3:友
そこから少し離れた場所で、マンマチャックが雪の中から顔を出した。
真っ白な雪原にポコッと、茶色いマンマチャックの顔が、まるでキノコのように生えている。
マンマチャックは困っていた。
顔は外に出ているものの、体は雪に埋まって冷え固まっており、動かそうにも全く動かないのだ。
「誰か~! 誰かいませんかぁ~!?」
あらん限りの声を出して、助けを求めるマンマチャック。
すると、降りしきる雪の中から、ゆらりと大きな黒い影が姿を現した。
「なっ!? なんだあれはっ!?」
顔をしかめて、黒い影を凝視するマンマチャック。
あのような生き物は見た事がなく、もしかしたら敵かも知れない! と考え、あたふたする。
しかし、どうにも体は動かせない状態である。
マンマチャックは、心底焦っていた。
そんな事とはつゆ知らず、黒い影はゆらゆらと揺れながら、どんどんとマンマチャックに近づいて行き……
「くっ!? 来るなぁっ!」
大声で叫んだマンマチャックの声が、その影の後ろにいる人物に届いた。
「もしかして……、マンマチャック?」
黒い影の後ろから姿を現したのは、こちらも黒いローブに身を包み、一見すると影と見紛いそうな服装の、テスラだった。
「ひぃっ!? もう一体っ!? ……え、あっ!? テスラ!?」
一瞬、怯えてしまった自分を恥じながら、マンマチャックはテスラをその目に捉えた。
「良かった、無事でしたか」
テスラは急いでマンマチャックに駆け寄って、その身を助け出そうと、手で雪をかき分け始める。
「テスラも、無事で何よりです。他の三人は?」
「分かりません。巨木にしがみついていた私は、もっと下まで流されてしまって……。今しがた、このルーベル様のシャドウネスと出会い、ここまで登って来たのです」
テスラの隣でゆらゆらと揺れている黒い影を、ジッと見つめるマンマチャック。
「シャドウネス……? 聞いた事があります。自分の影を、使い魔のように使役させる魔法ですね。その影がそうなのですか? ルーベル様というのは確か……、テスラの育ての親である、国属の魔導師団長の名前でしたね?」
「そうです。このシャドウネスは、間違いなくルーベル様のもの。幼い頃から、何度も私の身を守ってくれたのです、見間違うはずがありません」
「じゃあ、この近くに、そのルーベル様がいらっしゃると?」
「そう考えるのが妥当でしょう。ルーベル様は、およそ一年前に、何かを探す為に城を旅立たれました。もしかすると、いち早くワイティア王の存在に疑念を抱いて、その正体を探るべく旅に出られて……、そして、見つけた。このシャドウネスについて行けば、おそらく、竜の子ワイティアの卵の在処まで連れて行ってくれるはずです」
「なるほど! では急ぎましょう!」
「はい。けれどマンマチャック、まだ掘り起こせません。少し待ってください」
「あ、はい、すみません」
申し訳なさそうに謝るマンマチャック。
テスラは、その白く美しい手を真っ赤にしながら、懸命に雪をかき分ける。
「テスラ……、手が……」
痛々しいテスラの手を目にして、マンマチャックは眉を垂れる。
「大丈夫です。痛くありません」
「そんな……、嘘はつかないでください」
「嘘ではありません。私はずっと一人だった。ルーベル様は側にいてくださりましたが、友ではありません。そんな私に、友と呼べる者ができた。あなたもその一人です、マンマチャック。友の為ならば、こんなもの、痛くも痒くもないのです」
微笑みながらそう言ったテスラに対し、マンマチャックの目頭は熱くなった。
タンタ族の生まれである自分を、躊躇なく友と呼んでくれるテスラに対して、今まで感じた事のない大きな喜びを、マンマチャックは感じていた。
そしてそれが、温かい涙となって、雪の上に零れ落ちた。
「マンマチャック? どうしました? どこか、痛むのですか?」
心配げな表情で、尋ねるテスラ。
マンマチャックは、鼻をズズッとすすって、顔を横に振るう。
「大丈夫、大丈夫です。テスラ、ありがとう!」
「……まだ、雪から出せてませんよ?」
「それでもいいんです! ありがとう!」
「おかしな人ですね」
未だ雪に埋れたままで感謝の意を述べるマンマチャックに対し、テスラはふっと笑った。
吹雪の中を、足早に歩くルーベルとリオ。
決して平坦ではないその道を行く事数十分、二人は目的地へ辿り着いた。
