5−15 ユベールの頼み

「ユ、ユベール様。お願いです、離して下さい。私は町に行かなくてはいけないんです」


「…」


しかし、ユベールは私の言葉が耳に入っているのか、一言も言わずに無言で手を引いて歩き続ける。


「…っ!」


切りつけられた腕に痛みが走り、思わず小さく呻いた。するとユベールが足を止めて振り向いた。


「…痛むのか?」


その顔は私を心配しているように見えた。


「い、いえ…大丈夫です」


「シルビア…」


するとユベールは何を思ったのか、突然私を抱き上げてきた。


「キャッ!ユ、ユベール様…い、一体何を…?!」


「暴れるな、歩きにくい」


「…」


ユベールの言葉に私は静かにした。


「ああ、そうだ。おとなしくしていろ」


ユベールの声は優しげだった。


「は、はい…」


ドクドクドクドク…


心臓の音が再び大きくなる。どうしよう…ユベールに心臓の音を聞かれたりしないだろうか?チラリとユベールの方を見ても、彼は私の動揺に気付いていないようだった。まっすぐ前を向き、私を抱きかかえたままアンリ王子の部屋を目指す。

やがてアンリ王子の部屋の前に辿り着くと、ユベールが尋ねてきた。


「どうだ?立てるか?」


「はい、大丈夫です」


するとユベールは無言で私を下ろすと、扉をノックした。


コンコン


するとすぐに扉越しから返事が合った。


「誰だい?」


「俺だ、ユベールだ」


「ああ、君か。入れよ」


ユベールは無言でドアをガチャリと開けて中へ入りかけ…私の方を振り向いた。


「どうした?シルビア。何をそんな所で突っ立っているのだ?」


「え?あ、あの…私が中へ入ってもいいのかどうか分からなかったので…」


「何言ってるんだ?良いに決まっているだろう?」


「分かりました…では一緒に行きます…」


そこで私はユベールの後に引き続き、アンリ王子の部屋へと入った。部屋ではジュリエッタとアンリ王子が2人で紅茶を飲んでいた。


「来たんだね。ユベール」


「ああ、そうだ。俺の言い分を伝えに来たんだ」


ユベールは苛立ちを押さえた様子で返事をする。


「あれ?ユベール。シルビアも連れてきたのかい?」


アンリ王子はまるで今頃私に気付いたかのような素振りで声を掛けてきた。


「はい、すみません…勝手にお邪魔してしまいました」


私は頭を下げた。


「いや、別に構わないよ」


アンリ王子は私を見ることもなく返事をする。


「シルビアさん、もう怪我の具合は良いのかしら?」


ジュリエッタが尋ねてきた。


「はい、治療をして頂いたので大丈夫です」


「そう、良かったわね」


ジュリエッタは笑みを浮かべると私を見た。ユベールは私とジュリエッタの会話が終わると口を開いた。


「アンリ王子。俺が何をしにここへ来たかは分かるよな?」


「そうだね、大体は」


アンリ王子は紅茶に口を付けながら言う。


「なら話は早い。さっきジュリエッタの話を聞いただろう?この通りシルビアは喉と…腕を切られて怪我をした。魔石を狙った連中に襲われたんだ」


「そうだね?」


「そうだね?じゃない。シルビアの仲間だったキリアンは殺され、今まで集めた魔石は全て何者かに奪われてしまった。それなのにアンリ王子はもう一度シルビアに一から魔石探しをさせようとしている。だが…彼女は自分の身を守るどころか…魔石にすら触れる事が出来ない。無理に決まっているだろう?シルビアは今月休ませてやれ!」


アンリ王子の平然とした態度にユベールは苛立っている様子だった。


カチャ…


アンリ王子はティーカップを静かに置くと言った。


「ユベール、一体誰に対してそんな口を利くんだい?」


「…っ!」


ユベールは唇を噛みしめている。


「ユベール様…」


「アンリ王子…お願いです。シルビアを今月は休ませて下さい。お願いします」


ユベールはアンリ王子に頭を下げた―。

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