第42話 そして入牢
馬を預けた百姓の家まで戻ると、二頭増えている。黒紐の者の馬らしい。
三人に気づいた男が家から出てきて、ぺこぺこしている。その姿を見て、さくら姫はじろりとふたりを見る。
「お主ら、あるじ殿に何かしたのか」
「いえ、なにも。この馬の主は何処へ行ったかは訊きましたが」
にしては、いつも以上に腰が低い。本当に何もされなかったのだろうかと思っていると、さくら姫の顔から読みとった黒紐のひとりが考えを伝えた。
「おそらく拙者達の格好のせいでしょう、黒の羽織は役人の格好ですから」
言われてさくら姫は合点がいった。となると百姓にとっての役人といえば年貢を担当している勘定方だからそれと勘違いしているわけかと。
「あるじ殿、こ奴らは勘定方ではないから安心するがよい」
そう言われても、何がどう違うのか分からないので、やはり平身低頭のままでいる。
さくら姫は早く立ち去った方が良さそうだと判断すると、元秋からもらった餞別の銭を御礼として渡し、白邸城へと帰途に着こうとした。すると男が恐れ多くもとばかりに話しだす。
「お役人さま、どうかどうか娘を探してください」
さくら姫はしぶきに乗ろうとしたのを止め、何事かと訊ねる。聞けば元秋屋に働きに出てる姉に会おうと城下町に向かった娘が行き方知れずになったとう。役人である勘定方にその事を願い出たのだが、けんもほろろと相手にされなかったという。
ここでも神隠しか。さくら姫は黒紐に目で知っていたかと問うが無表情のまま答えない。その態度に不機嫌となり少し意地悪をしたくなる。
「あるじ殿、その話は承った。さきほど申したとおり此奴らは勘定方ではない、別の奉行の者だ。ゆえに必ず引き受ける」
「ほんとうでございますか」
「ああ。そうだなお前たち、やってくれるよな、このわらわからも頼むからの」
えっ、と驚くが無言のままである。続けてさくら姫は地面に座る。
「どうかこのとおり」
と、土下座をしようとすると、さすがに慌てて自分たちも土下座して頭を下げるのを止めさせる。
「御手を、御手を挙げてください、お願いします。分かりました、やります、やらせてもらいますから、お止めくださいませ」
姫君に土下座させたと知られたら切腹どころではない、罪人として打ち首、下手すれば磔の刑にされてしまう。
「そうか、やってくれるか。頼んだぞ」
にっこりと人たらしの笑顔をふたりに向ける。この飴と鞭の攻撃に逆らえるものはいない。ふたりは瀬月家老頭が手を焼くのも無理ないと腑に落ちるのだった。
あらためてしぶきに乗り、黒紐たちも馬上の人となると前後に挟まれるかたちで戻ることとなった。
※ ※ ※ ※ ※
白邸城から弐ノ宮までは三里程ある。
稲置街道まで出ると、黒紐のひとりは馬を駆け先に戻っていった。おそらく瀬月に報告しに行ったのだろう。
楽田、羽黒と通り、白邸城下町に着く。しぶきを馬番に渡しくれぐれも頼むと伝えると、さくら姫と黒紐は城へと向かった。
この間、二人は会話らしい会話をしていない。
黒紐は務めだから分かるのだが、さくら姫が終始無言なのは不思議であった。
最後に元秋屋に寄ろうとしたが、それを止められる。早く戻らないと困ることになると空を指す、だいぶ日が傾いていた。仕方なくあきらめる。
白邸城の正面門に着いたのは日も落ちかけて薄暗くなっていて通用口をくぐると、なかには先だって城に戻ったもうひとりの書物奉行が待っていた。
「待たせたの、爺のところに行くとするかの」
「御免」
さくら姫が話しかけたその時、後ろにいた男が突如さくら姫の口を塞ぎ羽交締めにする。
前にいた男がさくら姫の両足を持ち、ふたりはさくら姫を抱えて走り出す。あっという間の出来事だったので、何もできないまま連れ去られてしまった。
そして向かった先は白邸城の地下にある座敷牢の中であった。座敷牢に入れられる前に、小太刀と脇差をとられる。
「これらはお預かりします」
投げ込まれるように入れられると、直ぐに入り口を閉められ鍵をかけられた。すぐさま起き上がり、格子越しに黒紐たちに呼び掛ける。
「御主ら、どういうつもりじゃ。これは誰の指図じゃ、爺か、なら爺を呼べ、呼ばぬか」
いくら叫んでも聞く耳持たず、ふたりは外へ出ていった。
姿が見えなくなると、叫ぶのをやめ座敷牢の真ん中に、ごろんと寝転んでひと息つく。
──この座敷牢に入るのも久し振りじゃのう──
今日起きた出来事を思い出していると、腹の虫がくぅんと鳴った。
顔が真っ赤になり、起き上がってあたりを見回すが、誰もいない。ほっと胸を撫で下ろす。
──そういえば、今日は朝餉しか食べていなかったのう──
すくっと立つと格子から外に向かい、声をかける。
「誰かおらぬか、なんぞ食すものを持ってこい、誰かおらぬのか」
呼んでみたが、返事はなかった。さくら姫は諦めてふて寝する事にした。
──まったく、一寸先は闇とはこの事じゃの。まさか座敷牢に放り込まれるとは思わなんだわ──
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