電車で見つけた女の子は終着駅で結ばれる。

耀聖(ようせい)

第1話 電車で見つけた女の子。

<<とある会社の事務所>>


いつもと変わらない日常、いつものように仕事を終えた若い男はスマホを取り出し退社のアイコンを弄りながら会社を後にした。


「嗚呼、今日は一段と寒いな」


コートの襟を立て寒空の中、寒さを嫌い急ぎ駅に向かいそしていつものように京浜東北線に乗り込み座るとニュース画面を眺めていた。


「そうかクリスマスイブだった」


その車内はいつもと違い赤い帽子を被った女の子、大きなビニール袋の中の紅白のバケツからはチキンの匂いが漏れ出て匂いテロ。白く大きなケーキ箱を持っているサラリーマンの姿がちらほらしてるクリスマスの夜。


<<京浜東北線下りの車内>>


「今年は1人だな。。。んっ」


東京駅を過ぎた辺りから匂いも喧騒も増え始め幸福が充満する車内。その幸せそうな人々の隙間に一瞬不幸を感じた・・。


「なんだ?」


斜め前に不都合を一瞬感じ凝視するも人影に阻まれ、見失った青年はまたスマホ画面に見入る。


<次は〜新橋〜、新橋〜>


「んっ、あれ?」


プシュ〜、ドドド、また大勢の乗客が乗り込み車内が騒がしくなる。するとまた違和感を覚え顔をあげると、青いジャケットを着た女の子は俯き、手にハンカチが握握りしめられていた。


「・・・」


ほんの一瞬見えた女の子はまた人垣に阻まれ見えなくなってしまった。


「なんだろうこの違和感・・」


違和感を感じ少し前のめりでその子を探そうとするが、逆に白いケーキの箱が顔に当たりそうになり姿勢を正すしかなかった。そして時間は無意味に流れてゆく・・・。


<次は品川〜次は品川〜>


多くの人々の乗り換えだろうか乗客が一気に降りていく。男が顔を上げると目に飛び込んできたのは、目を真っ赤に悲壮感漂う今にも泣き出しそうな若い女の子が斜め前にポツンと座っていた。


「この時期に泣き顔とはね・・」


性格がきつい顔立ちでもなく、普通に可愛い育ちが良さそうな二十歳前後の女の子、何が起きたのだろうと一瞬思考を巡らす。


「親の不幸ならここじゃ泣かないだろうし・・友達・・違うな・・・やっぱ男かな・・」


じっとその様子を見ていると、その子とスッと目線が合う。


「どうしたのかな・・」


そして乗り換えの乗客が乗り込む隙間からチラホラ見えていた人影が顔を消し、その悲壮感を漂わせる女の子の、時折見える青のジャケットが探求心を掻き立てるが、邪魔な人垣は無くならない。無常に電車は次の駅に向かうが人々は一向に減らない、逆に多くなっていく一方だ。


<次は〜蒲田〜、次は〜蒲田〜>


この駅は多くの人々が下車する駅だ、大勢の乗客が下車すると京浜東北線の車内は適切な空間に早変わりする。


「あっ、まだ乗っていた」


多くの人々が降りるこの駅で女の子が席を立ってなかった事に安堵する。それは非道と言うのだろうか、人の不幸を覗くのは楽しい事ではないが興味をそそられる事には間違いは無い・・・。


「あの子どこまで行くのかな・・」


スマホのニュース欄の書き込みより好奇心が何とも言えないその異様な雰囲気に心が囚われ、目線と言うのは何か感じるのだろうフッと目が合ってしまう。


「この子、大丈夫かな・・・泣いていたよな」


たぶんきっと男の子の表情は物悲しい哀れみに満ちていたのだろう、その子はジッと目線を外さなかった。しかしその奇妙な視線のやり取りは乗客達によってまたふさがれ、プイっと一瞬でもフッてくれれば急に来る罪悪感から興ざめし興味を無くすはずなのに、最後まで見つめ合う事で思考が違うステップを踏み始めた。


<自殺とか考えてないよな、このままちゃんと帰れるのかな、誰か慰めてくれるのかな>

「俺、何心配してんだろ・・・初めて見た女の子なのに・・」


ぐるぐると思考を巡らす男の子は、その悲壮感の女の子を見てある結論にたどり着いた。


「同じ駅で降りたら声かけようかな・・・」


ーー


<女の子目線>


東京駅、出来損ないのUFOが鎮座している”銀の鈴広場”は待ち合わせ場所としては鉄板だ!


