2:黒い牙


「では、今後の作戦のおさらいだ。君達は今から、北西のベナ山へと向かい、マハカム魔岩を手に入れる。その後、王都の東にあるモルトゥルの森へ行き、マハカム魔岩に魔力を込めた後、真っすぐに北へと向かって、ボボバ山の山中に存在する、竜の子ワイティアの本体の入った卵を封印する。先に本体を封印してしまえば、後は思念体を倒せばいいだけだ。そう易々とはいかぬだろうが……、他に方法はない。事は一刻を争う。急いでベナ山へ向かい、マハカム魔岩を手に入れるのだ」


 テーブルの上に広げられた地図を元に、ロドネスは五人に言った。


「リオは確か、ベナ山の出身でしたよね? マハカム魔岩の在処とか……、知っていますか?」


 マンマチャックは、たぶん知らないだろうな、と思いつつも、一応聞いてみた。


「知ってるよ! 随分前に、クレイマンさんと行った事がある!」


 リオの言葉に、四人は驚きつつも嬉々とする。


「ならば問題はないな。マハカム魔岩は、勿論そのままでは使えぬ故。君達の魔力と融合させて初めて、封印の魔法をかけられるようになるのだ。三日三晩、石をその手に持ち、精神統一しながら魔力を込める事で、ようやく封印の魔法に耐えうる魔石となる。よって、マハカム魔岩を手に入れた後、三日三晩、安全な場所で魔力を込める必要がある」


「安全な場所ったって……。王都の東は、危険な魔物がわんさか出てくるって噂じゃねぇか。モルトゥルの森のどこに、安全な場所があるんだよ?」


 ジークが尋ねる。


「その噂は、おそらくだが、ワイティアの策略の一つだろう。モルトゥルの森は本来、魔力の集まる場所だ。人々から魔法の力を奪いたいワイティアが、そこへ近付かぬようにする為に、そのような出鱈目な噂を人々の間に流したのだろう。その森の奥深くには、人も魔物も寄せ付けない、静かなる妖精の森が存在する。そこであれば、思念体であるワイティアも侵入出来ぬはずだ」


「妖精!? 妖精が存在するのっ!?」


 興奮するリオ。


「リオ! 遊びに行くんじゃないんだからねっ!」


 お姉さんぶって、リオを叱るエナルカ。


「妖精に会えるとは限らぬが、敵の侵入はまずない場所だ。そこで三日三晩、精神統一し、マハカム魔岩に魔力を込めるのだ。そして出来上がった封印の魔石を持って、ボボバ山の山中を目指せ」


「しかし……、事は一刻を争います。ここからベナ山まで行くだけでも、おおよその計算で半月以上かかるかと……。そのような事をしている時間は、果たしてあるのでしょうか?」


 テスラが尋ねた。


「そこは、エナルカの出番だ。エナルカ、シドラーから、風神の御心を授かっておるのだろう?」


「えっ!? 風神の御心……、あっ!? ありますっ! 持っていますっ!」


 エナルカは、服の内ポケットから、黄色いガラス玉を取り出した。

 それは、シドラーがエナルカに与えた最後の課題……、エナルカ自身が、風読みの塔から持ち帰った、美しい宝玉であった。


「それは名前の通りに、風神を呼び出すことの出来る魔導具だ。それを使えば、風神の力を借りて、山から山へ、山から森へと、瞬時に移動することが可能になる。以前、私と共に旅したシドラーが使っていたものだ。エナルカ、君もきっと、それを使えるはずだ」


 ロドネスの口から、思わぬ真実を告げられたエナルカは、驚き慌てる。

 まさか、そのような大事な魔道具だとはつゆ知らず……

 今の今までずっと、ポケットの中にある事すら忘れていたのだった。


「すごいっ! じゃあ今すぐに、ベナ山へ向かおうよっ!」


 すっかり元気を取り戻した様子のリオが、急き立てる。


「そうですね。やるべき事は解りました。自分達に出来る事を、精一杯やりましょうっ!」


 マンマチャックも、本来の勇気を取り戻し、鼻息荒くそう言った。


「うじうじしてちゃレイニーヌに笑われちまう……。行こうぜっ!」


 服の袖をギュッとまくって、やる気を示すジーク。


「わわ、私にそんな、風神なんて……。ううん、出来る。絶対に出来るっ! やってみせますっ!」


 エナルカは、不安になりそうな心を奮い立たせた。


「……ロドネス様は、共に来てくださいますか?」


 テスラが、ロドネスの目を真っ直ぐに見て、そう問うた。

 しかしそれは、決して問い掛けではなく、どうか一緒にいてください、というテスラの願いが込められていた。

 しかし、ロドネスは……


「いいや、私はここに残るよ」


 ふっと笑って、首を横に振った。


「……何故、ですか?」


 テスラは、少しばかり泣きそうな顔になる。


「私には、もはや戦える力は残っていない。共に行けば、必ず足でまといになるだろう。そのような失態を、仲間の弟子の前で、……自分の娘の前で、犯したくはないのだよ」


 その言葉にテスラは、全てを悟ったかのように、静かに、ゆっくりと頷いた。


「テスラ……。君には、これを渡そう」


 ロドネスは、首から下げていた黒い牙のネックレスを外して、テスラの細い首にかけた。

 艶めくその黒い牙は、まるで磨き上げられた宝石のように美しい。


「それは、黒竜の血を引くダース族の、選ばれし者にのみ代々伝わって来た、ダーテアスの牙だ。君達は勘違いしているだろうが……、黒竜ダーテアスは決して、邪悪な竜ではなかった。その昔、銀竜イルクナードと千年に渡って戦い続けた、勇ましい竜の王だ。戦いの理由は、ただ単にお互いが気に入らなかったから、だと伝わっている。そんなくだらない理由の為に、千年も戦い続けるのもどうかと思うが……。そんなダーテアスの心が、その牙には詰まっている。それには、ダース族が竜化する為に必要な術が施されているのだよ。これを持っていれば、テスラ、君が望めば……。君は、黒竜と化すことが出来るだろう」


 ロドネスの言葉に、五人は一様に驚き、息を飲む。


「しかし……、しかし私は……」


 動揺するテスラ。


「大丈夫。君なら、大丈夫だ。……一目見てわかったよ、テスラ。私の愛しい子。その赤の瞳はダース族のもの。そして、青の瞳は……、それが何を意味するか、自分でももう、分かっているのだろう?」


 ロドネスの言葉に、テスラはこくんと頷いた。


「それでもなお、私はそれを渡したい。大丈夫、テスラ。自分を信じなさい。それを持つべき者は自分であると……、信じなさい」


 ロドネスとテスラは、互いに見つめ合って……


「ありがとう、母さん」


 テスラは、ロドネスの胸に抱き付いた。

 ロドネスは、テスラの細い体を、そっと抱き締めた。

 十五年分の思いをもって、優しく、優しく、抱き締めたのだった。

 

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