7:森のエルフ


 深緑色のローブの者に連れられて、妖精の森を歩く五人。

 奥へと進むほどに、周りの木々や草花が発する魔力が大きく強くなり、それらが空気中に様々な色のオーラを放つ為、森はとても幻想的な雰囲気に包まれていった。


 すると前方に、見慣れない大きな白樹が見えてきた。

 見上げるほどに大きなその白樹は、どこか神聖な空気を辺りに漂わせており、五人は嗅いだ事のないような、スッとした香りを鼻に感じた。

 そしてその木の真下に、五人が精神統一をするのにちょうど良さそうな、五つの切株が円を描くように並んでいる。


「あれは、聖なる木。邪悪なるものを寄せ付けず、また、立ち寄る者に心の安らぎを与えてくれる。あの木の根元でならば、封印の魔石を完成させる事が出来るでしょう」


 深緑色のローブの者の言葉に、五人は一様に驚いた。

 何故そのような事を知っているのかと、五人はその者を見つめる。


「どうして知っているんですか? 僕達が、マハカム魔岩に魔力を込める為に、ここに来たって事を」


 リオが尋ねた。


「私には、少し先の未来が見えるのです。だから、仲間がこの森を去った後も、あなた方を導く為に、一人この森に残りました」


 そう言うと、その者は目深に被っていたフードを、ゆっくりと外した。

 露わになったその顔は、真っ白な肌に、美しいエメラルドグリーンの瞳。

 耳はピンと尖っていて、長い金髪は波のように揺れている。


「あなたはもしかして……、妖精の、エルフ族?」


 テスラが、戸惑いつつもそう言葉にした。


「そうです。私の名はユイシャ。遥か古より、このモルトゥルの森に暮らしていた、エルフ族の末裔。数百年前、銀竜イルクナードと人との間に争いがおこり、身の危険を感じた仲間達は、この地を旅立ちました。しかし、私はある者との約束を守る為に、あなた方をここで待ち続けていたのです」


 ユイシャと名乗った美しいエルフ族の女は、五人に手を差し出した。

 その手の中には、丸く赤い、小さな木の実が握られていた。


「これは、このモルトゥルの森で採れる、エルピスと呼ばれる果実です。あなた方の体は、自分で考えているよりもずっと疲れています。これを食べて、少しでもその疲れを癒してください」


