第6章:光の城
1:スヴェート城
「リオさんに、マンマチャックさんや、お客さんがお見えだよ」
体格の良い宿屋の女将がそう言ったのは、それから四日後の事だった。
西区の宿屋で共に寝泊りしていた四人は、昼間はそれぞれに町で情報を集め、夕方には宿に帰ってきて一日の成果を報告し合う、といった生活を送っていたのだが……
五大賢者の最後の一人である、常闇の主、魔導師ロドネスの行方は判明しなかった。
それどころか、町の人々の口からは、魔導師ロドネスはずっと昔に死んだ、などという言葉まで出てくる始末。
四人は途方に暮れていた。
そんな時だった、宿屋に、リオとマンマチャックを訪ねて、国営軍の者がやって来たのは……
宿屋の女将に呼ばれたリオとマンマチャックは、二人で宿屋の一階へと向かう。
入り口付近に設置されている待合の椅子に座っているのは、青い軍服に身を包んだ、少し年老いた男だ。
白髪交じりの頭、豊かな口髭、鋭い目は鷹のよう、胸にはいくつもの記章を着けていて、見るからに階級の高い軍人だとマンマチャックは理解した。
リオは、なんだかよく分からないけれど、凄く偉い人が訪ねてきたな~、と考えている。
「クレイマンの弟子リオと、ケットネーゼの弟子マンマチャック、だな?」
そう尋ねてきた軍服の男に対し、リオはなんとなしに笑顔を向け、マンマチャックは真顔で頷いた。
「私は国営軍所属の国王直下の軍人でね、名をオーウェン・ポロロスという。オーウェンと呼んでくれたまえ。今日は二人に聞きたい事があって、こちらに寄せてもらったのだよ」
オーウェンと名乗った軍人は、自分の向かい側にある椅子に座るようにと、リオとマンマチャックに促した。
リオは笑顔のままで椅子に座り、マンマチャックは緊張した面持ちで椅子に座った。
楽観的なリオは、いったい何を言われるのだろう? と、ウキウキした気持ちでいる。
しかしマンマチャックは、先日町の男に大火傷を負わせたリオの行動がばれて、自分たちを捕まえに来たのではないのかとビクビクしていた。
そんな二人の様子を、柱の陰から見守る者が二人。
ジークとエナルカである。
ジークはこれまでに、何度も王都に出入りした事があり、オーウェンの服装から、彼が何者なのかという事については大体の察しがついていた。
それに加えて、この後に起こり得る事を明確に推測できているので、余裕の表情でその光景を見つめている。
一方エナルカは、見た事のない怖いおじさんがやって来て、理由はさっぱり分からないが、何やらただならぬ状況なのではないかとソワソワしていた。
「単刀直入に聞こう。五大賢者、クレイマン・ギブルソンと、ケットネーゼ・ルルルは健在かね?」
オーウェンの言葉に、リオの顔からは笑みがなくなって、マンマチャックは少しばかりホッとした。
ジークは、やはりな、といった顔でニヤリと笑い、エナルカは、何故そんな事を聞くのだろう? と思い、眉間に皺を寄せている。
「クレイマンさんは……、もう……」
俯き加減になって、ポツリと零すリオ。
「魔導師ケットネーゼも、呪いにかかって石となり、亡き者となりました」
真っ直ぐな瞳で、マンマチャックが答える。
「やはり、そうだったか……」
オーウェンは大きく息を吐き、視線を天井へと向けた。
そのまましばらく沈黙が続いたが、ドスドスという足音で、オーウェンは後方を振り返った。
「そいつらだけじゃねぇ。水の魔導師レイニーヌも、風の魔導師シドラーも、もうこの世にはいねぇよ」
オーウェンの目に映ったのは、見上げるほどに大きな青年、ジークだ。
そのあまりの大きさにオーウェンは多少驚いたものの、巨人の血を引くアレッド族の者であると瞬時に理解し、思考を会話へと戻した。
「それは……、真かね?」
