第19話 再起動

 どのくらい経ったのだろうか、まるで再起動されたように、僕の意識は正常に戻った。僕の体の上にはたくさんの瓦礫が覆いかぶさっているようで、身動きするのが大変だった。それでもどうにかその中から這い出すと、そこには先に気が付いた小林が立っていた。隣には康子の姿も見えた。


「何があった!」僕は思わず叫んだ。

「見てみろよ、これだったんだ」小林はそう言って手を差し伸べてくれた。その手を掴み高いところに上がると、『これ』のすべてが見えた。遥か遠くまで完全に崩壊した街が見えたのだ。いや、かつて街であった場所が見えた。そして悟った。


「核……爆弾か……」周りには生者の気配はない。さっきまで学生で賑わっていた校舎もない。駅に続く商店街も、あったであろうはずの高層ビルも何もかもがなくなっていた。そんな焼け野原が、見える限り続いていたのだ。


「核爆弾かはわからない。それ以上の破壊力にも思える」と、小林は言った。

「でもなんで、俺たちは無事なんだ?」

その声に康子が振り向いた。驚くことに康子の顔は半分が崩れ、何やらもぞもぞと蠢いてた。思わず叫び声をあげると、

「お前も腕を見ろよ」と、小林に言われ、恐る恐る目を向けると、僕の右肘からは手にかけて、アメーバのようなものが色を変え形を変え動いていた。


「ひぇー、なんだこれは」僕は思わず振り払おうと手を振り回した。

「やめておけ、再生中だ」と、小林は冷静な口調で言った。

「さ、再生中?」

「ああ。まあ黙って見てろって」と言われ、僕は恐々腕を見ていた。すると蠢くアメーバみたいものの下から、僕の腕が見事に再生されていった。最後の指先が再生されると、アメーバようなものは跡形もなく消えた。


「ど、どういうことだ?」一部始終を見終わったあと、腕を伸ばしたり指を曲げたりして呟いた。どこも動きに違和感はない。

「さぁな。俺にもよくわからん。よくわからんけど、無事だったってことさ」

「それはどうなのかしら。一旦は死んだと言った方が合ってると思うけど」そう言った康子の顔も完全に元通りに戻っていた。


「そうだな。死んで再生された。ってことじゃないか?」

「だから、なんで再生されるんだよ!」僕は思わず叫んでいた。普通の人間が死んでから再生されるなんて聞いたことがない。

「家がなくて家族が居ないのがその理由なんじゃないの」と、康子は澄ました顔で答えた。

「俺たちは人間じゃなかったのかもな」小林も不思議と冷静な態度だった。普段の彼ならば、怒るかあるいはふざけて誤魔化していても可笑しくはない。

「たぶんね」

「誰かに作られたってことか?」二人の冷静さに感化されたのか、僕の気持ちも落ち着きを見せ始めた。


「それは分かんないけど、そうかも知れないわ」

「宇宙人って可能性もあるぞ」と小林は笑った。

「作られたとしたら、すべてが偽の記憶だったと言うわけか」そう思った途端、僕は内心では安心していた。もしも今の現実がなかったとしたら、家族の事は永遠に謎になっていただろう。


「植え付けられた記憶だろう」と呟くと、小林は大声では笑い出した。

「しかしまぁ、良く作ったもんだよ。酒も飲めるし酔いもする。なんて人間的なんだ。冗談抜きで一本取られた感じだ」と笑いを噛みしめながら続けた。

「本当に、予想の遥か先をいってたわね」康子も釣られるように笑い出した。

「そうだな。製作者に賞賛を送りたいよ。生きてれば……だけどね」僕の発言で二人は笑うのをやめた。


「で、俺たちはこれからどうすればいいんだ?」あたりを見回し小林が言った。

その問いかけに僕も康子もすぐに答えることができなかった。こんな未来を予想して僕らが作られたことは間違いがないだろう。しかし、僕らが生き残ったとして何をすればいいのかが問題だった。その時、小林が大声で叫んだ。


「おい!黄色の霧が見えるぞ!」小林が指さす方向を見ると、瓦礫の上に黄色の霧が立ち上っていた。

「黄色なら生きてるんだ」僕はそう叫んでその場所へと走り出した。足場が悪く何度も躓きそうになりながらも黄色の霧のところへ辿り着いた。二人もすぐに追いかけてきて、夢中で瓦礫を退かし始めた。大きなコンクリートの柱が、意識を失っている人物の上に覆いかぶさっていた。


「……重すぎる」僕は呟いた。小林も康子も必死の形相だ。三人で四苦八苦し、どうにか気絶している人を助けると、その時、ふと霧の能力の意味に気が付いたように思えた。

「このために霧が見えていたのか?」そう言う僕の顔を見て、小林の顔に陰りが見え始めた。

「もしかして、こういった人を助けろって言いたいのか?」彼の言葉には、怒りや憎悪と言った感情が含まれているように感じた。

「確かに、あの力があれば、生存者を助けられるとは思う。けど、なんで私たちがしなくちゃならないの?」康子も不機嫌そうに言い放った。


「でも、教授を助けたいって言ってたじゃないか」と、反論すると、

「そうね。でも、知り合いでしょ?教授は。晴夫の言うことが事実なら、見ず知らずの人のために、私たちが作られたことになるのよ?それって、理不尽過ぎない?私たちを何だと思ってるの?」

「うう……」これには僕も反論の隙もなかった。


「そうだ。我々にはしっかりとした自我もある。自分で考え、行動できる。もしもお前の言うようにそれが意味だとしても、従う理由はないはずだ」

「それはそうだけど、そういった人たちを見捨てるのか?」

「そうは言ってないわ。ただ、私たちにも選択の自由があるってことよ」

「オーケー。じゃ晴夫に聞くが、そんな能力があるのに、なんで俺たちはこうも非力なんだ?それが前提として作られたのならば、もっと力持ちにすればよかったんじゃないか?」小林の言う通りだ。僕たちはあまりにも非力すぎる。助けたくとも、助けられないことの方が多そうだ。


「でも、助けられそうな人は助けたい」と、どうにか答えると、

「ああ。それには賛成だ。できる範囲でやるならば、問題はないよ」

「ええ、そうね。私達は再生できるとしても、力には限度があるわ。できることだけする。それでいいわね。晴夫」

「ああ。それで十分だ。僕もそれ以上のことは望まない」こうして、僕ら三人のこれから進むべき道を見出した。

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