第18話 説く
昨晩、俺は街中に影獣が出現したことをライルカスター元帥に報告してから床に就いた。人を襲いだす前に俺が殺したこと、皇国を覆っている結界に穴が開いている可能性があること、加えて、今後は街中にも軍属の魔法士を配置すべきなど、小一時間程話し込んでしまった。
結論として、元帥からは結界の点検、並びに接近してくる影獣を迎撃する魔法士の再教育、街に常駐する魔法士の増員が告げられた。それと、このことは原則として郊外しないように、という通達も。街に住む一般人は影獣のことを詳しく知らず、突然街中にも出現すると知れば、大混乱を招きかねないから、とのこと。
個人的に言わせてもらえば、大々的に口外して平和ボケしている国民の危機意識を煽るべきだと思うが、元帥にその考えはなかったらしい。その辺りのことは俺の専門外だし、元帥ら軍や国の上層部が考えることなので、特に何も言わなかったが。
それと、影獣を余裕で倒せるのなら戦線に復帰すればいいのではないか? と、どさくさに紛れて言われたが、その言葉が出てきた瞬間に通信を切断してやった。俺はもう、軍には戻る気はないという意思表示も込めて。
そんな濃密な一日が過ぎ去った、翌日の塾。
「それで……結局カルミラさんは先生の家に泊まったのですか?」
「あぁ。寒空の下に放置するのは無理だからな。家には帰りたくなかっただろうし、選択肢はそれしかなかったんだよ」
授業が始まる前の時間、俺は席に着いていたオリビアの問いに答えていた。今日も先日と同じく、オリビアとエルシーが先に教室に到着しており、時間まで俺と談笑、という構図になっている。ちなみに俺と話すオリビアと違い、エルシーは隣の席で机に突っ伏し小さな寝息を立てている。昨晩も寝不足だったらしい。
「だとしても……いえ、いいですわ。ソテラ先生はカルミラさんに変なことをするような人ではありませんし」
「まぁ、そうだな。そもそも、昨日はうちの同居人がカルミラとよく喋っていたから、俺はあんまり喋れてないし」
「? 一人暮らしではありませんの?」
「あぁ」
実際は一人暮らしなのだが、セレーナはほぼ俺の家にいるので、一人暮らしとは言えないだろう。というか、この子たちには言っていなかったか?
「関係性は曖昧なんだが……まぁ、恋人って言っていいと思う。うん、俺は恋人と二人暮らしなんだよ」
「……恋人がいたのですね」
「意外か?」
「いえ、そこまで驚きはしませんけど……なるほど、悩みを聞いてくれる年上の女性がいたなら、カルミラさんも安心できたでしょうね」
「その言い方だと、俺では役不足という風に聞こえるんだが」
「そういうわけではありませんわ。ですが、相談事は同性同士の方が打ち明けやすいものですから」
「そういうものか」
俺はそもそも悩み相談をする機会が少なかったし、あるとしてもその大半はセレーナだった。オリビアの言っていることは、あまり理解できなかったが……そういうことならば、昨日は猶更、セレーナがいてくれてよかった。
「で、カルミラさんは気持ちを持ち直しましたの?」
「昨晩はセレーナ……俺の恋人の名前なんだが、あいつと話していたし、大分気持ち的には楽になったんだろう。今朝も「お母様を見返せるように頑張ります」って言ってたし」
「それなら、問題はないですわね」
俺も頷く。
完璧に持ち直したとは言えないが、完全に心が折れる、という状態に陥ることはないだろう。セレーナは昨晩何を話したのかを教えてくれないのだが、カルミラの様子を見る限り彼女のためになることを沢山話してくれたのだろう。
「カルミラの母親は特異体質に対する理解に乏しいし、それはどれだけ言葉で説得したところで理解を持ってもらうことはできないだろう。だから、実績と成果で示すしかないんだ。カルミラが立派な魔法士になり、多大な成果をあげたなら、きっと彼女のことを認めてくれると思う」
「カルミラさんは、新しい目的を見つけた、ということなんですね」
