいかない。
判断までの時間は数秒だった。ビラをコピーしてもらうためコピー機のある職員室へ小走りで向かった。
部活が終わる六時まであと十分。急げは間に合う。
靴箱から職員室までの廊下を早足で歩く。
職員室まであと少し。あの角を曲がれば――
しかし急いでいたせいかオレはこの角から出てくる小さな影に気が付かず勢いよく激突してしまった。
「い、痛ったい……」
「ごめん、急いでいて――」
オレは息をのんだ。
こちらの勢いに対しあちらの勢いはなく、さらに小さな影――つまり小柄な子とぶつかったため、倒れたオレたちの格好はぶつかった小柄な子の上に覆いかぶさるようにオレが手をついている形だ。
しかも上から見るに小柄な子の顔は美少女。つまり女の子だ。
オレは慌てて跳ねるように彼女の上から立ち退く。
それからむくりと仰向けの状態から上半身を起こした彼女を見て思いだした。前髪で左目を隠している小柄な女子生徒。今朝の彼女だ。
「ごめんね、急いでて」
座り込む彼女に手を差し伸べるもその手はぱちんと振り払わされてしまった。
「――天国達也……」
オレの名前を口にした気がした。
それから一人で立ち上がった彼女はオレを避け、靴箱の方へ向かって歩いていった。
オレは自分の不注意でぶつかってしまった申し訳なさから立ち去る彼女の背中が見えなくなるまで見送って職員室に向かった。
コンコン。
「失礼します」
職員室に入るとちょうど扉の近くに生徒会顧問のすーちゃん先生がいた。
「おう。天国頑張ってるみたいだな」
「はい、それでこのビラのコピーをお願いしたいんですけど」
「いいよ」
すーちゃん先生にビラを一枚渡すと先生は職員室の奥に行き、二分ほどでビラの束を持って帰ってきた。
「ほらよ」
「ありがとうございます」
ビラを受け取り職員室を出て行こうとしたオレをすーちゃん先生が「そーだ」と引き留める。
「さっき、会長選挙に出たいって子が来てな。選挙は信任選挙じゃなくなりそうだ」
「えっ、この時期に誰が……」
「ついさっきまでいたから廊下ですれ違ったりしてないか? 」
オレがここにくるまでに出会ったのは――
すれ違ったというかぶつかったというか――とにかく心当たりはある。
「一年の
「……そうですか」
ここでまさかの対抗馬の出現。これは作戦
職員室を出たオレは生徒会のグループチャットにこのことを送り、ビラ配りへと戻った。
3
その日の晩。
生徒会のグループで緊急のグループ通話が行われた。
『まさか選挙運動期間が始まってから出馬してくる人がいるなんて……想像もしてなかったわ』
『でも相手は無名の一年生なんでしょ。大丈夫じゃないの? 』
「神無月。木下って子はどんな子なんだ? 」
『そうですね……定期テストは私に次いでいつも二位で優秀なんですけどそれ以外は。どちらかというともの静かでおとなしい子という印象です』
「定期テスト二位か、すごいな。けどなんでいきなり立候補したんだ? 」
『たっちゃんなら勝てるって思ったからだったりして』
「おい」
『――私のせいかもしれません』
通話後しても伝わってくる神無月の申し訳なさそうな声。
「……なんで神無月のせいなんだ? 」
『実は……私、たぶん木下さんにライバル視されているというか、授業中も後ろからすごく視線を感じるんです』
「確かに、テストで二位の木下が一位の神無月をライバル視している可能性はあるな」
『それで神無月さんに勝る何かってので生徒会長になろうと思ったってことね』
『やっぱりたっちゃんなめられてるじゃん』
「うっ……」
『すいません。もしこれで達也さんが生徒会長になれなかったら私――』
申し訳なさそうにしている神無月だがそれは違うぞ。
「神無月」
『……はい』
「俺が木下に負けると思ってるだろ」
『――そんなことは全然っ』
神無月も自分がオレに対し何を言っていたのか気づいたのだろう。必死に訂正をしてくる。
そんな神無月にオレは胸を張って言ってやる。
「安心しろ。絶対に勝ってやる」
4
選挙運動期間二日目朝。
今日も朝の挨拶運動のためみんなが登校してくるよりも早く登校したオレは予想通りというか想定内というか。とにかく話題の木下芽依に遭遇した。
