コドク 〜ミドウとクロ〜

藤井ことなり

第一話[ある老人の死]

 ユニークな男

 風変わりな建物だった。

 土地はけっこう広く、アスファルトで整地され白線で区分けされた駐車場が四台分あるのに、3階建ての住居の一階部分も駐車場となっている。


 一見、首を傾げるところであるが、注意深く観察すると、1階駐車場部分はもとは居宅なのが見て取れるし、使ってない駐車場部分に朽ち果てたソファやテーブルがあるところを考察すれば、ああ喫茶店だったのを潰して駐車場にしたんだなと推理することができる。


 その建物をじっと観る男がいた。


「どうやら依頼を果たすときが来たみたいだな」


 顔は二枚目半というのがもっとも適当な表現だろう。普段は三枚目キャラだが、真剣な顔になれば二枚目キャラになる。

 白のスーツ姿に黒のシャツ。黒ネクタイは外しているが胸ポケットにチーフ代わりにさしてある。


──結婚式の帰りだろうか──


彼を見た多くの人はそう感想を抱く。


 男は2階と3階の窓、それに1階駐車場脇にある花壇を見たあと、1階部分にある階段を上り2階にある玄関のブザーを鳴らす。


「……はい」


 大分しばらくしてからインターフォン越しに老婆の返事があった。


「あの、わたくし西御堂といいまして、随分前に御主人にお世話になった者てす。近くを通りかかったもので久しぶりに御挨拶にまいりました」


「……主人のですか……」


「はい。奥様にもお会いしております、覚えていらっしゃいますでしょうか」


「…………」


 無言だった。

 しばらく待つと、弱々しい声でようやく返事がきた。


「せっかく来ていただきましたか、主人は寝ておりまして起きません。後日あらためてお願いできませんでしょうか」


「お昼寝中てしたか」


「ええまぁ」


「そうですか、それではまた……おや、これは……」


「どうかなされましたか」


「これって……旦那さんの……、やっぱりそうだ、御主人のですね。そうでしょ、奥さん」


西御堂は玄関扉の覗き穴にハンカチをくっつける、当然なかからは見えない。


「なんですかそれ、よく見えませんが」


「開けてもらえますか、お渡ししたいんで」


「いえ、けっこうです。そこに置いといてください、後で取りますから」


「そうは言っても大事なモノですよねコレ。──分かりました、警察に届けておきます。それじゃ失礼します」


「ま、待って、今開けますから」


 ガチャガチャという音のあと、わずかに扉が開く。

 すかさず西御堂は全力で開ける、ドアノブを掴んだままの小柄な老婆はそのまま外に引っ張り出され、それを躱して西御堂は室内に駆け込む。


「だ、だめ、やめてー」


 老婆の静止を無視して、まるで分かっているように目的のところへと進む。


「……やっぱり」


 予想が確信に変わった瞬間だった。西御堂の後頭部に激痛が走る。


「な……」


 西御堂は薄れゆく意識のなか、頼むぞとクロとだけ願っていた──。


※ ※ ※ ※ ※


 ──壱ノ宮市のほぼ真ん中には国道22号線があり、岐阜と名古屋を繋いでいる。通称名岐バイパスと呼ばれている。

 そこの木曽川町辺りを走ってるパトカーの助手席で新人の牧里子巡査は居心地悪くしていた。


「班長、やっぱり運転代わります」


「いや、このままでいいマキくん」


 無愛想な返事をしながら、班長こと黒田誠吾警部補は壱ノ宮署に戻ろうとしている。

 

 普通なら男性に運転してもらっているクルマの助手席は、女としてはそれなりに嬉しいものだが、上司の運転するクルマというのは本当に居心地が悪い。


 どうしてこうなったかというと、以前マキが運転して黒田が助手席に座っている姿を見た市民が、「可哀想じゃないかあんな子供に運転させて」と通報してきたからだ。

 無視してもいいのに気になったらしく、それ以降黒田が運転する事になった。マキは隣をちらりと見る。


 角刈りが似合う渋い顔にチャコール色のスリーピースのスーツ、白シャツに茶色のネクタイ。西部劇みたいな警察ドラマが昔あったけど、そこの団長さんみたいだなと、いつも思う。


「どうした、マキくん」


「いえ、なんでもありません」


 あわてて視線をバックミラーに移す。そこには童顔で小柄、というよりは小振りで未成年者にみられるが成人女性の自分が写っている。


 ちなみに小柄と小振りにこだわったのは、背は低いが体型プロポーションはけっこういいと思ってるからだ。


 被害者宅に証拠品を返すという新人のマキがやるべき仕事を、なぜベテランである黒田と行くのかというと、マキが刑事らしく見えないのが理由で、ひとりで行くと信じてもらう為にたいてい30分ほどかかる。


 しかし黒田と行けば、警察手帳を出さずともすぐ信用される。だから私達はバディになっているとマキは思っていた。



ピー


─壱ノ宮市千秋町○○○△△△にて死体があると通報有り。ミドウ案件だ、黒田警部補向かわれたし─


「はぁっ」


 思わずマキは声をあげる。木曽川町から千秋町は、署を挟んでほぼ反対側の所だからだ。

 千秋町には交番があるから、そこから駐在員が行った方が早いだろうし、それに何ゆえ黒田が指名されたのが疑問だった。


 黒田が無線を取り、返事をする。


「こちら黒田、了解」


 無線を戻すと、黒田はさらにむすっとした顔でハンドルをきった。


「あの、[ミドウ案件]って……」


「そうか、マキくんは配属されて初めてだったな。やっかい事って意味だよ、これからわかる」


 普段聞かないくらいの不機嫌な声で返事をされたので、マキは驚く。

 そして互いに無言のまま、南下し浅野の交差点で千秋町方面に曲がり、しばらくすると通報のあった所に着いた。


「……玄関が開いてるな……」


黒田がそう呟く。

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