七時間目 もう終わっているよ
俺はただ、目を開いているだけだった。
意識を取り戻したのは、おそらくは気絶して数秒から数分程度だろう。
しかしその間に、状況は更に悪化していた。
「あね、で、し。」
「あ、意識戻った? てことはやっぱ女の子か。」
ダメージを受けた時のものとは違う。
まるで、そう、これが金縛りという感覚だろうか。動かないのは同じだが、力そのものが出ないというよりかは力の伝達がうまく行っていない、そんな感じだ。
それでもなんとか首だけ動かす。
この
そして臭ったのは、血の臭いだ。
「血の、円?」
動きにくい眼筋を動かして見渡す。
姉弟子・ヨッシー・白畑・白畑の妹、そして俺の周りには赤い線が描かれているようだった。
この色合いは間違いない、血だ。
「さあ、供物を捧げよう。」
男の声がした。そしてビリ、ビリ、と何かを破る音と、そのたびに漏れる小さな悲鳴。これは。
「服を破いて、何を……」
胸元の服を男は破き、そこに瓶に入った血を垂らしていく。どう見ても異様だ。何だこれは何なのだ。
「待て!」
叫び声だ。誰のだ? 姉弟子のものだ。
「あの時の再現をするのなら、必要な女は四人! 白畑姉妹二人に、ルイとそのクラスメイトで合わせて四人! 生贄として殺すなら私以外の四人を殺せ! 頼む! 私だけは助けてくれ!」
「あ、姉弟子……」
命乞い、だと?
あの姉弟子が、命乞いだと?
いや、それよりも、おかしい。
姉弟子がこんな時に無駄な行動をするわけがない。
ならばなぜ、こんなことを。
待て、必要な女は四人、そう言っておいて白畑姉妹に俺とヨッシーの名を挙げるのはおかしい。なぜ姉弟子は俺を女と言った?
考えろ。これはメッセージだ。
ヒントはあの男がベラベラと喋っている。その中から適切な解答を導き出すんだ。おそらく姉弟子は既に導き出している。ならば俺にもできるはずだ。
――俺の黒魔法はかける相手に説明すると効果が上がる――相互のイメージが大事――この子達の能力は他にも色々あるみたい――影響下に置いた奴らで結界を作って、その中の女子を操る能力――自分で黒魔法使わなくても使ってるみたいに生きてる人間操れる――他人の能力を使う分には自分の魔力は使わない――魔力が続く限り俺は死なない――つまり、不死身ってわけ――今のオレは目を合わせたヤツの心を読める――人を操るようなことをした人間の行動をもどけば、俺もその力を使えるようになる――死者の行動を模倣すると、それに近い能力を得られる――
もっとだ、考えろ。
――説明――効果――上がる――相互――イメージ――能力――他にもあるみたい――結界――中――女子――操る――自分――使わなくても――生きてる人間操れる――自分――魔力――使わない――続く限り死なない――不死身――目――合わせた――心――読める――操るようなこと――した人間――もどけば――力――使える――死者――模倣――近い能力――得られる――
まだだ。もっとだ。もっと考えるんだ。
俺は最強だ。相手は人間だ。
なら必ず勝つ方法はある。
――『説明』――効果――相互――『イメージ』――能力――他にもあるみたい――『女子』――自分――使わなくても――『生きてる人間を操れる』――魔力――使わない――続く限り死なない――『不死身』――目――合わせた――『心を読める』――した人間――死者――『模倣』――近い能力――得られる――
見えた。
違和感が。
上手く言葉にはできない。
だが、何かがおかしい。
考えろ、頭を回せ。
考えろ、口が動かなくても、
「――そうか。なぜ、俺は動けないんだ?」
「――なんか言った?」
……………………!
なぜ、俺は動けないんだ? 俺が女だからか? そんなオカルトはありえない! 俺は主人公なんだ! 俺が主人公なんだ! 児童文庫でこんなことがありえてたまるか!
「だ・か・ら〜、ありえるんだなあ、それが。」
男が俺に近づいてくる。く、くるな! 何をする気だ!
「何っていうか、ナニ? そんな怯えないでよ。ちょっと子供向けじゃできないことするだけだから。」
フザケるな! 近づくな! クソ! ドンドン
「無駄だよ。女である限り、今の俺には絶対に勝てない。じゃ、あんま興味ないけど君も裸になってもらおうかな。」
そう言って男は俺の上着を引きちぎる。
胸が露わになる。
声が出ない。
「筋肉質な胸だなあ。」
下も引きちぎられる。
靴と靴下の他はパンツ一枚になる。
目線が固定される。
まぶたも動かない。
全ての随意筋のコントロールを失う。
「パンツもトランクスじゃ色気無いよ。」
そしてパンツを脱がされた。
筋肉のコントロールを取り戻す。
イける――
「チンポあるじゃねえか!?」
「かかったな馬鹿め!」
俺は裂帛の気合と共に仰向けの
文字通り、とはいかない。
今の俺では筋力が足りない。床までの高さを稼げるベッドの上ならばともかく、地面の上では直立はできない。
だが仰向けの状態から首筋腹筋背筋大腿筋を用いて体を回転させながら中空へと浮かび上がることは、そして
これぞ――
「――起死。」
そして。
「消えたっ!? 男の上に能力者だったのかよ! 『式神――』」
回転を利用して男の真後ろの足元へと着地する。
この位置は頭の後ろの次に死角となる。
何やら身振り手振りをして呪文を唱えているが、遅い。
この
一気に立ち上がる。
目の前には男の股。
頭突きでかち上げる。
悲鳴も出せずに股間を抑えて動きを止めた男を、そのままの勢いで肩車する。
男がバランスを崩す。
二メートルを越す高さの位置から、男の頭部が後方へと流れ、首を介して俺も後方へと重心が向かう。
それを首筋で支えて、投げる。
俺自身は崩れた重心を利用してバク転し、その勢いもあって男の回転が増す。
そして男の頭をコンクリートの床へと叩きつける。これぞ――
「――回生!」
男の砕けた頭蓋骨を利用して空中で倒立し、俺は男の顔の上へと着地した。
ビジャリ、と音がする。
死に行く人間は
下を見ると、止めどなく鼻から血が溢れ、口や耳からもちょろちょろと赤く流れる。
そしてそれはすぐに止まった。
心臓が止まって出血が収まった、のとは違う。血の流れは直ぐに再開した。
まるで動画を逆再生するかのように、逆向きに流れ始めて。
そして砕けた頭蓋骨も再生していく。
それはちょうど、さっき男がしてみせた頭蓋骨の再生と同じように。
だから俺は、足を掴んだまま後ずさる。男は後転の要領で回転し、足と再生しつつある頭でへの字の形を作る。そして俺は再び男の股へと首を入れる。
発動条件は満たされた。
「お、お前、何を……」
「そうだったな。まだ名乗っていなかった。保土ケ谷互柔賛拳会第一位、横浜市立丘小学校五年一組、武田ルイです、対戦よろしくおねがいします。今からお前を投げる。」
「いやそうじゃなくて「回生!」おばまっ!?」
爪先、足首、膝、腰、胴、首と筋肉を連動させる、再び男を肩車する、後ろへと倒れる、バク転する、男の頭蓋骨を地面へと叩きつける、それを利用して倒立する、俺は男の顔の上へと着地する。
これぞ、回生。プロレス技で言う原爆固めを、へそではなく互いの股間を二つの支点と考え、投げる技。
本来は起死と合わせて、地に倒れた状態から必殺の投げまでを一動作で行うことが理想だが、今の俺の筋肉では二動作に分かれる上に、回生の連発も不可能。おっと……
「もう地の文が読めないんだったな。ならここからは口に出そう。お前の疑問に答えよう。回生!」
「うわらばっ!?」
「最初におかしいと思ったのは、人を操るという点だ。俺が遭遇したのは二種類の操られ方をした人間だ。ゾンビのようになった男と、
「ぼっはっ!?」
「そこで、姉弟子の言葉の意味がわかった。あれでお前が俺を女と思っていることを、つまり『女だとお前に思われている俺』と『男だとお前に思われた俺』の二つが存在しえると。お前の認識で何が変わるか、そうも思ったが、互いのイメージで黒魔法の効果が変わるのならば、思い込みでも左右されるという仮説が立った。それになりより、姉弟子がこんな時に無駄なことをするわけがない。回生!」
「あぎゃぱっ!?」
「だから、地の文でお前をだますことにした。それまでの言動だけではお前が俺を女だと思っている確証がなかったからだ。効果は今体感しているとおりだ。お前は能力が使えるだけで使いこなせてはいない。そのことはお前の心を読む能力の本来の持ち主であるヨッシーが人と目を合わせないのに、お前は何度も俺と目を合わせたことから推察した。本来その心を読む能力は何かしらかのリスクなりがあると。なら付け入る隙はある。回生!」
「いぎぎいっ!?」
「心配な点もあった。たとえ地の文で女だと思わせられても、
「ぎゃぽぉぅ!?」
「つまりお前に喧嘩士としての能力は無い。オカルトさえ解決できれば殴り合いで勝てる。そしてお前の能力の法則も同時にわかった。お前は『自分が女だと思った相手を操れる』。なら、男であることがわかった俺を『金縛り』にかけることはできない。そして『ゾンビ化』は、接触ないしお前の任意の行動、おそらくは『アイス・エイジ』という呪文の詠唱により発動すると考えられる。ゆえに、呪文さえ使わせなければ、お前に触れること以外にリスクは無い。なら――回生!」
「はあああっ!?」
「なら、お前の不死身が解けるまで投げ続ける。お前の不死身も人の能力、
「――行くぞ、俺は今からお前を百回投げる。オカルトを使おうと無駄だ。これは俺が主人公の格闘小説だ。」「えちょまって」「回生!」「ぐぎゃあっ!」「回生!」「ぐぎゃあっ!」「回生!」「がぼっ!」「回生!」「がぼっ!」「回生!」「がぼっ!」「回生!」「待てって!」「回生!」「待てって!」「回生!」「待てって!」「回生!」「待てよ!」「回生!」「ごぽっ!」「回生!」「ごぽっ!」「回生!」「ごぽっ!」「回生!」「ごぽっ!」「回生!」「ごぽっ!」「回生!」「だからっ!」「回生!」「まっ!」「回生!」「まってってっ!」「回生!」「待っ!」「回生!」「待て!」「回生!」「待ってくださいっ!」「回生!」「こぽぽっ!」「回生!」「こぽぽっ!」「回生!」「こぽぽっ!」「回生!」「こぽぽっ!」「回生!」「こぽぽっ!」「回生!」「こぽぽっ!」「回生!」「こぽぽっ!」「回生!」「わかたからっ!」「回生!」「ごめんっ!」「回生!」「降参っ!」「回生!」「参ったからっ!」「回生!」「負けましたっ!」「回生!」「やめてっ!」「回生!」「許してっ!」「回生!」「誰か助けてっ!」「回生!」「が!」「回生!」「が!」「回生!」「が!」「回生!」「が!」「回生!」「が!」「回生!」「が!」「回生!」「が!」「回生!」「が!」「回生!」「が!」「回生!」「おい!」「回生!」「誰か!」「回生!」「回生!」「止めなさいよ!」「回生!」「なにこれ!」「回生!」「助けて!」「回生!」「長え!」「回生!」「死ぬ!」「回生!」「死ぬぅって!」「回生!」「死」「回生!」「あ」「回生!」「ごぽっ」「回生!」「ごぽっ」「回生!」「ごぽっ」「回生!」「ごぽっ」「回生!」「ごぽっ」「回生!」「ごぽっ」「回生!」「ごぽっ」「回生!」「ごぽっ」「回生!」「ごぽっ」「回生!」「ごぽっ」「回生!」「ごぽっ」「回生!」「」「回生!」「」「回生!」「」「回生!」「」「回生!」「」「回生!」「」「回生!」「」「回生!」「」「回生!」「」「回生!」「」「回生!」「」「回生!」「」「回生!」「回生!」「回生!」「回生!」「回生!」「回生!」「回生!」「回生!」「回生!」「回生!」「回生!」「回生!」「回生!」「回生!」「ルイ。」「回生!」「ルイ、よせ。」「回生!」「ルイ!」「回生!」「もう大丈夫だ。」「回生!」「もう勝ったんだ。」「回生!」「それ以上やれば死ぬぞ。」「回生!」「私たちは大丈夫だ。」「回生!」「もう終わっているよ。」「……回生!」
vs黒魔法使いの男(二戦目)
勝者・武田ルイ
――決まり手、一〇八連発回生
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