「ここが、銀竜の巣だ」
ルーベルの言葉に、リオはごくりと生唾を飲み込んだ。
二人の目の前に現れたのは、そそり立つ雪の壁にポッカリ開いた、大きな大きな洞窟だ。
それはまるで、巨大な獣の口のような形をしており、刺々しく鋭い牙のような氷柱が、穴の周りに無数に存在していた。
そしてそれは、呼吸しているかのように、外の空気を中へ中へと導いている。
「先日訪れた時には、守りの結界が張られていたが故に、中には入れなかったのだが……。やはり、五大賢者の封印が解けた事によって、結界も消滅したようだな。さぁ、行くぞ」
ルーベルの後に続いて、リオは洞窟の中へと足を踏み入れた。
中は、思いの外暖かく、湿った空気が満ちていた。
ルーベルが魔法で杖の先に灯した小さな光が、洞窟の内部を照らして、その構造を露わにさせている。
大きさの割に狭いと感じるのは、そこここに存在する岩のせいだろう。
天井から垂れ下がる岩と同様に、地面からも沢山の岩が隆起しており、洞窟内は凸凹としている。
そして驚いた事に、その岩の全てに、キラキラと光を反射する銀の塊が、無数に埋まっているのだ。
「ここは数百年前、銀竜イルクナードが住処としていた場所に違いない。銀竜はその名の通り、身体中に鉱物である銀を有していたと、古い書物には記されている。故に、この洞窟内の銀はおそらく、銀竜イルクナードの持つ魔力の影響で、自然と銀に変化してしまったものだろう。即ちここは、間違いなく、銀竜の巣であり、この奥に、銀竜イルクナードが残した、竜の子ワイティアの卵が存在するはずだ」
ルーベルの説明は、大層わかりやすいものではあったが、早足のルーベルに着いて行くだけで必死のリオは、その言葉のほとんどを聞き逃していた。
「あそこだ!」
そう言って、駆け出すルーベル。
リオも後に続く。
しかし、次の瞬間、二人の足は同時にその動きを止めた。
目の前に広がった光景、そこにあるものに対し、二人は驚き、恐怖した。
「おや? ルーベルと……、リオじゃないですか。二人とも、どうしてこんな場所に?」
にこやかにそう言った人物に対し、二人は身構える。
竜のものと思われる、大きな、骨だけとなった亡骸に、守られるようにして存在する、銀色の巨大な卵。
その真ん前に、一人の若い男が立っていた。
長い白髪に、透き通るような白い肌を持ち、深い青色の瞳と、どこか幼さの残る顔つきをした男。
間違いない……
リオの目の前には、現ヴェルハーラ王国国王であり、竜の子ワイティアの思念体だと考えられている、ワイティア王その本人が立っているのだ。
「ワイティア……。貴様は何者だぁっ!?」
怒りに満ちたその声で、ルーベルは問うた。
「国王に対し、貴様などとは……。ルーベルよ、あなたはもう、国の宰相としてはふさわしくない人物に成り下がってしまったようですね。誠に残念です」
笑顔を崩さないままに、そう答えたワイティア王に対し、リオはその背に寒気を感じた。
「黙れっ! 先代国王を亡き者とし、我が師を黒竜へと変え反逆者へと貶めた挙句、国の者全てに怪しき術をかけ、長年に渡り操り続けた貴様が、自らを王などと名乗る事すら不愉快だっ! 真の姿を現せっ!」
ルーベルの怒号が、静かな洞窟内に響き渡った。
「真の姿を、ですか……。くっくっくっ……、ふはははははっ! 良いでしょう! あなた方二人には、私がこの世に復活する様を、そこでしかと見届けて頂きましょうっ!」
両手を広げて、高笑いするワイティア王のその表情は、人とは思えないほどに目が見開かれ、口が大きく横に裂けている。
そして……
「いかん! リオ、攻撃だっ!」
ルーベルは、瞬時に紫色の光を帯びた魔法陣を発動させて、様々な形をした沢山の影を、ワイティア王目掛けて放った。
突然の出来事に、リオは反応出来ず、遅れながらも魔法陣を発動しようとしたが……
「ぬるいな」
にやりと笑ったワイティア王の、その一言が聞こえた次の瞬間。
バリバリバリッ、と大きな音がしたかと思うと、どこからともなく現れた白い雷が、ルーベルとリオの体を貫いた。
二人は地面に倒れ込み、ガクガクと体を震わせる。
そして、意識が朦朧とする中で、リオが最後に目にしたのは、怪しげな笑みを称えたワイティア王の姿だった。
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