木下はオレより早く登校しポスターを下駄箱の扉に張り付けていた。
「おはよう、木下さん」
「――なんで私の名前を」
彼女は驚いた表情で聞き返してくる。
「なーに、競争相手のことを調べるのは当然のことだろ」
「はあ、どうせ昨日私を押し倒したあと職員室で聞いたとかそんなとこでしょ」
くっ、さすが頭の回転が早い。
黙るオレを見て木下は「当たり」と言わんばかりのため息をつく。
「あなたじゃ私には勝てません。大舞台で恥をかく前に辞退された方が賢明かと」
「自信満々だな。けどこっちにも負けられない理由があるんだよ。神無月との約束もあるしな」
ぴくんと木下の肩が跳ねた。
「……今、神無月って言ったよな」
空気が変わった。前髪で隠れていてもわかる鋭い眼光。間違いないこいつにとって神無月は地雷だ。
地雷を踏み抜いたオレは罵詈雑言を覚悟したがそんなものは一切なく、逆立っていた空気もいつの間にか収まっている。
「まあいいです。あなたはもうすぐ神無月澪と顔を合わせることができなくなるんですから。ではまた」
そう言うと木下は正門の方に歩いていく。
……ではまた、ってオレも正門行くんだけど。
いかにもライバル同士の別れから一分後、オレと木下は再び顔を合わせることになった。
5
「なんだか楽しそうだな、生徒会長選挙って」
「一年の時に生徒会の勧誘を蹴ったお前が言うか! 」
お昼休みになり、昼食を買いに購買に向かっている途中で白夜がそんなことを言うから思わずツッコんでしまった。
「お願いしまーす、お願いしまーす」
噂をすればなんとやら。
購買の周りでビラを配っている女子生徒が一人。
「お願いしま――げっ」
「げっ、とはなんだ、げっとは」
露骨に嫌な顔するなよ傷つく。
「おっ、お昼休みにも選挙運動とは感心だね~。これは達也負けるんじゃない」
「ぶっ飛ばすぞ」
そう言うと白夜はオレの目の前からフェードアウトしていく。
そして改めて木下を観察するが――
「景気は悪そうだな」
「あなたには関係ないじゃないですか……」
購買という人が多人数集まるところを狙ったんだろうがみんなパンやおにぎりの取り合いに夢中で木下には見向きもしない。
腕に抱えた大量のビラがその証拠だ。
「白夜行くぞ」
オレの過大評価だったか。
白夜を引き連れオレは木下の脇を通り過ぎた。
6
「ふう。今日も疲れた」
お風呂から上がり、まだほんのり湿っている髪を首に掛けたバスタオルで軽く拭きながらベッドに腰を下ろした。
今日も放課後は下校しようとしている生徒に一人ひとりにビラを手渡しし交流を図った。
二日目ということもあって立ち止まってくれる生徒は昨日と比較するまでもなく少なかったがまあそれは想定の範囲内だ。
バスタオルを椅子に掛けるついでに勉強机にうつ伏せで置いてあるスマホを手に取り、電源を点ける。
すると生徒会のグループで心菜から大量のメッションが送られてきていた。
〈なんだ? 〉
〈やっと返信してくれた。話は通話でする〉
という簡単なメッセージでのやりとりのあとグループ通話が開始された。
心菜が始めた通話に辻野も神無月も五分もせず入ってきた。
『みんな揃ったね。じゃあこれ見て』
そう言って心菜はグループになにかのURLを送ってきた。
URLを開くと表示されたのは学校の掲示板だ。
そして掲示板には『新・生徒会長選挙中間投票』という非公認の中間投票が行われていた。
そして問題なのが――
天国達也――二五票
木下芽依――三四票
現時点での得票数でオレが木下に負けている点だ。
『見てくれた? 』
「ああ……」
『非公認だし母数も少ないからそんなに気にする必要は無いと思うけど一応ね』
お昼休みの木下の様子から苦戦しているものだと思っていたがこの三四票はどこから……。
友達やクラスメイトからの身内票なのか、それとも……。
『これは……作戦βをしなきゃいけないかもね』
「そうだな。実行するにしても少し準備がいるから決行は明後日――木曜日の放課後か――」
7
選挙運動三日目。
校内にとある組織ができていた。
『木下芽依を生徒会長に推す団』なる一年生を中心に結成された組織で放課後、その組織の一員らしい一年生数名が校内のポスターを貼り替えたり、組織に勧誘をしているところを見かけた。