「そういうことだな。あと、俺があの子の父親に啖呵切ったのもあると思う。軍に居た頃からの知人だから、ついつい強気に出ちまってな」
「あの子に余計なプレッシャーを与えないでくださいよ……」
「適度なプレッシャーはあった方がいいと思うが。それに、大変なのは俺もだし」
これでカルミラが魔法士になれなかったら、俺は人生で一番の恥をかくことになる。その時に俺は生きていないと思うが、あの世で不甲斐なさにもだえ苦しみそうだ。
「目標ができたのは結構なことだ。目指すべき明確な指標があるのとないのとでは、努力に大きな差が出るからな。本人のやる気や頑張りにも差が出てくるだろう。だからとは言わないが、オリビアも何か目標を持っていた方がいいぞ?」
「私の目標なら、既に決まっていますが?」
「ほぉ? どんな目標だ?」
問い返すと、オリビアは胸に手を当て、自信満々と言った様子で答えた。
「それは当然、奪還軍の魔法士となり、小隊を持って、ソテラ先生が打ち立てた戦果を超えることですわ」
「俺の戦果?」
「はい。皇国領土の二十パーセントにも上る領域の奪還に加え、個人での影獣討伐数断トツのトップ。超えることは不可能とすら言われている先生の戦果を塗り替えることが、私の目標です!」
帰ってきた答えに、俺は思わず言葉を失ってしまった。
俺が現役時代に打ち立てた戦果について話したことはなかったが……恐らく、彼女の父親が酒に酔っぱらったか何かで喋ったのだろう。
いや、しかし……俺の戦果を超える、か。
「大きく出たな。俺を超えるってことはつまり、今のアルシオン皇国領を更に二十パーセント拡大することになるぞ? しかも、討伐数だけじゃなく、その中には危険度の高い影獣が何体も含まれている。軍に入った後、周囲に話して見ろ。無謀だと鼻で笑われるぞ?」
「無謀だと挑戦する前から言われても、信用できませんわ。それに、私は自分の力を第一に信じますもの。誰に何と言われようとも、その目標に向かって進みます」
興奮からか立ち上がり、上気して赤くなった頬で宣言するオリビア。だが、俺は熱くなった来た彼女に駄目だし。
「はい。自分の力を第一に信じている時点で、お前は俺の記録を塗り替えることはできない」
「ど、どうしてですか? 戦場で最も頼りになるのは、自分の力で──」
「だから、それが駄目だって」
まだ戦場を知らない、典型的なお子様だ。魔法士を志すのではなく、夢見ているだけの少女に過ぎない。
確かに戦場で自分の力を信じることは大切だろう。どうしようもないピンチになった時、頼りになるのは自分の力量だけだから。
だが、最初からそれだけしか信じてこなかったのなら、恐らく夢半ばでリタイアすることになる。
「いいかオリビア。戦場で最も大切なことは、自分の力ではなく仲間の力を信じることだ。影獣の領域には、常に仲間を連れ添って進むことになる。こいつらなら背中を預けられる、こいつらと一緒なら大丈夫。そう思える仲間を作ることが大事なんだよ。現に、俺の戦果も大半は仲間と一緒に打ち立てたものだ。討伐数も、奪還した領土の広さも、俺一人では絶対に成し遂げることはできなかった。全員、俺を置いて先に逝っちまったがな」
「……」
「まぁ、今は自分の力を磨くことに専念しろ。ただし、それは将来自分の力を第一に信じるためじゃない。お前になら背中を預けられると、誰かに思ってもらえるように、力を磨くんだ」
オリビアが無言で立ち尽くし、やがて言葉を発しないまま椅子に腰を下ろした時、教室前方の扉が開かれ、最後の一人であるカルミラが入室してきた。
昨日の夕方に見たような陰鬱な様子ではないが……何処か緊張しているように見える。
「お、遅れました」
「別に遅れているわけじゃないが……どうかしたのか?」
何だか様子がおかしい、と思い俺はカルミラに声をかける。
オリビアも心配そうに彼女を見つめる中、カルミラは暫しの間長考し、やがて意を決したように口を開いた。
「実は──」
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