第17話 平助と林太

「しかし信じられないな、今日は本当にそんなことがあったのか」


「ほんとの事だよリンにい、不気味な森にあった小さな村と、そこにいた殺しても死なない奴ら。みんなほんとの事だよ」


 平助は騙したりからかったりするような奴ではないと、林太は知っている。嘘では無いだろう。無言のまま右手で口元を隠すように触る、林太が考え事をするときの仕草だった。

 人並みより少し高い背丈の林太は、つくりの良い細面で細身ながら筋肉質なのと、普段は小柄なさくら姫か平助が横にいるので、さらに背が高く思われている。


──リン兄、あい変わらず格好いいな。──


 なにをやっても様になる兄貴分に、見惚れながら平助は麦湯を飲む。


「で、姫様は俺にその話をしておくように、お前に言ったんだな」


「うん、今日あったことを話すなんて、いつもの事なのにさ」


「俺に調べておけという事なんだろう、しかしずいぶんと書物を読み漁ったが、そんな奴らの事は知らないな」


そう言うと林太はまた考えこむ。


※ ※ ※ ※ ※


 平助は林太の事をリン兄と呼ぶが、別に本当の兄弟ではない。

 幼い頃、同じ高見という村で育った仲であり、家が隣同士で親同士も仲が好くよく遊んだ。

 林太の方が年上なので、平助がリン兄リン兄と、その頃からついてまわっていたのだ。


 クラの家族が行方不明になった大水の年、高見村も大水にみまわれ、村人は村ごと無くなってしまった。

 平助と林太は共にふた親を亡くしたが、自分達はなんとか生き残り、孤児としてふたりで生き抜いてきた。


 とある日、食い物を盗んだのがバレて袋叩きにあい人買いに売られ、そこで旅芸人に買われ、下働きとしてこき使われながらも飯は食べさせてもらえたので、ふたりは肩を寄せあい支え合いながら暮らしていく。


 数年後、年上の林太は芸を仕込まれ舞台に立つようになる。身軽な動きと幼いながら整った顔が受けて、人気者になる。続いて平助も同じように仕込まれ舞台に立つ。こちらはあどけない愛嬌のある顔と仕草で人気を得た。ふたりは一座になくてはならない存在になろうとしていた。


 年上の林太が、身体つきが大人になりかけはじめた頃、動きに精彩が欠けてくる。日に日に育って身体つきが変わってくるのでうまく曲芸や軽業ができなくなってきたのだ。

 座長は林太を舞台からおろし、別の仕事をさせる、若い男が好みの年増女の相手をさせたのだ。このとき、林太は女を悦ばせる手練手管を身につけ、さらに芝居の端役色気のある少年として女の人気を得るようになる。


 一方、平助はあまり背が伸びなかったので身軽なまま芸を披露し、軽業師として末席とはいえ一座の看板になっていた。


 人の裏面を知り林太は思慮深くなり、先の事を考えるようになる。このまま一座にいるなら裏方だけでなく銭勘定を覚えたり手に職を身に付けねばと、座長が紹介する年増女のうち、商家の奥方に寝物語で聞きながら銭勘定の肝を覚え、裏方の職人に細工道具の作り方を覚えた。


 平助は変わらず愛嬌を振りまきながら芸を磨いていく。

 林太にそれだけじゃ駄目だぞと叱られるが、今が楽しければいいとばかりに聞く耳を持たなかった。


 そんなふたりに転機がおとずれる。


 一座が壱ノ宮で興業をしていたある日、合間の休みで久しぶりにふたりで歩いていると、ならず者が少女を暗がりに連れていくのを見た。

 林太は面倒だと無視しようとしたが、平助が走り出し助けに行く。やれやれと思いながら林太も助けに行き、少女は事なきを得て助けられる。


 それがさくら姫との出会いであった──。


 その後、紆余曲折を経て、平助は高見平蔵、林太は高見林太郎という名で、さくら姫の御守り役として仕えているのである。


※ ※ ※ ※ ※


「……平助、明日ひょっとしたらお頭か、瀬月様から、何か訊かれるかもしれんが、なにも言うな。とにかく姫様に口止めされてますと言えばいい」


「いいけど、おいら何か訊かれるの」


「多分な。寺社奉行が出てきたんだろう。 この一件は城が係わっていると思っていいし、姫様が城を抜け出した事は、瀬月様にも知られているしな」


「わかったよ、黙っている。なにか訊かれたら姫様に口止めされてますって言うよ」


 林太の言うことをきいていれば間違いないと、平助は素直にうなづいた。

 林太は、明日もまた書物庫に赴き、殺しても死なない化け物の話がないか探そうと考えていた。


「よし。となると……俺もその森を見ておきたいな。平助、そこまで案内してくれ」


「えっ、今からかい。もう真っ暗だよ」 


「夜目がきくだろ。森に入るわけじゃないんだ、何処から入ったのか知りたい。さっさと行くぞ」


 林太が立ち上がると、平助も慌てて立ち上がり、ふたりは飯茶碗を桶の水に漬けると、星あかりをたよりに静かに闇に溶け込み、森へと走りだすのであった。

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