リア充爆破委員会
メモ帳
春の陣 YEAR1
前編
リア充爆破委員会
「高校は学問に勤しむ場である」
と、入学式にて、生徒会長は声高々に告げたらしい。その発言を聞いて、言葉の真意を理解し、心の底から頷くことができた人間がどれほどいるだろうか。俺は自信を持って、「いない」と断言できる。
おそらく新入生の大半が、夢を抱き、希望に目を輝かせ、新品の制服をきっちりと着こなしていたはずだ。勉学を頑張りたいと思っている者もいるだろう、委員会に全力で取り組もうとしている者もいるだろう。もしくは……恋人の一人や二人できるだろうと夢想している輩もいることだろう。
本校に入学を果たしたからには、勉学は問題なく打ち込めるし、委員会活動はかなり楽しく行えるはずだ。問題は『恋人ができる』と取らぬ狸の皮算用をして、息巻く阿呆共だ。奴らは、この高校に来たことを後悔することになる。
何故そんなことが分かるのか?
俺は一緒に帰る男女が、爆発する様を見た。何が起きたのか分からぬまま、逃げ出す二人の男女の行方を俺は知らない。犯人は分かりきっている。我が校の生徒会長である高村慶介だ。
告白のために愛しのあの娘を体育館裏に呼び出し、一晩中待たされた男を知っている。彼の意中の相手に連絡が届かないよう細工をした犯人は、生徒会長こと高村慶介である。
デートの約束を取り付けたにもかかわらず、ドタキャンを喰らった友人の愚痴に一晩付き合った。デートに誘われ準備をしていた女子高生に、どうしても外せない用事を生み出した錬金術師は、生徒会長の高村慶介である。
さて、そんな極悪非道、リア充を潰すことに人生を賭けている男は、この高校の生徒会長かつ、リア充爆破委員会の会長という華々しい経歴の持ち主であった。さらに付け加えるならば、ジャニーズ顔負けの二枚目に加え、成績優秀、運動神経抜群と来ている。彼を愛し敬うファンクラブまで存在する始末だ。
そんな彼が牛耳る高校にて、あらゆる妨害工作を乗り越え、リア充になりたいと言うのならば、それ相応の覚悟と、策略と、運が必要となるだろう。少なくとも、俺の周囲で成功した人間はいない。
そんな高村慶介と切りたくて仕方のない腐れ縁を結んでいる俺は、半ば無理矢理、リア充爆破委員会の構成員に名を連ねることとなる。猛威を振るっているリア充爆破委員会の活動に巻き込まれ、被害を受け、制服は汚れていく。制服の汚れと、心の汚れは比例する説を提唱したい。
まぁ、そんなことはどうでもいい。新入生を除く在学生の間で、『リア充』という言葉の存在が消えかかっている時、俺――斉藤隆一を中心に騒動が引き起こされる。その話をしよう。
〇
この短い人生で初めての一目惚れであった。
初めて見た彼女は、桜を見上げていた。本学園の正門から伸びる桜並木を。
皺一つ無い制服に身を包み、長く艶やかな黒髪が歩く度に揺れている。ただ歩いているだけで気品が感じられる様は、多数の高校生が群れる風景の中で一際目を引いた。友人と話しながら零れる笑顔の美しさは、何とも形容し難い。自身の語彙力のなさが憎くなる。
そんな彼女を見て、俺は確かに恋をしたのだ。
さて、ではどうするか。平均的な男子学生は、三年生の先輩である彼女と、接点を作り出すため動き出すのだろうが、気弱な俺は何もしなかった。いや、何かしようという発想すら浮かんでこなかったと言うべきだろう。もっというならば、自身が恋をしたかも知れないと気がついたのは、もっと後のことだった。
それからも彼女の姿は時折見かけた。桜並木の下を歩く姿はさながら一つの芸術作品のようである……とそんなことを思いながら過ごす日々。時折校内に響き渡る爆発音に黙祷しつつ、時間は少しずつではあるが進んでいく。
そんなある日。桜の散り始めの頃だったように思う。彼女の名前すら知らなかった俺に名前を教えてくれたのは、意外にも、生徒会長にしてリア充爆破委員会委員長である高村慶介だった。これに関しては感謝しても良いかもしれない。
場所は生徒会室とリア充爆破委員会の会議室を兼任した部屋であり、カーテンは閉め切られている。盗撮や盗聴により、情報が盗まれることを防ぐためらしいが、効果があるのかは知らない。中央に置かれた長机を挟んで一方には俺と覆面被った女子高生三人、もう一方には高村慶介が、ホワイトボードの前に立っている。
「高槻凛、彼女はモテる。何かしらの対策を打たなければ。幸いなことに恋愛に興味はないようだが……」
そう言いながら、高村慶介がホワイトボードに貼り付けた写真は、まごう事なき一目惚れした相手だったのだから驚きだ。彼女はこの数日の間に、複数回、デートに誘われそうになったらしい。その全てが誘いをする前に妨害されたことは説明するまでもないだろう。もしもデートの誘いに成功したとして、彼らが彼女のお眼鏡に適うのかは定かではない、しかしここで上がっている議題は、彼女に思い人がいるかどうか。彼女と腐れ縁であるらしい高村慶介曰く、彼女はそういったものごとに興味はないようだが真相は果たして。偵察班の方々――高村慶介ファンクラブからやって来た三人の報告を聞く。
「男性が苦手なようです」
なるほど。
「学業成績は学年二位です。運動神経は残念なようです」
ちなみに入学した当初から変わらずの学年一位は高村慶介だ。
「放課後、毎日のように図書室で勉強しているようです」
簡潔であり、分かりやすい彼女達の報告を聞き、結果として議論の進展が見られないことにため息をつきながら、見張りの継続を指示した高村慶介。俺の脳内では高槻凛という名前が、何度も浮かんでは消えていた。
ちなみに俺が行っている主な仕事は雑務である。例えば、学校の壁に良く掛けられている『全国制覇』など祝い事の垂れ幕制作や、配布する生徒会発行のフリーペーパーの制作などなど。リア充爆破委員会としての活動ではなく、生徒会としての活動が主だった。
大変そうに聞こえるかも知れないが、皆が考える以上に楽である。埃っぽい生徒会室に籠もり、時折聞こえる爆発音に耳を傾けつつ仕事をこなす。その音の数が、日ごとに少なくなっていることは、誰から見ても明らかだった。リア充爆破委員会の活動はかなり効果的であるらしい。反抗する力を持たない人々に、武力行使は効果覿面である。
高槻凛の情報は毎日のように入ってきた。彼女の美しさと笑顔は、多くの男子高校生を虜にしたらしい。多くの人々が玉砕する以前に、妨害を喰らって倒れていく。そんな話を聞きながら、俺は思わず「可哀想」と声を漏らした。特に意識した訳ではない、完全なる無意識から出た言葉だった。思いを告げる前に諦めざるを得なかった男達への同情の念だろう。
「可哀想? 馬鹿か」
生徒会長からの返答は思いのほか辛辣である。
「俺程度の障害を乗り越えられず、何が恋愛だ。心の底から好きならば、爆発も妨害も何もかも乗り越えて見せろ! 告白はそんな簡単な気持ちでできるものじゃないだろ? 俺はそんなことを、身をもって教えている訳だ。むしろ感謝されて欲しいものだな」
彼の発言は意味不明だったが、その時その瞬間は妙に納得してしまった。なるほど、爆発程度で諦める恋は恋ではないと。覚悟のないものはリア充にはなれない訳か……。
そうか……そうだな……。
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