<<少し前の時間。東京駅銀の鈴広場>>


女の子「お待たせ!」

男「。。。」


少し口を尖らせ不機嫌な男の子は挨拶すらしなかった。流行りのジャケットを羽織り流行りの髪型。背も高く結構モテそうないい男。


「どうしたの?ちょっと不機嫌そうだよ何かあったの」

「あのさ帰っていいよ、今日も食事が終わったらまっすぐ帰るんだろ」


ぶっきらぼうにとんでもない事を吐き出す男の子、何か不満があるようだ・・。


「えっ、何でよこれから食事に行くって約束じゃん、いつも言ってるよね門限が厳しいって」

「だからもういいや」

「えっ?何が、よくわかんないよ」


戸惑う女の子、その言葉の意味が全く理解できないようだ。しかし男なら当然の要求をして受け入れられないのが不満らしい・・。


「だから、これ以上進展が無いならもうお前いらない」

「だって、言ったじゃん」

「だからもういいって、時間の無駄だし」


その清楚な雰囲気から想像すると色々と厳しい家柄らしい。しかし若い男は抱けなきゃ価値がない勢いだ。


「そう・・・」

「ああ、こんな日に悪いけどさ、別に相手してんのお前だけじゃ無いから」


既にやれない女に価値がないのだろう、傷つく言葉を当たり前のように吐き出していた。


「えっ、わ、私は」

「だってクリスマスの日に、夜部屋で1人で過ごしても楽しく無いだろ、お前が良くても俺は嫌なの、じゃーな」




「待ってよ」

「もう連絡しないでくれる」


絶望の一言を残し男は背を向け、縁を切るのが使命と言わんばかりに踵を返し足早に消えていく。


「なんでよ・・」


愕然と立ち尽くすその子は指を素早く滑らし連絡を取るが。。。


「もう、ブロックしてる・・・」


途方にくれた女の子は駅舎を出るとフラフラと中央改札を抜け、丸の内側広場に出た。


「ッ!」


クリスマスイルミネートと恋人たちが寄り添い歩くその通りは彼女には苦痛を与えるだけだった。


「もう!」


そしてそれを避けるかのように大手町方面に足を向ける。外は木枯らしが吹き、駅を利用する人は地下道を通り街中の人影はまばらだ。


「寒い、なんでよ、ううう…なによ、なによ、私が何したって言うのよ!」

「どうしてよ、なんでよ、今日は食事の約束したじゃない、どうして・・・・よ」


「ねえ、教えてよ・・うう」


泣きながらフラフラとあてもなく歩き、鎌倉橋の真ん中あたりで立ち止まり、水面を見つめるが「冷たくて汚そう」そう思うと自然と足が先に進む・・。


「嗚呼、もう帰ろう!」


気がつくと女の子は神田駅の近くまで歩いていた。扉が開き俯いたまま車内に入ると、遅れて立ち上がった乗客と入れ違うようにポスンと席に滑り込む。


「もう、もう、なんでよ、言ったじゃん、結婚が決まるまではダメだって・・・」


ーー


お嬢様学校を卒業した彼女は大学に入り初めての自由を得ると、出来たばかりの友達と渋谷に遊びに来ていた。


<<2ヶ月前・渋谷>>


「渋谷に来ても自由に動けなかったな…」

「えっ、そうなの」


彼女は中高一貫校のお嬢様学校に入学すると当然のように送り迎え付き。繁華街に出掛ける時は、使用人か親が同伴する完璧な箱入り娘だ。その立ち姿は清楚という言葉しか似合わない。


