4-9 不安な気持ちを押し隠し

「ユベール様…」


ポツリと呟き、誰もいなくなった部屋を私も後にして足早に自室を目指した。今から急いで町へ行き、傭兵を雇ってこなくては。



 ガチャリ!


部屋に着き、勢いよく扉を開けて中へ入った。そしてアンリ王子から支給された一月分の生活費と自分の家から持ってきた現金をかき集め、ウオレットに入れるとショルダーバッグの中にしまった。クローゼットの中から外出用コートを取り出し、羽織ったところで部屋の扉のノック音と共にユベールの声が聞こえた。


コンコン


「シルビア、いるか?」


「え?ユベール様?!」


慌てて扉に駆け寄り、カチャリと開けるとそこにはユベールが立っていた。


「ユベール様…一体…」


どうしてここへ?その言葉を言う前に私を見たユベールは青ざめた顔で話しかけてきた。


「シルビア…その恰好…ここを去るつもりなのか?」


ああ、そうか…。ユベールは私が約束を破ってここから逃げ出すのではないかと思ったのだろう。それで様子を見に来たのかもしれない。それともアンリ王子の命令で様子を見に来たのだろうか?


「いいえ、安心して下さい。これから町へ出かけるだけですから。ユベール様は私の様子を見に来たのですよね?逃げるのではないかと思って。」


「違うっ!そんな事で俺はここへやってきたわけじゃない!それよりも町へ何し行くんだ?」


「ちょっと買い物がしたくて。レターセットが欲しいんです。家族に手紙を書きたいので」


傭兵を探して雇うつもりだなどと言えば、ユベールに素性の分らない人間を城へ入れるなと文句を言われそうだったので、私は彼に嘘をついてしまった。


「そうか…買い物に行くだけか…」


何故かユベールは安堵したかのような優し気な笑みを浮かべて私を見た。その笑みに胸が締め付けられそうになる。恐らく私が間近でこの笑みを見る事が出来るのは…今日が最後になるかもしれないからだ。そう思うと、ユベールの顔を見ているのが辛くなり、視線をそらせると言った。


「ユベール様もこれからアンリ王子とジュリエッタ様の旅行の付き添いに出発されるのですよね?私は逃げませんからご安心下さいとアンリ王子に伝えて頂けますか?」


するとユベールの顔色が変わった。


「シルビア!お前、何か勘違いしていないか?俺はお前が心配で様子を見に来たんだ!」


「え…?」


ユベールが私を心配…?一瞬耳を疑い、顔を見た。するとユベールは真剣な瞳で私を見ると言った。


「アンリ王子も言ってただろう?お前は魔石を見つけることは出来ても触れることが出来ないって。どうやってこの先魔石を集めるつもりなんだ。アンリ王子とジュリエッタに言われただろう?シルビアが勝たなければ意味が無いって…」


「ユベール様…」


その言葉は私を落胆させるには十分だった。つまり、ユベールが心配していたのは私が規定数魔石を集め、2人の期待に応える事が出来るかどうかだったのだ…。だけどアンリ王子とジュリエッタの期待を裏切るような真似をすれば、私はユベールに嫌われてしまうかもしれない。例え、ユベールがジュリエッタの事を好きだとしても、私の事など眼中に無いとしても…落胆され、嫌われ‥あんな冷たい目で殺されて最後を迎えるのだけは嫌だった。好きな相手に殺される程…惨めな死は無い。


「どうなんだ?シルビア。魔石をこれからも集めるのに秘策はあるのか?」


尚もユベールは尋ねて来る。ユベールに不安な思いはさせたくは無かった。彼はこれからアンリ王子とジュリエッタの護衛として旅行について行かなくてはいけない。不安要素があっては警護に支障をきたしてしまうかもしれない。何しろ…アンリ王子は幼少期から王位を狙う親戚たちに命を狙われてきたのだから、旅先でも刺客が襲ってくるかもしれないから気が抜けないはずだ。


「私の事なら大丈夫です。魔石集めをする為のあてはちゃんとありますのでご安心下さい」


辛い気持ちを押し殺して私は笑顔でユベールの顔を見上げて笑った。


「そう…か?お前がそう言うなら…あ、そうだ。お前に渡しておくものがある」


そしてユベールが何かを思い出したかの様にポケットを探ると、魔石を入れる袋を取り出した。


「それではこの袋…お前に渡しておこう」


「あ、ありがとうございます‥‥」


私は震える手で袋を受け取る。とうとう…この袋をを自分で所有しなければならなくなったのだ。この先、最悪の場合…1人で魔石を集めて、尚且つ守り抜かなければならないのだ。


大丈夫なのだろうか‥?

私は7月7日前に殺されたりしないだろうか…?


そう思うと身体の震えが止まらなかった―。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る