7:真の敵

 ***


 十五年前のあの日、あの夜……


 私が眠る城の室内に、一人の子どもが現れた。

 青い瞳を持った、白髪の少年。

 私は咄嗟に、その子どもに言い知れぬ恐怖を感じた。

 しかし、お産を終えてすぐの体は言う事を聞かずに、我が子を抱き上げる事すらままならず……

 少年はこう言った。


『長い間、封印してくれてありがとう。君達のおかげで、僕の中にある魔力が高まったんだ。だからこうしてお礼を言いに来たのさ。だけど……。もう君達に用はない。みんな順番に、あの世に送ってあげるからね』


 平然と、笑った顔でそのような事を言ってのける少年に対し、動けぬ私は叫び声を上げるしかなかった。

 すぐさま、隣の部屋に眠っていたホードラン様が駆け付けてくれたが、その時にはもう、私の体は、巨大な黒竜のものへと変わってしまっていた。

 そこからの記憶は、酷くおぼろげで……

 突然の竜化に、私の精神はついていけず、ただただ我が子を守ろうと、必死になっていた事は確かだが……

 目の前で血飛沫が飛んだかと思うと、ホードラン様は既に亡き者になっていた。

 少年は、生まれたばかりのテスラを抱えて、最後にこう言った。


『大丈夫。この子は僕が責任を持って預かるから。いつか君の元へ返すよ。いつかきっと、ね』


 部屋へと駆け付けた、弟子であるルーベルと、国営軍の副隊長であったオーウェンは、私を見るなり血相を変えて、攻撃を仕掛けてきた。

 無理もない、突如として、城内に恐ろしい古の竜が現れたのだからな。

 しかし……、それを抜きにしても、当時の彼らはどこか、虚ろな目をしていたようだと、今となってはそう思える。


 攻撃を受けた私は、このまま城にいては自分の身さえ危ういと、生まれたばかりのテスラを置いて、このオエンド山へと逃げおおせたのだ。

 それからは……、何年も何年も、この洞窟に閉じ籠り、我を忘れぬようにと、一つの箱に様々な物を詰め込んで近くに置き、時折眺めては、愛しのホードラン様の顔や、残してきたテスラの顔を思い出していたのだが……

 それもいつしかなくなって、知らぬ間に、十五年の歳月が流れていた。


 ***






 ロドネスは話し終えると、疲れたような顔をして、ふ~っと重い息を吐いた。


「……テスラ、カップを出せるか?」


 ジークの突然の問い掛けに、テスラは驚いたが、何も言わずに鞄の中からカップを一つ取り出した。

 それを受け取ったジークは、魔法陣を発動させて、カップの中に、少し色のついた水を生成し、ロドネスに手渡した。 


「回復効果のある水だ。少しでも、魔力が回復するといいが……」


 不器用なジークなりの、精一杯の優しさだった。


「ありがとう。君は、レイニーヌにそっくりだな」


 カップを受け取って口へと運んだロドネスは、ふっと笑ってそう言った。


「その……、竜化してしまったのは何故ですか? 何故突然……? 御自分で竜化されたわけではないのですよね?」


 マンマチャックが尋ねた。


「私の記憶が定かなら、自分で竜化した覚えはない。何か、逆らえぬ大きな力によって支配された……、ように感じた。君たちの師である五大賢者が、様々な呪いによって死に至らしめられた事を考えると……、おそらく、私にも何かしらの呪いがかけられたのだろう。竜化の術を解けぬという、恐ろしい呪いだ。竜化は、洗練されたダース族の魔導師であれば、使う事の出来る術ではあるものの、行使する際には多量の魔力を要する。故に、長年に渡ってそれを行使し続ければ、その命を削っていく事と同等になる。あの少年は……、私に竜化が解けぬ呪いをかけて、じわじわと命を削って殺す事が目的だったのであろう。しかし、先ほど君たちがここへ来た途端に、その呪いは解けたようだ。何故だかは分からぬが、私の中に先ほどまであった、何者かに支配されているかのような禍々しい感覚が、今は全て無くなっているように感じる」