「紛れもない真実さ。俺はレイニーヌの弟子、ジークだ。この目でレイニーヌの最後を見届けた。で、そこに隠れている奴が、シドラーの弟子だ」
未だ柱の陰に隠れているエナルカを、ジークが指さした。
オーウェンの視線が向けられたエナルカは、ビクッと体を震わせたものの、怯えていてはいけないと己を振るい立たせて、柱の陰から姿を現した。
「なんと……、五大賢者全てが、この世を去ったというのか……?」
オーウェンは額に手を付き、明らかに動揺している表情を見せた。
その言葉に四人は、諦めにも似た感情を抱く。
オーウェンは、「五大賢者全てが」と言った。
即ちそれは、五大賢者の残りの一人、リオ達の探し人である常闇の主ロドネスも、既にこの世を去っているということなのだ。
町での噂を聞いてはいたものの、それらを信じたくなかった四人だったが……
国営軍の軍人だというオーウェンの口からそれを聞いたとなると、それが真実なのだと受け入れざるを得ない気持ちになったのだった。
「事は一刻を争う。リオ、マンマチャック、ジーク、そして……、そちらのお嬢さん、お名前は?」
「あ、はいっ! エナルカと申しますっ!」
シャンと背筋を伸ばして、エナルカは答えた。
「では、エナルカも……。今から君達を城へと招こう。国王と謁見し、五大賢者の身に何が起こったのか、それぞれの口から説明して欲しい」
オーウェンの言葉に、リオは目を真ん丸にして驚き、マンマチャックはごくんと生唾を飲んだ。
ジークはふ~っと息を吐き、エナルカは唇を噛みしめて両手をきつく握り締めていた。
王都ヴェルハリスの中央に位置する城、スヴェート城。
第五代国王即位に伴い建設されたその城は、数百年の歴史を持ちながらも、今なおその荘厳さを失わずにそこにあった。
それは、大理石のような白く磨かれた岩で造られており、日の出には朝日を受けて光り輝き、夕刻には夕日のオレンジ色を反射させることから、国民の間では光の城と呼ばれていた。
オーウェンに連れられて、リオ達四人は、城の入り口である大きな鉄の城門をくぐり、城内へと足を踏み入れた。
最初に通された場所は、とても広い玄関ホールだった。
外観に劣らぬ白い壁に、黄金の照明具、足元には赤い絨毯が敷かれており、至る所に青い軍服を身に着けた軍人が立っている。
天井は見上げるほどに高く、遥頭上にはキラキラと輝くガラスのシャンデリアが設置されているのが見えた。
目の前にある大きな階段の上部には、現国王である若きヴェルハーラ十七世の肖像画が飾られており、優しげな笑みを讃えている。
花瓶に飾られた美しい花が甘い香りを漂わせて、どこからか安らかなピアノの旋律が聞こえてきていた。
オーウェンの後に続いて、玄関ホールを横切り、大きな階段を上る四人。
どこもかしこも洗練されたこの空間に、四人は完全に圧倒されていた。
階段を上り切ると、大きな両開きの扉が目の前に現れた。
「ここが、国王がおわす玉座の間だ。国王であらせられるワイティア様はとてもお優しく、寛大な方ではあるが、くれぐれも粗相のないように」
オーウェンに釘を刺された四人は、コクンと頷く。
しかし、それぞれの内心は……
リオは粗相の意味が分からず、とりあえず頷いただけだった。
マンマチャックは、城に向かうと聞いた時から、リオが粗相をしないかとても心配で、オーウェンの言葉はまるで聞いていない。
ジークは国王に対しても遠慮はしないつもりでいるし、エナルカは話などできないほどに緊張していた。
オーウェンは、そんな四人を少し心配そうな目で見つめながらも、この四人に頼る以外他に道など在りはしないのだ、と自分に言い聞かせて、目の前の扉をゆっくりと押し開けた。
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