そんな彼らを横目にオレは何をしていたかというと――
「たっちゃん。そのままのペースだと完全下校の時間に間に合わないよ」
「わかってるけど……クソっ、ここのネジ固くて全然回らないんだが」
「ちょっと貸してみなさい」
「玲奈さん、そんな力ずくでやったら――」
「「「「あっ……」」」」
8
選挙運動四日目。
今日は勝負の日である。一応明日も選挙運動期間ということにはなっているが、生徒会長選挙は明日の六限に行われるため実質、選挙運動は今日が最終日みたいなもんだ。
さて、はじめますか。
作戦β――『浮動票を手に入れよう』
この作戦もやることは名前の通りだ。
選挙に勝つ上で一番重要になってくるのが割合として一番多い、浮動票を手に入れることだ。
そしてそのどっちが当選してもいいわと思っている人たちの票をどれだけ自分に集めるか。その有効な手段の一つは目立ち、相手の印象に残ること。
放課後。六限の授業を少し早めに抜けさせてもらったオレは校門から下駄箱までの道のちょうど中央にある、大きな物体に掛けられている布をひっぺがす。
布から現れたのは高さ三メートルほどのヤグラだ。
このヤグラは体育祭のときに使ったもので、これは昨日の放課後を使ってみんなで組み立てたオレたちの努力の結晶だ。
オレは一歩一歩踏みしめてヤグラに登る。
授業が終わるまであと数分。オレは最終チェックでマイクに声を通し、ヤグラの左右にセットしているスピーカから声が聞こえることを確認した。
準備は万端。あとは演説をするだけ。
授業終了のチャイムが鳴り、やがてパラパラと下駄箱の方から人が出てくる。
みんな友達と話すかスマホに夢中のようなので一度マイクを軽くたたき音でこちらに注意を向ける。
それからオレは語った。
自分という人間を。
自分にとって生徒会とはどういうところなのかを。
そして自分の理想を。
とにかく大きな声で目立つように。
そんなオレの狙いはうまくいき、演説中のオレの周りには大勢の生徒が集まっていた。
あとはどれだけ彼らの記憶に残れたかだ。
やれることは全てした。あとは泣いても笑っても明日の投票前の演説だけ。
夜、例の学校掲示板を確認すると総投票数は全校生徒の約三分の一。
そしてオレと木下の投票率もほぼイーブン。
完全に決着は明日に委ねられた。
9
決戦の日。
あっという間に六時間目の生徒総会を迎え、まずは部活動の表彰などを舞台袖で聞く。
「思ったより落ち着いてるな」
オレの横で同じステージの方向を見ている木下に話しかけるとこちらには一切見ることもなく返事をする。
「そう見えますか? 内心はあなたのせいで余裕だった勝負の雲行きが怪しくなっていて焦りまくってるかもしてませんよ」
「そりゃすいません」
「ちっ……」
木下はオレに聞こえるように舌打ちをするが表情は未だ冷静のまま。視線もステージに向けられたままだ。
「でもこれはオレ一人の力じゃない。オレと心菜と辻野と神無月の四人の頑張りと知恵のおかげだ。自惚れるつもりはない」
「当たり前だ」
冷たい声がオレを刺す。声のした木下の方を見るとその視線はばっちりをオレを捉えており、表情から怒りが露わになっている。
「あんたら無能な二年生だけだったら余裕だったんだ。それなのに――」
最後まで言わず、ふぅと息を吐いた木下はさっきまでの冷静な表情に戻っていた。
「証明してあげますよ。どっちの理想の方がより素晴らしいかを」
そう言うと木下はステージに向かって歩き出した。
「それでは、生徒会長候補の一年Aクラス――木下芽依さんです」
司会に紹介と同時に舞台袖から出た木下は舞台中央に設置された演説台まで行くと座る生徒の方に身体を向け、深くお辞儀する。
「この度、生徒会長に立候補した一年の木下芽依です」
初めて全校生徒の前に立ったとは思えないほど堂々としたスピーチに思わず、こういう人が生徒会長になった方がいいのではないか、と考えてしまう。
きっと今のオレはあんなに堂々とは前に立てない。
「私が生徒会長に立候補した理由。それは――この学校を変えるためです」
学校を変える……?