 ロドネスの言葉に、リオ達五人は、順番にお互いの顔を見比べて、気まずい雰囲気となる。


 何故、ロドネスの呪いが解けたのか……

 その理由を、五人は口に出さずとも、薄々と勘付いているのだ。

 そして、その事が何を意味するのかをも五人は理解しており、自分達はやはり、とんでもない事をしてしまったようだと、言葉を失い、顔色を悪くしている。


「質問を戻そうか……。君達は何故、どうしてここに来た? 他の五大賢者は呪いでこの世を去ったと言ったが……、いったい、何者がそのような呪いをかけた? もしやとは思うが……。私に竜化が解けぬ呪いをかけたあの少年が、五大賢者に呪いをかけ、命を奪ったのではあるまいな? だとしたら……、答えはただ一つだ」


 ロドネスの言葉に、その先を聞きたくないと思う五人。

 しかし、その言葉を聞かなければ、真実へと辿り着けないのもまた事実である。


「その、答えとは……?」


 意を決したテスラが、静かに尋ねた。


「私に呪いをかけたのも、他の五大賢者に呪いをかけたのも、同一の者であろう。我ら五大賢者に恨みを抱き、また自分を生み出しし銀竜イルクナードの大いなる意思を受け継いでいる者……。他ならぬ、竜の子ワイティアの仕業に違いない」


 五人にとって、聞きたくなかった事実、考えたくなかった結論。

 しかし、それが真実に違いないと、それぞれがそれぞれに、心の中で理解していた。

 そして、自分達がここまで来た理由、その意味も、五人は理解し始めていた。


「自分達は……、ヴェルハーラ王国の現国王である者の命令で、この地を訪れました。邪悪なる力の根源とされる、黒竜ダーテアスを倒すようにと仰せつかって……。しかしそれは全て、仕組まれた罠だったようです」


 悔しそうに歯を食いしばるマンマチャック。


「つまりこうか……。あいつは、五大賢者と、五大賢者が行使した封印の魔法が邪魔だった。だから、封印を解く鍵を持った俺達を、ここへ来させたんだな。あわよくば、俺達とロドネスを相打ちにさせようとでも思ってたんだろうよ。マハカム魔岩を一つにして封印の魔法を解き、五大賢者全てを亡き者にして、この世を支配する為に……。俺達は、その策略にまんまとはまっちまって、封印を解いちまったってわけか……」


 ジークは、表情こそ変えないものの、両手の拳をきつく握り締めている。


「まさか……。マハカム魔岩を、一つに合わせたのか?」


 ロドネスは、明らかに声色を変えて、眉間に皺を寄せた。


「あ、はい、思わず……。というか、箱を空けて、ロドネスさんのマハカム魔岩のペンダントを僕が取り出すと、どこからともなく気味の悪い声が聞こえてきて……。それで、みんなのペンダントが独りでに一つになって、次の瞬間にはもう、粉々に砕け散ってしまったんです」


 悪気なく、淡々と話すリオに対し、唖然とするロドネス。


「やっぱりあれは、その……、封印が解けたって事なんですよね? だとしたらその……。ボボバ山にあるっていう、銀竜の卵が……、孵っていたり、して……?」


 おそるおそる尋ねるエナルカ。


「おそらくそういう事だろう……。そうか、私の呪いが解けたのもきっと、もう呪いをかけておく必要がないと判断した為か……。竜の子ワイティアは、本当の意味で、この世に解き放たれたのやも知れぬ……。事は一刻を争うぞ。君達は急ぎ王国へ戻って、現国王にこの事を伝えよ。私を邪悪なる力の根源であるという妄言を吐くような王ではあろうが、王は王だ。急ぎ伝え、国の全勢力を持ってワイティアを迎え撃たねばならぬ」


 殺気立つロドネスを前に、五人は目を逸らし、揃って渋い顔になる。

 このような反応をする五人を、ロドネスは怪訝な表情で見つめる。

 だがしかし、先ほどのマンマチャックとジークの言葉を思い返し、ロドネスはすぐにその表情を変えて、最悪のシナリオを自身の中で描き上げた。

 恐れていた事が現実となってしまった事を、ロドネスは瞬時に理解した。

 そして、テスラがそれを告げた。


「国王は頼りに出来ません。何故ならば、私達をここへよこしたその国王こそが、竜の子ワイティアなのですから」


 テスラの言葉に、ロドネスも、リオ達も、言葉を失ってしまった。

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