第6話 夜山での日常

 あの後、二言、三言、言葉を交わしその場を後にする。

街の中心から離れるほど人の密度と喧噪は少なくなっていく。

そのまま歩いて森へと入っていく。

その姿を見るものも、ましてや止めるものもいなかった。


 木々を縫うように跳び、進んでいく。

慣れ親しんだ森の木々が鬼人を助け、外界から守ってくれている。

あのあばら家が拠点だとしたら、この山は鬼人の庭の様なものであった。


 拠点に降り立つと早速交換してもらった味噌で鍋を作り始める。

肉はまだまだあり、今日食べる分には困ることはないだろう。

外の焚火後に火を再び起こすと、肉を一口大に切り分け串に刺していく。

それらを火のそばに刺すと鍋の用意を始める。


 鍋の具材はすでに切り分けられており、あとは煮込むだけである。

すぐそばに沸いている湧き水を鍋に入れ、畑で育てた根菜や山菜、肉を煮込む。

肉から出てくる灰汁を丁寧に取り除くと、先ほど手に入れた味噌を適量鍋に放り込む。

そうすると鍋からは腹を刺激するような香りが立ち始める。

その匂いを嗅ぐと腹の中身が急激にしぼんだような感覚がし、腹から音が鳴り響く。

口の涎を拭いながらそれらを口に放り込むのだった。


 料理を食べ終わった後鍋を片付けているとあたりは暗くなっていた。

夜になると山は騒がしくなる。

その騒がしくしているものの正体は様々だった。

木の洞には狐のような見た目をしている空飛ぶもの。

他の木には人間の子供ほどの背丈のものが飛び出し、同じ見た目のものと円を囲み踊っている。

川には真丸の鱗の集合体のようなものが飛び跳ね、泳いでいる。

大岩の上には岩に手足を生やしたものが上に座り空を眺めている。


 夜は彼らの時間だった。

そのものたちは自然に宿り、その宿主の分身のような存在でもあった。

彼らのような者たちを精霊と呼ぶのだろう。

彼らは人に積極的に害を与えようとはせず、かといって協力するようなこともない。

人間に対して無関心なのだ。

たまに物好きが良くも悪くも人間と関わるものもいるらしい。


 そんな精霊たちの宴は今夜も山を包み込む。

あばら家に入りむしろの上に寝転がり、鬼人の今日という日はこうして終わりを告げる。


 その日、なぜだか精霊が夢に出てきたような気がした……。

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