第11話 魔法使いと、七色の剣
「こいつは、お前の魂を食らうつもりだ。麻賀多くんは、できるだけ遠くにいて」
強い口調で言われるがまま、おれは後ろに下がる。
反対に、前に出た浅間澪那は長い棒を――おそらくは杖を――構えた。
それで気づく。彼女が着ている奇妙な衣装は、魔法使いの恰好なのだと。
浅間が、地面を蹴った。
するとどういう仕掛けだろう? 黒髪の少女は、氷上を舞う人のように滑走した。
白い怪鳥が、彼女をねらって噛みついてくる。
しかし、浅間は宙を軽々と舞い、さながら熟練の闘牛士のごとく、噛みついてくる化け物を余裕の体でかわしていく。
振るたびに杖は、蛍のような微光を帯び、残像を残してしなった。
その一擲、一擲は、さほど力がこもっているようには見えない。
にもかかわらず、彼女が杖を振るうごと、化け物の動きは鈍くなり、確実に体力を奪っていっているのが判った。
分が悪いと判断したか、化け物は浅間から距離をとって、大きな羽根を広げた。あいつが飛び立つと、厄介なことになりそうだ。
「ふっくっく……しょーがないな。もっとカッコイイところを見せたかったけど、一気に片付けるぞ」
そう言って浅間は杖を前方に掲げると、宙に印でも描くようにゆっくりと動かした。
すると月のように穏やかな光が灯り、
そして。
「――舞い上がれ、我が魂。雪月花(Snowy-Moony-Blossom)!」
「な、何わけわからないこと言ってっ………え?」
謎の呪文とともに、おれの頬を掠めたのは一片の、桜の花びら。
いや、一片どころではない。信じられないことに、何もない空間からピンクの美しい花びらが生じ、風に乗って舞い上がっていた。
浅間が持つ杖を中心に、凄まじい桜吹雪が巻き起こり、それが光の渦となって化け物を埋め尽くしていった。
花弁が触れた部分からジュワっと、氷が溶けるような音と煙が上がる。
《Ushoaaaaaaaaah!!》
花に埋もれた化け物は、二・三度もがいたのを最期に、粉微塵に砕け散った。残った灰は風によって、跡形もなく吹き散らされていく。
「すごい………」
そう呟くことしかできなかった。
けれど頬が緩み、自分が喜悦の表情が浮かべているのが判る。まるで本物のヒーローに助けてもらったような心境を、この歳になって味わうとは思わなかった。
ちょっと違うところがあるとすると、浅間の方も得意そうな顔を隠しきれないでいるところだった。大袈裟に胸を張って、こちらへ振り返った。
「ふっくっく……麻賀多シントよ。とうとうお前も、あたしの真の姿を知ってしまったようだな。またあのような災いが襲ってきたら、あたしが魔法で征伐してくれよう………大船に乗ったつもりでいるがいい」
『え―――?!』
得意満面に告げる浅間。しかし、彼女が近づいてこようとしたところで、気がついた。
―――もう1匹、いる。
反対側のプラットホームの、屋根の上。彼女の位置からは、死角だった。
そいつは獲物を狙うように屈みこみ、人間など一呑みしてしまいそうなあの大きな口を開けて、
浅間めがけて、急降下した。
その不意打ちを、彼女も察知した。しかし、遅い。
「ッ!?」
すでに、おれは駆けだしていた。
後になって『その時、お前は何をするつもりだったのか?』と問われても、答えることはできない。
ただ夢中で飛びこみ、浅間を突き飛ばすようにして、その化け物の前に立ちはだかった。せいぜい身体の前で腕を交差させるくらいしか、おれにできることはなかった。
「麻賀多くん!?」と叫ぶ声がした。
おれは目を閉じた。誰でも、自分の身体が引き千切られたり、磨り潰されたりするところは見たくないものだ。
しかし、痛みは、訪れなかった。
痛みさえ感じずに死に、あの世へと移行したような感覚もない。
おそるおそる、目を開く。
化け物との間を遮り、おれを護っていたのは、宙に浮かぶ奇妙な光だった。
いや、ただの光ではない。
――刀身が、七色に耀く、摩訶不思議な
不可解なその刃は、
「なん………だ、これ――――?」
ふしぎだった。
存在そのものが――いまここに、それが在るということが、まったく理解できないような、奇しき耀きを放つ剣。
そんな剣が目の前に現れ、柄をおれの方に向けて、宙に浮いている。
すべきことは、とても単純だった。
何かに導かれるように、おれが持つことを待っているような柄をつかみ……まっすぐ突き出す。それだけで良かった。
うめき声さえ残さない。おれの剣が突き刺さったところから、あたかも台風が、自らを巻きこんで霧散してしまうように、強いエネルギーの旋風だけを残して化け物は消滅した。
「や、やっつけた、のか……?」
世界が、色を取り戻していく。日常に匂いや生活音が戻り、幾多の命が還ってきた。ブーッという、中断されていた汽笛が再開し、電車が到着する。
それだけなら幻覚かと思ったことだろう。だけど相変わらず澪那はおれの隣に――いつの間にか魔法使いルックを解いて――いたし、おれは元いた場所から移動していた。
この成り行きをご都合主義と思うような暇もない。これが小説や漫画であれば、カッコイイ場面だと思われるのかもしれない。そんな奴らに、声を大にして言っておこう。あいにく、ここは現実だ、と。
「やっぱり………」
なのに、奇妙なことはまだあった。驚いているかと思った浅間澪那が、何かに得心がいったかのように大きく頷いていたのだ。
そして他の誰でもない、おれを見つめてこう言う。
「麻賀多シントくん。あなたは、選ばれし者。その剣に選ばれたあなたは―――大災を討ち倒し、人々を不幸にする災いを、全て終わりにすることができる」
そう言われたところで、わざわざ尋ね返す気にもならない。
その場に突っ立ったままでいるおれたちを、後ろの乗客が迷惑そうに避けて乗りこみ、電車が行ってしまうまで、途方にくれていたのは言うまでもない。
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