「この学校に必要なこと――それは伝統などに囚われずどんどん新しいことをする。つまり改革です。前会長は偉大な方でした。前会長が残した功績は他の生徒会長とは比べものになりません。この学校に必要なのは前会長のような圧倒的なカリスマ。もし、私が生徒会長になったら生徒会長として生徒全員を引っ張っていきます。ぜひ、私にこの学校の舵を任せてください」
パチパチパチ――
演説の途中にも関わらず、体育館内に拍手の嵐が巻き起こる。
伝統に囚われない・改革・圧倒的カリスマ。
そして私に任せろという力強い言葉。
どれも聞こえがいい。きっと大して学校に興味がない生徒には言葉のままに聞こえただろう。けれど本当にそれがいいことなのか?
伝統とはこの学校らしさがこの学校の良さがこの学校の歴史が詰まったものじゃないのか?
改革というが、じゃあ今の学校生活は全く楽しくないのか?
圧倒的カリスマというが一人で全部決めるより、みんなでああでもない、こうでもないと話し合って作り上げていく方がより良いものができるんじゃないのか?
別に生徒会長が偉いわけじゃないし偉いから生徒会長になるわけでもない。生徒会長は学校の代表なだけで別にトップなわけじゃない。もちろん、時にはリーダーのようにみんなを引っ張っていくことも必要となるがそれは自分の意見で引っ張っていくんじゃない。みんなの意見をまとめて引っ張っていくんだ。
オレと木下はきっと根本的に理想が違う。
どっちが良いとか悪いとかそんなのは分からない。きっとどっちも正解でどっちも完璧ではない。
けどオレは自分の理想の方が正しいと思うから――
やりきったという表情で舞台袖に帰ってきた木下と入れ違う形でオレは演説台の方へ歩き出す。
初めて全校生徒の前に立つ。けれどもうさっきまでの緊張はない。
「それでは続きまして生徒会長候補二年Aクラス――天国達也さんお願いします」
堂々と胸を張り、演説台の前に立つ。
目の前には先生も含め、七百を超える人。みんながオレに注目している。
お辞儀をし、演説台に後ろに回り込んだオレはまず演説台の上に設置されたマイクスタンドのすぐ横に強く手のひらを叩きつけた。
バァン、という大きな音がスピーカーからなり、俯いて寝ている生徒や隣の友達と喋っていた生徒がこぞって顔をこちらに向ける。
「この度生徒会長に立候補しました二年Aクラスの天国達也です」
ここまではテンプレート。
「私が生徒会長に立候補したのは――」
何度も練習して暗記した原稿が頭の中に入っている。けど……オレが言いたいことは選挙で当選するために書いた都合のいい――こんな薄っぺらいことじゃない。
そんな数秒にも満たない思考の間は完全にポーズをとった形となっており、みんなの注目が次のオレの言葉に向いていることをひしひしと感じる。
生徒会でみんなと過ごした一年半の光景が目の前に広がる。
きっとオレたちはみんな同じ方向を見て、同じ思いを抱いていた。
そう、オレが……会長が……オレたちが目指していた、作りたかった学校それは――
「高校生という大人になっても戻りたいと思う、自分が一番輝いていたと楽しかったと思える三年間をみんなと最高の思い出にしたい。みんなが最高の高校生活だったと思えるそんな学校にしたい。だから私は生徒会長に立候補しました」
オレたちが目指していたのはそういう学校だ。
「私は前会長やもう一人の立候補者の木下さんのようにカリスマ性があったりみんなを導けるほど大した人間ではありません。けれど、そんな私にも理想……というか野望みたいなものはあります。それがさっき言った学校です。そして私はその野望のために全力を尽くします。ですので皆さん――私のその野望を叶えるためにぜひ力を貸してください」
オレは深く頭を下げ、みんなに頼み込む。学校は生徒会長や生徒会で作るものじゃない。学校はその学校に所属する生徒全員で作るものだ。
三秒ほど経っただろうか。そろそろ頭をあげようかと思った途端。
パチパチパチと小さく手を叩く音が聞こえた。
そしてその音は周りと共鳴するかのように大きくなり、今日一番の嵐を起こした。
完全に頭をあげるタイミングを失ったオレは拍手が鳴り止むまで頭を下げたまま過ごそうと思った。
けれど――
「ちょっと待ったああー! 」
拍手は舞台袖から出てきた木下の大声でパタリと止まった。
「なんだかいい雰囲気の最中申し訳ないんですが、あなたの言ってることって結局は前会長や私には自分は敵わないからみんなでとか言ってそれっぽくしてるだけですよね? 」
「演説中です。舞台袖に戻ってください」
司会の静止が入るがそれでも木下は下がらない。
「つまり、あなたは私の方が会長にふさわしいと思ってるってことですよね!? 」
「…………」
ノーコメントだ。別にオレがふさわしいとは思わないし、木下がふさわしいくないとも思わない。けれどそんなのはやってみないと分からないことだ。
「なんとか言ったらどうなんですか! 」
「…………」
「何も言わないんですね……こんな人に生徒会長は務まりません! みんなもそう思いますよね? 」
…………。
誰も一言も喋らない。少しの物音も立てない。みんな息を殺しているのだ。自分の矛先が向かないように。
「そもそも、この人前期生徒会役員だったにも関わらず何も功績も残してないですよね? そんな人は生徒会長になっても何も変えられない。けど私なら変えられる。みんな私に投資すれば――」
「木下――」
興奮している木下を大声で黙らせる。
それ以上はダメだ。それ以上言ったらお前はもう戻って来れなくなる。
「そもそも全部あんたのせいだ。あんたさえいなければ神無月澪も――あっ――」
神無月? なぜ今神無月が出てくるんだ?
