幕間(5) 初心で可愛い子

    初心で可愛い子

   *

 フランチェスカは先程の出来事を反芻した。

 厨房の若いコックに廊下でしなだれかかっているところを、花を抱えた業者に見られてしまったのだ。オリアナとか言う花屋の娘だったが、こちらを見るなり真っ赤になって、「失礼いたしましたっ」と小さく叫んで去ろうとした。そこをフランチェスカは呼び止めたのだった。


「お待ちになって、可愛いお花屋さん」

ぎしっと音が鳴りそうなほどに固まった身体を見て、フランチェスカはくすりと笑った。とても初心なのだろう、興味がある。

「フランチェスカ様」

 コックが後ろから抱き着いてきた。フランチェスカがその腕をほどき、

「また今度、ね」

と頬に軽くキスをしてやると、嬉しそうな残念そうな顔でコックは厨房に戻っていった。

 さて、改まって花屋の背中に向き直ると、近寄りそっとその肩に手を置いた。

「ごめんなさいね、びっくりさせてしまって」

 ゆっくり振り返させると、頬を赤く染めたその娘はなんとも可愛らしい風貌をしていた。鼻はすっと通っているし、睫毛も長い。

「あの…」

 困惑気味に言葉を発すその唇は赤く艶やかで若さを感じた。20歳かそこらだろう。

「素敵なお花ね。あなた、名前は何ておっしゃるの?」

「え…、オリアナ、です…」

「まぁ素敵なお名前。『黄金』という意味ね」

「はい…」

 娘の背は160㎝ほどあるが、女性の割に長身な172㎝のフランチェスカにとっては可愛いものだ。長身といえば最近寝泊まりしているらしい探偵も180㎝越えの美男子だったが、どうもフランチェスカの趣味ではない。それよりは目の前の初心な娘の方が「好み」だ。

「もうお仕事は終わったの?」

「い、いえ、まだこれから他の花飾のメンテナンスに…。ですので、あの、離していただけると…」

 両肩に乗せた手を気にしているらしい。仕事熱心な娘は嫌いじゃない。

「あら残念。お仕事終わったら、わたくしの部屋に遊びにいらっしゃらない?」

「えっ、フランチェスカ様の…?」

「まあ、わたくしのこと知ってくださってるのね、嬉しいわ」

「も、もちろんです。フランチェスカ様はお美しい方ですし、ハープを弾くお姿もとても麗しくて有名でらっしゃいますから」

「ふふ、ありがとう」

 頬を染めながら褒めてくるなんて、ますますフランチェスカの興味を掻き立ててくる娘だ。

「あの、お誘いは大変嬉しいのですが、遅くまで花のメンテナンスもしますので、お伺いできないと思います。申し訳ございません」

 そう固辞するとペコリとお辞儀をし、そそくさと逃げるように去って行ってしまった。


「あっという間に逃げられてしまったわ。まぁ、明日も祝典の頃には片付けで必ずやってくるでしょうから、そこで」

 フランチェスカは先程の出来事を思い返しながら、独りごち、自室でワインを呷る。せっかくだから明日また会えた時は、あの子に似合いそうなドレスを着せて遊んでみたい。そして自分の演奏を是非近くで聴いて欲しい。想像してフランチェスカは微笑んだ。


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