第38話 クローンの意味

「じゃ、次の部屋に行きましょ」

「ほかの部隊か?」

「ええ、そうよ」こうして僕らは次の部屋へと向かった。

「そう言えばさ、ここにはビールとかあるの?」と、歩きながら小林が訊ねた。

「え?あなた達飲めるの?」

「え?九条たちは飲めないの?」

「ええ。飲まないわ。記憶に障害がでるから」

「俺たち、飲んでたよな?」と、小林は僕の顔を見た。


「ああ。あれが作られた記憶でなければ、飲んでたはずだ」働いていたことさえ植え付けられた記憶だと聞かされた時、どこまでが実際に起こったことなのかを判断できなくなったのは事実だ。

「飲むと記憶が無くなるんじゃないの?」

「めちゃくちゃ酔えばそういうこともあるだろうけど。そこまで酔ったことはないな」

「アルコールは直接精神体に作用するから、飲まないように設定されているはずなんだけど」

「設定?まさか、それもインプットミスか?」僕は思わず叫んでいた。


「わからないわ」と九条は考え込むように顔をしかめた。

彼らがいつから人類を救うような行動を始め、クローン送り出すようになったのかはまだ聞いてはいない。けれども、基本的概念や常識に大きな隔たりを感じる。

酒は百薬の長という学者もいる。適度な飲酒は食欲増進などにも効果があり、胃腸を活性化させるという意見だ。酒に限らず、食物にしたって、摂取し過ぎれば毒となる。それを認めず、飲まない設定にするとはおかしなことだ。しかも、僕らにとってはそれらが常識的考えなのに対し、九条はそんな常識すら知らない。基本的な設定からして違うのも腑に落ちなかった。同じ時代の同じ都市に派遣するのならば、その程度は統一するべきではないのだろうか。


「クローンは何の目的で作られたか……」と、黙って聞いていた康子が話し始めた。

「人類を助けるために、集団に混ざるためでしょ」と、九条が即答した。

「それはあなた方の考えね。じゃ、人類は何で作り始めたの?」

「なんでって……。スパイとか?」小林は一瞬考え、答えを出した。

「それもあるだろうけど、食料事情の改善が大きいはずよ」

「ああー。クローン牛とかか?」小林は納得するように言った。

「そう。その場合、一匹の元牛からたくさんのクローンを作るよね?」

「だと思うけど、何が言いたいんだ?康子」と尋ねると、

「ここ、さっきの部隊の人たちもそうだったけど、同じ人が一人もいない」

「そりゃあ、同じ時代の同じ場所に同じ人間が居たら困るだろ?」と小林はすぐに康子の疑問に答えた。


「ええ。確かにその通りよ。ただし、人間界ではね」

「どういう意味だ?」小林は自分の答えに満足しなかった康子に憤りを感じたようだ。

「だって、ここで働くクローンなら、同じクローンで済むんじゃないの?どうやってクローンを作り出しているかは知らないけど、わざわざ、全員が違うクローンを使う必要性はないでしょ?」言われてみればその通りだ。広間で忙しそうに働く彼らも、九条と同じ部隊だと教えられた部屋でも、こうして歩いているときにすれ違う者たちも、まるっきりの別人たち、同じ顔は一つとしてなかった。ここにいる者全員がそれらを『器』と認識しているならば、同じ顔だって何の問題もないはずだ。


「器に入ってる間は、見分けがつきにくいから」と、九条は言ったが、語尾の言葉に力強さは感じられなかった。九条は言った『精神体の時に会っていれば、器に入っていても分かる』のだと。それならば、九条の見分けがつくと言う意見も弱くなる。発言しながら、九条もそれを理解したのだろう。


「それで、康子の出した結論は?」

「まだわからないわ。でも、そのあたりに秘密が隠さているように思うの」その意見に僕も賛成せざるを得なかった。基本的価値観が違う。見た目が違う。そして個性もある。これではまるで人類と同じだ。地上での任務中ならいざ知らず、この場に於いてはあまりにも不自然すぎた。

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