エクセルは最強なんです!
社会人になってから最初の壁はエクセルだった。いや、正確に言えば、「エクセルを頑として認めようとしない上司」だった。
SAM関数で一発の作業に一週間を費やし、「それ、エクセルでできますよ」と言えば「機械は信用ならん」と首を振る。
令和の時代にそんなことある?
マクロを使えば、三時間かかった作業をクリック一つで終わらせられると力説しても、参照値がずれてて値が間違っていると「ほれ見たことか」と鼻で笑われる。結局、エクセルで出した数値を手計算で検算するという、もはや何をしているのか分からない作業をこなして、アンチエクセル派の上司を脳内で五回は刺しながら帰る途中、わたしは異世界に飛ばされた。
わたしを召喚した神官たちは、皆わたしを御子様と呼んだ。いやいや、ただのしがない事務員ですけど!
動揺するわたしをよそに、金ぴかの王冠を被った偉そうな人が、力を貸してほしいと膝をつく。どうか未曽有の飢饉を救ってくれ、と。
農業はおろか、ガーデニングすらしたことのないわたしにとって、飢饉という言葉自体が未知だった。主食のイモが、前代未聞の冷夏によって不作だという。国の貯蔵庫には大量のイモがあったけど、国民に配ってしまえばとても足りない。
「このままでは、たくさんの餓死者が出る。どうか奇跡の力でお救いください」
残念ながら、摩訶不思議な力も、頼れそうな仲間も、意味深に手を貸してくる神さまらしき存在も、ここまでまったく見当たらない。わたしにあるのは、二十五年分の人生と、持ち帰り仕事用のノートパソコン一つだけ。
各地から集められたイモの数と、それぞれの大きさをエクセルに入力する。
羊皮紙に書かれた数値を、読み上げてもらいつつ入力して比較すると、合計の数にまぎれて、ぽつりぽつりと冷夏の影響を全く受けていない村が見つかった。
その地方のイモを追加で植えるよう指示をしつつ、各地の年齢別人口を元に、子どもが多い地域と老人が多い地域でイモの配布率を変えることを提案する。雷魔法に秀でた魔術師がいて本当に良かった。正確な電圧で充電してもらえる限り、わたしのエクセルは死なない。
なんとか冬を乗り切れる目途が立った時には、文官も、武官も、魔術師も、王族も、立場を越えてよろこんだ。
ありがとう御子様、そう言われるたびに、いえいえこれはエクセルが、と言いたくなったけれど、きっと言っても伝わらないだろう。
喜びに沸く城内に、隣国から使者がやってくる。どうか、うちの国も救ってもらえないだろうか、と。
神聖御子という大層な肩書で乗り込んだ隣のお城に、例の上司がいるなんて出来すぎだった。アンチエクセル野郎は、わたしと抱えたパソコンを見て、スライムが潰れるような声をあげた。
「奇跡の力はお嫌いでしたっけ」わたしがにっこり訊ねると、上司はぎりぎりと歯を鳴らす。
なんとか冬を乗り切って、次は二度と飢饉が起きないよう、収穫率と植え付け面積から取れ高の予想して、人口あたりの必要量を満たすかの検討を各地に義務付けようとしている。あいかわらず、上司はわたしの目を見てくれないけれど、「エクセルも悪くないな」とうっかりつぶやいたのをわたしは聞き逃していない。
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