「君、可愛いね」

「えっ、そう…(恥」


身長も高く流行の服を着こなし顔もイケメン、そんなナンパ男と初めて言葉を交わした男耐性ゼロの女の子は、恥ずかしさのあまりに俯いてしまう。


「ちょっとお茶しない」

「ええ、お茶程度でしたら…」


街角で声を掛けられ軽い一言で始まりを迎えた交際は、意外な形で終わりを迎えるとはこの時点では夢にも思って無かっただろう…。


ーー


<<京浜東北線下りの車内>>


<次は〜東京〜、次は〜東京〜>


ジッと目の前にある茶色のトートバッグを見ていたが、心はそこには無かった。


「なんでこんな時に・・・私は」


原因は分かりきっていたが大丈夫、彼はわかってくれると自分に言い聞かせ2ヶ月が過ぎた今日、突然別れが訪れた。


<次は〜有楽町、次は〜有楽町>


少し落ち着きを取り戻し思考が現実を伺う頃、無情にも鼻腔を刺激するチキンの香りが気になり始める。


「なんて日よ、周りは幸せ一杯だし、やだこの匂い、私の不幸を喜ばないでよ」


普段より騒がしい車内、笑い声、ベタベタと寄り添うカップル。ガリガリと心を削られてゆく・・。


「いや、もういや、なんで乗って来るのよ、幸せを持ち込まないで!」


周りとは正反対の状況に置かれている女の子は、悲しみと嫌悪感が入り混じり自暴自棄に陥っていた・・。


<次は〜新橋〜、次は〜新橋〜>


「嗚呼もう、最低!、もう嫌!」


悔しいのか悲しいのか、手に持ったハンカチをギュッと握りしめた。


「無・・・・」

「虚・・・」

「悲・・」


色々な思考が無意味に脳裏を通り過ぎ、ただぼーっと時間だけが過ぎて行く。


<次は〜品川〜、次は〜品川〜>


「ンッ?」


そして大きな人の流れが彼女を無の世界から呼び戻す。


「ッ!」


斜め前から来る目線に気が付き絶望と嫌悪感で満たされている彼女は、思わず反発してしまう。


「見ないでよ!」


なんで見てるの?と思う女の子はそれは自分が発する不幸だとはまだ気がついていない。けど自分の素顔を見た男を探すと原因に気が付く。


「そっか、わたし泣き顔か・・恥ずかしいな。。もう、人が多くて見えないよ」

「わたし悲壮感で埋め尽くされているのかな、仕方ないよ、だって、だって、別れたばかりだもん」


「ううう、また思い出したじゃ無い、悲しくなってきたよ、、ウウ・・・・駄目!ここで泣いたら駄目・・」


ハンカチの丸い半透明の増える悲しみを見て必死に耐える女の子。


「けど、だけど、ちょっとだけ拭かなきゃ」


周りの喧騒は彼女の耳には届いていない、1人だけの世界で自分を奮い立たせハンカチで軽く目を押さえた彼女は俯いたままジッとしていた。


<<相変わらずの京浜東北線内・下り電車車内>>


品川を出た京浜東北線は順調に大崎、大井町を通過していた・・。


<次は〜蒲田〜、次は〜蒲田〜>


「ハァ、やっと少なくなった、蒲田か・・」


下を向く彼女は人の足が少なくなった事で周りの状況を感じていた。すると急にまたあの目線が気になり始める。


「あっ、いた、まだいた」


俯いた先にあの、目線が合った男のジーンズが目に入る。


「まだ見てるのかな・・わたしそんなに酷い顔してる?そうよね不幸が服着てあるいているんだよね」


「ねぇ、なんで、悲しい顔するの?見つめないでよ、また、泣きたくなっちゃう、だって今日は悲しい日なんだもん」


彼からは見えないが、彼女からは少しだけ顔がみえていた。

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