第18話 きつく締めて

 駅から街中を歩いて数分ほど。ヘムカは樹の後ろを付いてきている。しかしその間、街を行き交う人から異様な目で見られ続けていた。子どもたちの何の悪意のない指差し、ヘムカを目にして口を隠し何かを話している井戸端会議している中年女性たち。

 ヘムカは薄々それらを感じとってはいるが、何も言わずに樹の後を付いて行く。そんな中、樹の脚が止まりヘムカの方を向いた。


「本当に、大丈夫?」


「うん、大丈夫……」


 何も毎日買い物に行くわけではない。二人分の食事など、まとめて買えば一週間は外に出なくていい。それに、何度も繰り返す内に慣れで自然と話題にならなくなる。

 その思いがヘムカを元気たらしめる原因だ。

 ヘムカはフードで顔が見えにくいものの、確固たる意志を持った顔で頷いた。


「つらかったら言ってね」


 樹とヘムカは再び歩き始め、やがて歩き始めてから十二分ほどのところで目的地である大型ディスカウントストアが見えてくる。郊外にある大型ショッピングセンターよりは小さいが、街中にあるショッピングセンターとして大きめのサイズだ。黄色と黒の独特の色彩が目につき、駐車場には多くの車が停まっている。


「もしかしてあれ? 妙に新しいけど」


「最近改装したみたいだよ」


 このディスカウントストアは、元々総合スーパーからディスカウントストアとして改装されたらしい。

 ヘムカは駐車場で誘導員に戦々恐々しつつも無事に店舗内へと入った。

 ヘムカが真っ先に思ったのは、店内放送だ。総合スーパーならまだしも、ここはディスカウントストア。客を楽しませるためなのか随分と店内放送に積極的である。だが、ヘムカからしてみれば騒音でしかない。


「うるさい……」


 ヘムカはフードを引っ張る。


「ああ、その耳だもんな……」 


 一般的に人間に狐耳やしっぽはないとされる。樹は改めて目の前の少女が異質な存在であることを悟る。

 フードを引っ張りつつ向かったのは食器コーナーだ。磁器やら陶器。無地から色付きなど沢山の種類がある。国外で大量生産されたような皿は百円程度で買えるが、中には一万円以上するような皿もある。


「ところでさ、お金大丈夫?」


 数字が五桁以上書かれている皿の値札を見て不安になったヘムカが、近くで別の皿を吟味している樹に聞く。


「ああ、大丈夫だ。でも六桁以上はちょっとな……」


 樹は彼方を仰ぎ見ながら苦笑する。

 ヘムカも、居候の分際で家主にそこまで浪費させようとは思っていない。おとなしく値札が三桁の白磁の平皿を複数手に取る。他にも、深皿や箸、カトラリーも手に取り買い物かごへと乗せ調理器具コーナーへと移動する。

 樹は鍋と薬缶しか持ち合わせていなかったため、フライパン、まな板、包丁、ピーラーなどを入れる。


「こんなもんかな」


 何か入れそびれがないか確認していると他のコーナーを物色してきた樹が戻ってきた。


「終わったか?」


 そう言って樹は買い物かごを覗き込んだ。


「こんな安いのでいいのか? 六桁以上は厳しいと言ったけれども」


 樹からすればヘムカは子どもも同然、もう少し我儘でも樹は気にしないのだ。


「これで充分だよ」


 ヘムカからすれば、自分は居候の身。無駄な出費は避けたいのだ。

 そんな中、ヘムカはふと思う。樹はやたらと浪費したがるが、どのような職に就いているのかと。


「そういえば佐藤さんって仕事何してるの?」


 何気ない一言だったが、途端に樹は挙動がおかしくなる。


「ああ、それはだな……」


 樹は頭を掻きながら近くを右往左往するも、続く言葉は出てこない。

 ヘムカは、何か地雷を踏んでしまったのかと思う。


「言いたくないならいいよ。ごめん」


「ああ、こっちこそごめんな」


 嫌悪されている職業なのか、或いは子どもに聞かせられない職業なのか。しかし、言いたくなさそうである以上、追及はできない。


「そうそう、ウランガラスとかに替えたくなったら言うんだよ」


 樹が話を変えて冗談めかして笑う。


「気が向いたらね」


 ヘムカも樹の冗談に乗り、笑い返す。ウランガラスなどここには売っていないだろうが。


「じゃあ会計するか」


 樹はヘムカの持っていた籠を奪い、レジを探す。


「ヘムカは少し離れていてくれ。そんな怪しい格好のやつが包丁買うなんてさすがにあれだろ?」


 ヘムカは樹の言葉に一瞬怒りそうになったが、続く言葉を受け尤もだと思いおとなしくレジから離れる。樹の会計を見ていると、ポイントカードなどは作らず全て現金払いのようだった。

 半自動レジで精算を終え、樹が買ったものを袋に詰め終わるとヘムカの元まで行く。


「会計終わったよ。そういえば料理どこで習ったの?」


 樹はヘムカの詮索はしないが、このぐらいなら大丈夫だろうと思い話しかける。


「親とね。よく焙烙で炒めものを作ってたよ」


 樹が反応したのが親という言葉だ。悲しげに何かを偲ぶような顔になる。そして、表情はすぐに変わり何かを考えるような表情へ。


「ところでほーろく? ってなんだ?」


 ヘムカは咄嗟に答えようとするが、言葉が出てこない。元いた世界では焙烙は当たり前の物すぎたのだ。


「なんだろう……薄い土鍋かな?」


 表現できる限りの言葉で伝えようとする。しかし、樹はイマイチ理解しきっていない様子だった。

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