 ユイシャから受け取ったエルピスの実を、しげしげと眺める五人。

 マンマチャックは、出会ったばかりの女から貰った果物を口にする事に抵抗を感じている。

 ジークは、これっぽっちで疲れが取れるとは思えないと、訝しげな表情になる。

 エナルカは、とても甘くて美味しそうな匂いがするこの実を食べみたいと思いつつも、毒が入っていやしないかと不安がっている。

 テスラは、エルピスの実の事などまるで眼中になく、目の前にいる、書物の中でしか出会う事のなかったエルフという種族に対し、興味津々な様子で瞳を輝かせていた。 

 リオはというと、勿論……


「いただきま~す」


 全く何も考えないままに、エルピスの実を口へと放り込んだ。

 むしゃむしゃと噛んで、ごくんと飲み込み……


「美味しいこれっ!」


 嬉々とした表情でそう叫んだ。


「良かった。あまり沢山はありませんが、少しでも、体力を回復させてください」


 ユイシャの笑顔に安心したのか、他の四人もリオに習って、エルピスの実を口へと運ぶのであった。






 リオ達五人は、聖なる木と呼ばれる白樹の下で、それぞれ切株に腰掛けた。

 ドワーフのチムッキより託されたマハカム魔岩を、その手に握りしめ、静かに目を閉じる。

 これから三日三晩、精神統一を行い、マハカム魔岩に魔力を送り、蓄積させて、封印の魔石を作り上げなければならないのである。

 それは、並大抵の集中力では不可能な事。

 しかし五人は、その心を静かに、穏やかに保ち、自分の中にある魔力や、辺りを漂う魔力を、マハカム魔岩へと流し込んでいった。


 その傍らで、ユイシャは、五人の様子を静かに見守っていた。

 何人たりとも五人の邪魔ができないようにと、守護魔法を唱え、柔らかな光で五人を包み込んだ。

 そして、五人の間に流れる魔力をその目でしかと見て、あぁ、この者たちならきっと大丈夫だと、ユイシャは心のどこかで安堵していた。


 日が沈み、夜が来て、星々が煌めきを放ち始めても、五人は目を開かなかった。

 ただただじっと、切株に腰掛け、最大限の集中力で、マハカム魔岩に魔力を送り続けていた。

 しかし五人は、単に目を瞑って、魔力を送り続けているだけでは決してない。

 それぞれがそれぞれに、その心の中で、様々な事を考えながら、自分の中にある善と悪、裏も表もない本当の自分自身と、対話していた。


 静かなる時が流れる。

 朝が来て、太陽が昇り、昼が過ぎて、また夜になった。

 それでも五人は、微動だにせずに、マハカム魔岩に魔力を流し込み続けた。

 まるで、自分自身もこの森の一部になったかのような、そんな錯覚さえも抱く、長く長い時間が流れてった。


 朝が来て、夜になり、また朝が来て、また夜になり……

 そうして五人は、四日目の朝を迎えたのだった。


 永遠の眠りから覚めたかのような、清々しい気持ちで、五人はそっと目を開いた。

 体は疲れ切っていて、座っているのがやっとなほどではあるが、その心は充足感に満ちている。

 そして、それぞれの手の中には、最大限にまで魔力を含んだ、七色の輝きを放つマハカム魔岩が握られていた。


互いに目を合わせて、微笑む五人。

 その隣には、朝日が輝く中、眩しい光に照らされながら森の中に佇む、美しいユイシャの笑顔があった。






「私にここで皆様を待つようにと言ったのは、初代国王ヴェルハーラです。彼は、光の魔法を行使する、偉大な魔導師……、いえ、偉大な賢者でした」


ユイシャの言葉に、驚く五人。


「初代国王ヴェルハーラは、銀竜イルクナードに真正面から立ち向かった、とても勇敢な魔導師でした。荒ぶる銀竜は、己が使命を忘れ、各地に雷を落とし、白い炎でもって大地を焼き尽くしました。人々はおろか、沢山の魔物や獣が犠牲となりました。ただ、白の炎が森に燃え移る事は決してありませんでした。それは、銀竜イルクナードの、自然を守る者としての力が故でした」


ユイシャは、遠い昔を思い出しながら語った。


「ヴェルハーラは、イルクナードに問いました。『何故、人々を皆、亡き者にしようとするのか?』 と。イルクナードは答えました。『我は自然を守りし者なり。人が壊そうとする物を守る為、人を亡き者とする以外に方法などないのだ』。その言葉に、ヴェルハーラは反論しました。『人とて自然の一部である。何故、共存の道を探さぬのか? 人と自然は、共に生きては行けぬと言うのか?』と……。そのヴェルハーラの言葉で、イルクナードは我に返ったのです。人も自然の一部である、その事にようやく、イルクナードは気付きました。そしてヴェルハーラは、イルクナードに約束をしたのです。必ずや、人と自然が共存できる国を作ってみせると。その言葉を信じ、イルクナードはこの世を旅立ちました」


「旅立った? どうしてイルクナードは、その……、死んでしまったのですか?」


エナルカが尋ねる。


「イルクナードは、自然を守る者であると同時に、己も自然の一部なのです。自らの生み出した雷と白き炎によって、イルクナード自身も傷付き、弱っていました。ヴェルハーラがイルクナードと言葉を交わし、約束をしなければ、イルクナードはその身が滅び、魂が燃え尽きるまで、その怒りの炎を大地に、人々に浴びせ続けたでしょう。しかし、ヴェルハーラの言葉によって、その心が救われたイルクナードは、穏やかな気持ちで、生まれた場所であるボボバ山にて、その生涯を終えたのです。この国に平和が訪れた……、誰もがそう思っていました。しかし、ヴェルハーラは違った。私の未来予知の力をもってしても見えなかった、ある未来を、ヴェルハーラは予期していたのです」


「その未来とは? 竜の子ワイティアの事ですか?」


マンマチャックが尋ねる。


「ワイティア、という名なのですね、あの幼き竜の子は……。イルクナードは生前、ボボバ山のどこかに、自らの意志を継ぐ者を残していったと、ヴェルハーラは言っていました。そして、その者はいつの日か必ず、人々に牙を剥くはずだと……。それがいつになるのかは分からないけれど、歴史は必ず繰り返される。その日が来るまで、ここで、待って欲しい……、自らの意志を継ぐ者たちが現れる、その時まで……。そして伝えて欲しい、過去に起きた事の全てを、と」


「じゃああんたは、いつ来るかもわからないその時を……、俺達を、ここで待っていたのかよ。何百年も、ずっと……?」


 ジークは、険しい表情で問うた。

 何故そのような事が出来る? 同族の者が皆去ったこの地で、たった一人で……、何故?


「そう、なりますね……。けれど、あなたが心配してくれているような寂しさや悲しみは、この数百年間、一つも感じませんでした。そして私は今、心からの喜びに満ちています。愛する友の言葉を信じ続けた自分は正しかったと、胸を張ってこの世を去れるからです」


 そう言うと、ユイシャの体は、徐々にその輪郭を失っていく。

 景色に溶け込むように、服も肌も、透明になっていくではないか。


「ユイシャ様……、もしかして、あなたはもう……?」


 テスラの問い掛けに、ユイシャは頷く。


「私には見えています。この戦いの結末が……、その先に待つ、未来が……。さぁ、選ばれし五人の子らよ。今こそ、勇気をもって、立ち向かうのです。その内に秘めた力を解放し、この世界に平和を、この国に安寧を……。頼み、ましたよ」


 ユイシャは優しく微笑みながら、淡い光と共に、その姿を消した。

 そこには少しばかりの、柔らかな魔力だけが残っていた。


「ユイシャさん。ありがとう」


 リオは静かにそう言った。

 手の平の中にある、封印の魔石を握りしめながら……

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