第39話 弐ノ宮の沼

 心中話になっているのかと、さくら姫は苦笑する。同時に、何かあったのは間違いないようだと失望もした。


「そこに行きたいのだが、馬で行けるのか」


「行けないこともないですが、馬が回り込む所が無いので、帰りは神社の中を通る遠回りになりますよ」


「歩きだとどのくらいか」


「そんなに遠くありません、ほら、ここから見えますよ」


 男は南東に横たわる森の手前にある沼を指した。沼までは畦道があり、たしかに馬で行けるが、少し狭い。さくら姫は、男に馬を預かってもらい、歩いて行くことにした。


※ ※ ※ ※ ※


 教えてもらった所の近くまでくると、懐の報告書を出し、あらためて状況を確認しはじめた。


 森は弐ノ宮神社そのものである。


 南北に一里、東西に半里程の大きな森で、その中に鳥居、参道、本殿などの神社としての建物がある。

 前に来たときは林太がお供であった。知識欲旺盛で物知りなので出掛けると、色々と教えてくれる。


「弐ノ宮は神社としては新しく、ここ百年くらいのものです。それ以前は城でした。といっても、今のように天守閣や瓦、土塀や石垣の有るものではなく、土を掘って壕を造り、その土を盛って土塁を築く昔の城です」


「なぜこの様なところに」


「古い文献によりますと、二百年ほど前は世が乱れていて、野盗や盗賊があふれていたそうです。そのためせっかく作った米や野菜と、働き手を人さらいされて土地の人は困っていたと。そこへ、瀬鳴家の御先祖様と今の五家老の御先祖がやって来て、土地の者と城を造り、賊を退治したのが、今日の瀬鳴家のはじまりだそうです」


「それが二百年前の話とすると、瀬鳴家はずいぶんこの地に居るのだな」


──そんな話をしていたのを思い出していた。


「この沼のようだな」


 森の西北沿いにある沼に着いた。普通の田んぼ四つ分くらいの大きさで、上澄みは澄んだ水で、底の方は黄色っぽい泥のようだった。

 さくら姫は辺りを見回すと枯木を見つけた。手に持ってみると、自分の背の高さとほぼ同じくらいの長さであった。


「ちょうどよい」


 枯木を槍投げのように沼に真上から落ちるように投げると、沼底にほぼ真っ直ぐ刺さった。


「あの刺さり方だと、それほど深くないな」


 枯木の半分以上が水面から出ている、背の低いヘイスケでも腰より下くらいだ。これで溺死するほど間抜けな男ではない。

 まあそれ以前にありえない事は分かっているのだがなと、さくら姫は思う。


 沼の西側にある畦道から見渡すと、北側は川というか、水の取り入れ口と少し高い土手となっている。

 東側は、昔は土塁であったであろう土手があり、その上を木々が生い茂っている。とても人が通れるようにはみえない。

 南側は、東西にわたる道がありその南側は東側と同様に土塁だった土手に生い茂る木々がみえた。道は西端は西側畦道につながり、東側は森の中へと続いていた。弐ノ宮の参道か本殿辺りにつながっているのだろう。


 さくら姫は、南側の道へ行き報告書を読む。


 ──書物奉行与力 高見平蔵は、弐ノ宮神社新参の巫女を拐かし逃走。

 本殿側の東西道を西に逃げるも、禰宜と下男三名に追われ、追い詰められると沼に巫女と共に入水いたす。

 なおいまだ骸は上がらず──


 追い詰められてじゃと、こんな見通しの良いところで、どうやって追い詰められられるのじゃ。


 さくら姫の疑問がさらに増える。


 平助が追い詰められたという道を歩くが、どう考えても追い詰められようがない。

 三名以外の者が手伝うならありえるが、報告書にはそんなことは書いてない。


 道を歩いていると沼側の土手が荒れているところに来た。どうやらここらしい。だが追い詰められるような場所とはとうてい思えなかった。

 どういうことだろうと思案する。その時、森の上の方の木々がざわめいた。さくら姫のいる辺りは風が無いのに……。

 西側の木々が、ざわめきながら殖えていくのも、思案中のさくら姫はまったく気づかなかった……。


「そこで何をしておる」


 詰問のような声に顔をあげると、二人の侍が道の森側からやってくる。黒の羽織という事は、奉行所の者らしい。

 近づくにつれ羽織紐の色が見えてきた。青色、というとこは勘定奉行所の者である。


「貴様何者か、ここで何をしておる」


横柄な物言いに、さくら姫はカチンとする。


 いつもなら、こういう手合いは平助や林太に任せて口もきかないのだが、今はひとりなのといつ追っ手が来るのか分からないので穏便にすませることにした。


「お役人様、お勤めご苦労様です。私は名は名乗れませんが、城勤めの者の娘でございます。こちらであった事件を見てくるように、父に申しつけられて来た次第でございます」


 城勤めと言われて侍達は躊躇した。どうやら与力か同心のようだ。片方が話しかけてくる。


「城勤めの方が何故この事件を気にするのだ、書物奉行の与力と、まだ素人の巫女の駆け落ち心中だぞ」


 ここでも駆け落ちからの心中か。しかも勘定奉行所の者がそう言うのでは、本当に報告書の出どころが怪しくなってきた。


「その与力が、父のかわいがっていた者なのです。あの者がそのような事をしでかす筈が無いと申しまして」

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