木下も勢いで口走ってしまったようで口を押えている。
「おい木下ー! 」
10
そこからはカオスだったため、後日談として語らせてもらう。
その後、暴走した木下を取り押さえるため舞台に担任の先生と学年主任の先生の二人が上がってきて、木下は取り押さえた。木下は力の限り抵抗していたが先生二人にいともたやすく連行され、生徒会長選挙委員は木下の出馬取り消しを下した。よって生徒会長選挙はオレの信任投票となった。
そして無事オレは選挙に当選。生徒会長となった。
生徒会長になったオレは生徒会の役員を選ぶこととなり三人の生徒を生徒会役員として任命した。
この時点で生徒会メンバーは四人。
生徒会長――二年Aクラス・天国達也
副会長――二年Aクラス・辻野玲奈
会計――二年Dクラス・大橋心菜
書記――一年Aクラス・神無月澪
いつものメンバーだ。
そしてオレの生徒会長就任から一週間後。オレはもう一人の生徒会メンバー――庶務のスカウトのため一年Aクラスを訪れた。
「達也さんこっちです」
例の騒ぎで謹慎明けの彼女は教室の窓側の席で一人文庫本に目を落としていた。
「木下」
彼女の前に立ち、名前を呼ぶと木下は仏頂面で文庫本から顔を上げる。
「なんですか? 私を笑いにでも来ましたか? 」
「そんなくだらないことに時間を使えるほどこっちは暇じゃないんでね――今日はお前をスカウトに来た」
「そんなことだろうと思いましたよ。お断りします」
「木下さん――」
今まで静かにオレの斜め後ろにいた神無月が木下の机の前まで飛び出す。
「木下さんが私をあまり好ましく思っていないのは知ってます。けど、私もこれを機会に木下さんと仲良くなりたいと思っていて――」
「ちょっちょっちょっと待って――なんで私があなたを嫌いってことになってるの? 」
「だって木下さん、いつも私のこと後ろから睨みつけてますし、テストでもライバル視されているみたいだからてっきり嫌われているのかなっと――」
「いや、そんなことはないけど――」
「なんだったら木下お前、神無月のこと結構好きだもんな」
「なっ――」
木下の顔がみるみる赤面していく。
「な、なんの根拠があって……」
「だってお前、俺の演説に乱入してきた時言ったじゃん『俺さえいなければ神無月も――』って。あれ、言われた時は全然分からなかったけどよくよく考えたらこれまでのお前の言動は神無月を好きという前提に当てはめたら全て説明がつくなって。あれは自分より神無月と仲良くしている俺に嫉妬してたんだろ」
「くっ……」
木下に反論はないようだ。
もう完全に言い逃れが出来なくなった木下はバンと机を叩き、立ち上がると神無月にいきなり抱きついた。
「そうよ! 私はずっと神無月澪が――いいえ、澪お姉様が大好きよ」
「「……へ? 」」
……澪お姉様?
一体どうなってるんだ?
「あんた自慢げに説明していたことは概ねその通りよ。けど一つだけ違うところがある。それは――私は澪お姉様を恋愛対象として愛していると言うことよ」
「「……へ? 」」
「あんたになんか負けないから! べー」
と、なんだかんだ一悶着あったが無事、生徒会の庶務のスカウトも上手くいき、改めて新生生徒会は前期の生徒会メンバー+木下という五人体制で始動、はじめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます