五時間目 あへあへあへあへ
心地の良い筋肉痛が俺の
全ての筋肉が運動会の後のように重く固い。
この圧迫感と疲労感すら、俺の成長を実感させる。
昨日のイージスとの喧嘩では得難い経験が得られた。
思うように
受けたからこそより実感したが、完璧に顎に入れば問答無用で気絶してしまう。
フィジカルやメンタルであれを埋めるのは困難だ。
可能性としては、首筋だけでなく顔筋含めた首から上の筋肉全てを鍛え上げれば。しかしそれでも、こちらの踏み込みに合わせられれば多少なりとも骨が揺れて、結果脳が揺れる。しかし口腔内も鍛えれば――
「はよ押せや。」
「む、すまない。」
「んじゃなあヨッシー。」
「む、ヨッシーもいたのか。」
俺達は無言で頷くヨッシーを残して保健室を出た。
――重要なのは、タイミングを合わされないことだ。
こちらの勢いを利用されればそこに拳を置かれるだけでダウンを取られる。
これを避けるにはまず第一にこちらの攻撃を読まれないこと、第二にスピードで優越すること、第三にカウンターを行いにくい攻撃をすること。この三点が大事だ。
「ボタン押さねえと来ねえだろ。」
「む、すまない。」
「お前また格闘技のこと考えてただろ。」
「ああ、殴りたい女の殴り方についてな。」
「またかよ……しかも木曜より悪化してるし。」
「興味あるか?」
「ねーよ。」
「車椅子だからか?」
「車椅子関係ねーよ。あ、開いたぞ。おーい! J! K!」
「さあ来ましたよKさん。今日の立ち上がり、どう見ます?」「うーん、あれは今日もここに来るまでにまた格闘技トーク聞かされてましたね。二日に一度ペースですね。」
「足やってから格闘技の話されまくるのもわけわかんないですね~。」「苦しい時間帯ですがここをどう凌ぐかが日本代表の鍵だと思いますね。ではここでタイムアウトです。」
「助かったぜ……」
なんの日本代表だ。
「で、今日はどんな技の話?」「また站樁功?」
「今日は
「誰?」
「こないだのクソアマか!」「クソションベンアマか!」
「糞なの? 小便なの? どっちなの? ん?
「ああ。今日ヤツを倒す。俺は放課後は居場所を探る。」
「お前身体中からバキバキ音してんぜバリ筋肉痛じゃん。」「てかそんなことしなくても転校生に聞けばいいじゃんいいじゃんすげーじゃん。」
「なぜだ。」
「え、お前気づいてなかったの?」「転校生の名字、
なんだと。何たる偶然だ。
「……おいこいつまだ気づいてねえぞ。」「ガチかよ……」
「なにがだ。」
「お前が転校初日の転校生に喧嘩売っただろうが! だからアイツの姉ちゃんがお前シメに来たんだよ!」「俺らとばっちりだからな! 俺らとばっちりだからな!」
「なんだと……!」
「なんだとじゃねえ!」「お前それお前ちょまえ知らずに飛び蹴りとかかましてたのかよ! 今日登校してきてどちゃくそ気まずかったべや! なんか向こうからお姉ちゃんがごめんって謝られるし!」
「アッチも姉ちゃんが勝手にヤッたみたいなんだよな! で、それをきっかけに番号とメアドとツイアカ聞いて!」「俺はその後インスタのアカウントも!」
「エンジェイしてるじゃないか。それはそれとしてすまん。」
登校してから十分ほどの間になぜそこまでやれる。
まあいい、これでヤツと戦う算段はついた。
「よし、まずは転校生を殴りに行くぞ。」
「バーサーカーの思考回路!」「ふつうに聞けよ。」
「だが自分のために姉が起こした喧嘩について謝るような人間なら、喧嘩したいと言っても素直に応じないだろう。」
「変なところで理性的!」「その知性を他に使え。」
「まあ、嫌と言っても帰りをつければ家は割れる。それでいいか。」
「いやストーカーのやり口!」「コイツを規制する法律が必要だわ。」
そして決戦の放課後が訪れた。
聞き込みにより、
なるほど、灯台下暗しだな、思いの外近くにいたわけだ。
「さあ……狩るか。」
「こいつ人殺しの目をしてやがるぜ。」「マジにヤっちまうんじゃねえか。」
「随分な言われようだな。別に俺は、ヤツを殺したくて喧嘩をするわけではない。」
だいたい喧嘩士というものは、人を殺したいと思って喧嘩をする人間は少数派だ。
殺せばそれだけ喧嘩の相手が減るからだ。
「着いたぞ。このマンションの、あの角部屋だ。」
「どっから持ってきたその双眼鏡。」「どっから持ってきたそのドローン。」
「まずは中を伺うか。行け、ファンル!」
「それドローンの名前なの?」「あ、これスマホで操作できるやつじゃん。」
ヤツの家に突入する前に間取りを把握しておきたい。
む、高度が上がると操作が難しいな。ビル風か? 強風に煽られてしまう。
まずいぞ、どんどん流されていく。この間のゴミ捨て場の方まで行ってしまった。早く戻さねば――なに?
「なんだ、それは。」
「どうした?」「あ~これ一昨日のゴミ捨て場じゃん。うん?」
こんなことが……こんなことがあっていいのか……
「待て! 白畑空虎!」
「おっと、いよいよプレイボーイです。しかし突然走り出してどうしたんでしょうね?」「スマホ見ながら走り出したんで、ドローンで盗撮してるのがバレて壊されそうになってるとかじゃないですか? なんにせよ、追ってみましょう。」
待て!
「さあ到着しました因縁の場所……なにあれ?」「……ケツですね、プリケツです。頭からゴミ捨て場に突っ込んでますね、おケツ丸出しで。」
「お前は俺の獲物だッ!」
駆けつけて叫ぶ! 逆さになって天をつく
駆けつけて叫ぶ! それをやったであろう、二人組に。
「何俺のいないところで負けてんだぁっ!」
エル・メルティスノゥはプロレスラーである父親の影響で始めたプロレスで非凡な才を示し、若干十歳でデビュー。親子タッグで興行を沸かせている。
そんなヤツは去年親の離婚で転校するまで、保土ケ谷互柔賛拳会の上位にいた。
そして転校後は喧嘩士を辞めてプロに専念している、と聞いていたが。
「なにをしている。」
メルティスノゥはマイクを取り出す。 そしてそれを横の、Tシャツにジーンズに頭にパンツを被った、全身ボロボロの女子へと渡して、耳打ち。
「お前を倒しに日本に戻ってきたぜ。」「お前を倒しに日本に戻ってきたぜ!」
「聞こえてるから普通に話せ。」
この全く意味のない通訳、これぞメルティスノゥだ。
父親がメキシコで武者修行時代に作った隠し子という設定を普段から守るために、横にいる付き人役を介してしかマイクパフォーマンスをしないし話さない。
このキャラ設定や中学受験するかどうかで母方の親戚筋と揉めて離婚に至ったらしい。
だが、今はそんなことはどうでもいい。
俺は二人のレスラーを無視してゴミ捨て場へと向かう。
そこに、
一昨日にJとKがコイツにやられたように、ゴミのように打ち捨てられていた。
頭が完全にゴミへと突っ込まれていることと周りのゴミ袋の具合から、かなりの投げ技を受けたのが見て取れる。
そしてパンツが脱がされている。
でんぐり返しが回れなくて途中で止まったヤツのような体勢で、空へとプリケツが向けられている。
メルティスノゥ達へ振り返る。
女子の方の手に握られているのは、パンツ。
「なるほど、そういうことか。」
「いやどゆことっ!?」「話が見えない話が見えない一回整理しよう。」
「あの様子から見るに
「専門用語多すぎてわけわかんねーよえーっ!」「パンツ・コントラ・パンツってなんだよ、パライストラってなんたよ、まずなんなんだよこの変態どもは、なんで頭にパンツかぶってんだよ!」
「それは変態だからだろう。」
「シンプルに変態!」「喧嘩関係ないのか! 殴ってパンツ脱がせるヤベーヤツだべ!」
「いや、それは違う。これも一つの喧嘩だ。俺の所属する保土ケ谷互柔賛拳会では気絶かギブアップで勝敗を決するルールだが、パライストラではパンツを脱がされた方が負けというルールがある。昭和のボンタン狩りを現代向けにアレンジしたものだ。そのルールの成り立ちからもわかるように、パライストラはかつての暴走族を源流としている。そもそもパライストラという名は古代ギリシアにおける武闘の――」
「ダメだ謎が解けるかわりに追加で謎が来る、保土ケ谷互柔賛拳会ってなんだよ。」「こんなところで謎が謎を呼ばないでくれよ。一行でまとめて。」
「つまりはヤツらは喧嘩士だ。」
「「だいたいわかった。」」
説明は終わりだ。本題に入るか。
「アレ? もしかして因縁の相手だったりした? 『アレ?』の部分はちょっと巻舌で。」「アレェ? もしかして因縁の相手だったりした?」
「マイクが全部ささやきをひろってるぞ。」「お前らそのキャラぶっつけ本番なの?」
メルティスノウと横の変態パンツ仮面女とジリジリと距離を詰める。
「フフッ……おいおいルイ? 黙っちまってどうした?」「おいおいルイ黙っちまっププッ! ごめんもう一回やらせフフッ!」
「なんかアイツら変な笑いのツボ入り始めたぞ。」「班学習で黒板の前に立って発表する時ってあんな感じになるよね。」
そして俺はゴミに埋もれた
「「「「え。」」」」
一発。
起きない。
二発。
起きない。
三発四発五発六発。
「……あば?」
「起きたな。」
「……おのれは……」
「保土ケ谷互柔賛拳会第一位、横浜市立丘小学校五年一組、武田ルイです、対戦よろしくおねがいします。今からお前を殴る。」
「……こないだの、クソガキ……」
「お前の妹に喧嘩を売り、お前が一昨日叩きのめしたのが俺だ。今からお前を殴る。」
「ルイ、お前何を……」「……えっと、これも言うの? ルイ、お前何を……」
「黙ってろエル・メルティスノゥとその横の女。
「……指図されんでも立つわ……」
「そうか。なら喧嘩だ。」
「「「「「え。」」」」」
「早く立てそして戦えお前をブチのめすのはこの俺だ。」
「……おいエルなんとか、どうする?」「喧嘩士なんだろなんとかしてくれよ。」
「ぼ、ぼくには、できないよ……ルイくんに勝ったことないし……」「メルティスノゥ、キャラ忘れてるよ。」
「どうした? 喧嘩士ならリターンマッチなんてよくあることだろ。何を怖気づいている。この間の威勢はどうした?」
「ま、待てって、このコンディションやぞ、マトモに拳も握れへんし、ノーパンやし、てかいう前からビンタしてるし……」
「そ、そうだぜルイ! これじゃ弱い者いじめだぜ! なあK!」「そうだそうだ! 強いヤツをブチのめしてこその喧嘩っていつもお前言ってただろ? な?」
ああ、うるさい。
外野がうるさい。
この喧嘩は、この瞬間は、俺だけの時間だ、俺だけの世界だ。
入ってくるな、俺の物語に。
新たな強敵と出会い、喧嘩し、勝利し、成長する。
そのストーリーを邪魔するな。
修行を終えて借りを返しに来たのに。
ぽっと出の、頭にパンツを被った新キャラに負けて、無様な姿を晒す。
俺はこんな雑魚に負けたのか?
あってはならない。
耐えられない、そんなことは。
俺に勝ったお前は俺より強くなくてはいけない。
――そうだ。
「確かに……ただ立つだけなら、カカシでもできる。拳を固めて戦う意志を見せないものを殴っても仕方がない……」
「そうだよルイ! 日を改めよう!」「しかもノーパンだしな!」
「……ああ、ノーパンはともかく、日は改めよう。ただ、少し我慢できないことがあってな……安心しろ、殴ったりはしな。い。」
俺はズボンを下ろす。
パンツもだ。
じょろろろ。
「クソにはクソをぶっかけるんだったな。」
「おんどりゃなにしてくれさ「ファイティング・ポーズを取ったな?」あばぎゃあっ!?」
ションベンをぶっかけられ、激高して拳を固めて立ち上がり、一歩前に踏み出したところに、上段順突き。
なるほど、これか、一昨日に俺がやられたであろうことはこれか。
怒りで冷静さを失ったところを突く。
「あへあへあへあへ。」
そうするとこんなにも他愛ないのか。
いくら喧嘩でダウンをしていたとはいえ、あれだけ強かった相手が、筋肉痛でろくに拳も握れない俺のカメのような遅さの突きで、こんなにもアッサリと……
「……全部出しきったはずなのに、スッキリしないな。」
チンコを振り、パンツを履き、ズボンを上げる。
Jも、Kも、エル・メルティスノゥも、その横の女も、俺から間合いを取っていた。
……笑えるな。
「そこは俺の制空権だ。」
「ひいっ!?」
エル・メルティスノゥに拳を放つ。
鼻を掴み、伸ばした人差し指と中指を、両目のまぶたへと押し付ける。
これぞエル・メルティスノウの裏フェイバリット・悪夢のピースサイン。
なんだ、これも避けられないのか。
お前の技なのに、今の俺は普段の比にならぬほど弱いというのに。
しかたない、寸止めだ。
喧嘩は双方の合意がなければ面白くない。
だから。
「どうしたエル・メルティスノゥ。お前はヤラないのか?
――誰でもいいから俺と戦え!
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